十八万一千四百四十円分のお札と硬貨
あの魔力の塊、天羽々矢の出来損ないだった……。
リリス達の前から消え去ったオクは、大きな木の枝に腰掛け、ダメージを癒しながら、考えていた。
『ながすねひこか……。あの じじいが、ぷりちゃんに あめのはばやを しこんで いるのね……。』
オクは臍を噛んだ。
『げきりんと とらのおめ、よけいな まねを……。』
それも気に食わなかった。
空蝉山などという危険な代物は、出来れば、手を触れない方が良いのだ。
雛菊として生を受けてから、オクは、自分が現世を離れていた二千年の間に、何が起こっていたかを、丹念に調べた。もちろん、自分が神の一人を封じ込めた、空蝉山についてもだ。
驚くべき事に、禁足地として定めた筈の場所は、超常の力を与えてくれる修業の場と、見做されるようになっていた。
更に、いつの間にか、光極天家に伝来の秘術として受け継がれていた「天羽々矢」。
それは、封じ込めた神が、もっとも得意としていた技。そして、空蝉山の結界を破壊出来る、唯一の矢。
『長髄彦め〜。光極天の子孫を誑かし、私が彼等に与えた力で、結界を破ろうというのか……。』
長髄彦の企みに最初に気付いた時、雛菊(=オク)は、そう思い、腸が煮えくりかえった。しかし、落ち着くにつれ、徐々に、怒りは、長髄彦に対する侮蔑と憐れみに、変わっていった。
天羽々矢は、確かに最強の貫通力を誇る技だ。だが、所詮、人間の持つ力では、神が使う天羽々矢と比べて、雲泥の差がある。
どれだけ、長髄彦が躍起になって教えようと、自分が強固に張り巡らせた結界を破れる訳がない。
そう思い至ると、彼が、溺れて藁にしがみ付く、滑稽な道化に見えたのだ。
ところが、これが、プリ様の放つ矢となると、話が違う。出来損ないの天羽々矢でさえ、リリスというご馳走を諦めてでも、撤退せざるを得ないダメージを、自分に与えたのだ。
『ちょくせつ、うつせみやまに のりこむか……。』
そうも考えたが、せっかく幼女神聖同盟を立ち上げた今、二千年前の繰り返しは、避けたい。
『そういえば、りりすちゃん。ずいぶん、おびえて いたな……。』
長髄彦の企みに対する方策を考えていたら、ふと、先程のリリスの様子が頭に浮かんで来た。
『そんなに、わたしと あいしあうのが いや なのかしら……。』
傷付くなぁ。と、溜息を吐いた。
『でも、あのこの きょうふを りよう すれば……。』
あと、一押し。さっき以上の、恐怖を与えてやれば、賢者の石なんて、粉々に吹き飛ぶのではないか?
我知らず、オクは口角を上げていた。
一方、此処は空蝉山。爺さん(=長髄彦)の屋敷から出たプリ様とファレグは、例の黒い三門の前に居た。
「さあ、開けるぞ。心してかかれよ。」
爺さんに言われて、二人はゴクリと唾を飲み込んだ。
ギギィィッ、と重々しい音を立てて、開かれる門。そこでプリ様達が目にしたのは……。
巨大な、全長五メートルはあろうかという、緑色の蛸の様な形をした、世にも醜悪な怪物だった。蛸と違うのは、触手が、無限にあるのではないかと思われる程有り、それが門から、奥にある本堂みたいな建物の間いっぱいに広がって、ウネウネと波打っていた。
「……。きもちわゆいの……。」
「これが こういの かみ?」
夢も希望も無い……。醜い神の姿を見て、二人の胸中に、何とも言えない虚脱感が生まれていた。
「待て。待て。待てい。あれは御前様ではないぞ。」
爺さんは、慌てて、説明した。
「二千年前、お前達、光極天の始祖が、我主君『饒速日命』を、あの化物の体内に封じ込めてしまったのだ。」
