表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/303

黒鉄色のハンマー

 プリ様の放った天羽々矢は、ファレグの結界をスルリと抜け、悪魔オクトパスの外装に当たると、吸い込まれる様に、細い穴を開けながら、その本体へと一直線に突き進んだ。


 その一連の動きは、人に視認出来るものではなく、プリ様の手を離れた矢が、悪魔オクトパスの本体の頭部を貫くまでは、正に光の速度に匹敵する速さであった。


「ブリュリュリュリュリュー!」


 不快な雑音を上げて、悪魔オクトパスの外装が弾け飛んだ。だが、本体は、まだ、死んではおらず、苦しさに身体を揺すりながらも、しぶとく御前様に触手を巻き付けていた。


にぎはやひのみこと(饒速日命)と じいさんは いって いたけど、はだが しろくて おんなのこ みたいだな……。』


 触手の隙間から、チラチラと見える饒速日命の肌を見ながら、ファレグは思っていた。


「おおっ。おおっ。御前様、なんとお労しい。プリよ〜。早う御前様を救ってやってくれ〜。」


 ナガちゃんは胸の傷を押さえながら、ポロポロと涙を落とした。


「わたちに まかせゆの。たこ だけに〜。」


 プリ様はミョルニルを眼前に突き出した。黒鉄色のハンマーが、ギラリと光った。


「たこなぐりに してやゆの。」


 攻撃衝動を剥き出しにしたプリ様が、喜色に目を輝かせながら、ミョルニルで悪魔オクトパスの頭を滅多打ちにしだした。それは、もう、相手が可哀想になるくらい容赦無く。


「ブ、ブリュ。ブリュリュリュー。」


 しかし、腐っても邪神。悪魔オクトパスも、悲鳴を上げつつも、踏ん張っている。


「もおおお。めんどう なの。」


 ヌルヌルとして気持ち悪い、悪魔オクトパスを、直に触れたくなくて、ミョルニルで殴っていたプリ様だが、あまりの往生際の悪さに、素手による身体構造物の原子レベル破壊に切り替えた。


「げんしの ちりに なゆの。」


 プリ様が殴り、悪魔オクトパスが再生する。その攻防を繰り返していたが、とうとう、そのうち、プリ様の破壊速度が、再生速度を追い抜き始めた。


「ブリュー!」


 慌てる悪魔オクトパス。しかし、プリ様は拳を打ち込み続け、徐々にその身体は削られていった。


「何という無茶苦茶な奴じゃ。あの不死身の化物が、再生する前に破壊するとは……。」


 呆れた様な、ナガちゃんの独り言が漏れる頃、悪魔オクトパスは塵になり、空中に四散してしまっていた。


「うわっ。まぶしいの〜。」


 邪神が散り、御前様が姿を見せると思いきや、眩い光が辺りを満たし、皆は一斉に目を覆った。


「ご、御前様……。」


 ナガちゃんが呟くと、段々、光は弱まっていった。次にプリ様達が目を開けた時、其処には、真っ白な肌をした金髪の美女が、夢から覚めたばかりの様な目で、周りを見回していた。




 泣くハギトを、紅葉と和臣、六連星はあやしていて、リリスは、皆と少し距離をとっていた。


「あら、あなたの えものが、こりつ(孤立) しつつ あるわよ。ちゃんす じゃない?」

「そうね。ふるちゃん、のわけ(野分)で、りりすちゃんを ふきとばし ちゃって。」


 やれやれと、大木の枝に座っていたフルは、着ていたオーバーオールのポケットから扇を取り出し、木の葉の落ちるが如く、ヒラヒラとリリスの目の前に降り立った。


「オフィエル?!」


 突然、現れた幼女に、リリスは驚き、声を上げた。


「ざんねん。『ふる』よ。」


 リリスの思考が現実に追い付かない間に、フルは、両手に持った扇を、舞う様な仕草で振り回した。


のわけそうりゅう(野分双龍)!」


 野分双龍。光極天の分家が使う技ね。

 リリスは、思ったと同時に、皆から引き離されて、森の奥の方に飛ばされて行った。


 何事? 突然の突風に、和臣達は振り返った。そして、飛ばされるリリスを見て、追いかけようとした。


「いかないでぇ。ひとりは いやぁぁぁ。」


 だが、泣き出したハギトの声の、あまりの甲高さに、耳を押さえて蹲った。


「何よ、これ。超音波なの?」


 六連星が悲鳴を上げた。その時、周りの大木に皹がはいり、バキバキと、倒れ出した。


『やばい。』と思った時は遅く、和臣達は倒壊した木々の下敷きになっていた。




 一方、飛ばされたリリスは、昼なお暗い、鬱蒼とした森の中で、身体を起こした。枝々の隙間から、所々に陽光が射し込んでいた。


「やっと、ふたりきりに なれたわね。りりすちゃん。」


 自分が手を付いていた大樹の裏側から、耳慣れた声が聞こえて来て、リリスは「ひいっ。」と小さく叫んで、其処から飛び退いた。

 そんな彼女の様子になど頓着せず、オクが、ゆっくりと、姿を現した。


「どうしたの? いつも みたいに、とびかかって こないの?」

「うっ、ううっ。」


 リリスは、必死に、賢者の石で、剣を生成しようとしているのだが、出来なかった。指先も膝蓋も、みっともないくらいに震えていた。


「こわいの? わたしが。」

「…………。」

「ようやく きづいた? わたしと あなたの、こえようも ない、じつりょくの ()に。」

「うっ……、うあああ。」


 なんとか作った一本の剣を振りかざし、リリスは斬りかかった。震える足は、ヨタヨタと歩を刻み、剣先は覚束ない。とても、攻撃と言えるものではなかった。

 オクは避けもせず、右の掌をリリスに向け「ふん。」と気合だけで、彼女の身体を突き飛ばした。


「あ……。ああっ……。」

「これが しんい(神威)。にんげん ごときに、あらがえる はずも ない ちからよ。」

「い、いやあああ。こないで。」


 リリスは近付いてくるオクに、闇雲に剣を振り回した。しかし、次の瞬間には、剣は消え、五メートルは離れていたオクの顔が、吐息がかかりそうなほど、間近にあった。


「? ? ?」

「ふふっ、わけが わからないって かおね。」


 咄嗟にバク転をして、距離をとるリリス。しかし、着地した途端、遠去かった筈のオクに、唇を奪われていた。


「んっ、んんん〜。」

「あっははは。むだよ、いくら にげても。だって、わたし、じかんを とめられるん だもの。」


 時間を止める? あまりに法外な話に、リリスはその場にへたり込んだ。


 オクは普段、神々達に気付かれないよう、自らの「神の力」は使わないようにしていた。しかし、この空蝉山周辺は、封じられている饒速日命の神気が溢れていて、少々使用しても、目立たないのだ。


 その先は、もう勝負にならなかった。リリスは一方的に蹴飛ばされ、殴られ、仰向けに地面に転がった。その頭を、オクの足が踏みにじった。リリスの頰を涙が濡らした。


「くやしい? かなしい? こわい?」


 微笑みを浮かべながら、オクが訊ねた。


「わたしに したがうなら、そんな くるしい おもいを しなくて いいのよ。」

「嫌! 絶対に嫌!」

「それなら しかたないわ。ちからづくで うばって あげる。」


 バシュッと、視界が鮮血で染まった。暫くすると、焼け付く様な痛みが両手足に走り、自分の膝から下と、肘から先が、地面に転がるのを見た。


「あああっ。ああっ。」

「もう、こんなもの ひつよう ない でしょ。」


 オクはリリスの前腕を拾って、その指先をちょっと舐めた。


「あなたの いばしょは、もう、わたしの べっどの うえだけ。わたしの なぐさみものの かちくが、あなたの これからの ゆいいつの そんざいいぎ。」


 痛みに気が遠くなりながら、リリスは、傲慢なオクの台詞を、聞いていた。失ったのは手足だけではない。将来の希望も、人間の尊厳も奪われたのだ。

 許せない。そんな事、許される筈もない。いくら、神に等しい力を持っているからといって、どうして彼女に、自分の全てを毟り取る権利があるのだ?


「さてと、では たのしませて もらうわ。この あいだの つづきね。」


 抵抗する術を失くしたリリスは、迫って来るオクを、ただ見ているしか出来なかった。


 結局、力なのだ。

 弱いから、蹂躙されるのだ。力が欲しい。力が、力が……。


 リリスの心が、純粋たる怒りに満たされた時、賢者の石が砕け散った。


 コロス。オクヲ コロス……。


 突如、四肢を失ったリリスの身体が浮かび上がり、馬乗りになろうとしていたオクが、転がり落ちた。

『なにが おこったの?』と、リリスを見たら、彼女の背中に大きな翼が生えた。その目は黒一色になり、裂けるのではないかと思うほど、顎を大きく下げた。口内には、太陽をも溶かす高温の火球が装填されていた。


『やばい。』


 咄嗟に逃げようとしたオクを追尾して、リリスの頭が、グルンと、彼女の方を向いた。


 き・え・ろ!!!


 吐き出された火球は、オクの身体を包み込み、その後ろ、一キロにおよぶ森の巨木を、瞬時に焼き尽くした。



次も少し、更新期間が空くと思います。すみません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