ななな、何だってぇ。何してくれるねん、ご先祖様。
動揺したファレグは、心中、思わず関西弁で突っ込みを入れていた。
「はっ。しゅくんが『にぎはやひのみこと』なら、じいさんは、もしかして『ながすねひこ』?」
「いかにも。我神名は『那賀須泥毘古』という。通称『長髄彦』じゃ。ナガちゃんと呼んでくれ。」
「ながちゃん。ちょっと あれ きもちわゆいの。」
早速「ナガちゃん」と呼ぶプリ様を見て「むらちゃん、じゅんのう はやすぎ でしょ。」と、ファレグは思っていた。
「プリよ、逃げるのは許さんぞ。奴を倒し、御前様を救い出すのが、最後の試練じゃ。戦わんというなら、わしにも考えがある。」
爺さん……長髄彦はニヤリと笑った。
「逃げるなら、この二週間の宿泊料十六万八千円。税込十八万一千四百四十円、耳を揃えて払ってもらうぞ。」
すると、一泊六千円か……。意外と良心的だな。
ファレグは、料理の豪華さや、宿泊施設の充実ぶりを勘案して、そう思っていた。
「な、ながちゃん……。」
「何じゃい。今更、泣き言は聞かんぞ。先祖のやった事を覆すのは、嫌などとはぬかさんじゃろうな。」
「そうじゃ ないの。」
プリ様は、そう言って、リュックから、昴のお財布を取り出した。
「りょうしゅうしょを おねがいなの。」
プリ様は、平気な顔で、十八万一千四百四十円分のお札と硬貨を差し出した。
「いや、ちょっと待て。お主、戦わないつもりか?」
「きもちわゆすぎゆの。さわりたく ないの。」
「む、むらちゃん。ごほうびに とくさのかんだからを もらうんでしょ?」
ファレグに言われて、プリ様は、ハッと、気が付いた。
「そうだったの。とくさのかんだから ひつよう なの。」
「お、おう。十種神宝が要るなら、あいつを倒せ。さすれば、修業修了として、渡してやろう。」
それを聞いて、プリ様のお顔が輝いた。
「みょぉぉゆにぃぃぃゆぅぅ!」
そして、ミョルニルを呼び出すと、パーフェクトモードとなった。
「いくの! あくまおくとぱす!! やっつけて やゆの!!!」
プリ様は、メギンギョルズの翼を発光させて、悪魔オクトパスの上に飛び上がった。
ファレグは『また、かってに なまえを つけて……。』と、微笑んでいた。
「すれっじはんまーさんだー!」
プリ様が叫ぶと、ミョルニルから、特大級の雷が発生し、悪魔オクトパスの全身を電撃が襲った。
ちなみに、技の名前に意味は無く、プリ様が適当に、格好良さそうな単語を、繋げただけである。
「なんか、おいしそうな においが すゆの。」
頭足類を焼いた時の、独特の香りが、辺り一面に漂った。
「すごい、むらちゃん。いちげき だね。」
そう言って、悪魔オクトパスに近寄ろうとするファレグを、長髄彦が止めた。
「馬鹿もん。これぐらいで死ぬなら、苦労せんわい。」
そう言った途端、悪魔オクトパスの足が何本か、空中のプリ様に向かって飛び出した。油断していたプリ様は、たちまち触手に巻き付かれた。
「うやあああ。きもちわゆいの。ぬゆぬゆ すゆの。」
「むらちゃん!」
何とか、プリ様の所に行かなければ。ファレグは焦ったが、飛ぶ事が出来ない。
その時、ピッケちゃんが一声「ぴっけ!」と鳴いた。すると、背中の翼が大きくなり、ピッケちゃんは、そのまま、ファレグの背中に貼り付いた。
「ぴっけちゃん くろす!」
ファレグは叫ぶと、一直線にプリ様の元に飛んで行った。
「しんくうしゅとうだいざんげき!」
真空手刀大斬撃とは、光極天家の分家であるファレグの実家に、代々伝わって来た、必殺技である。
プリ様に巻き付いていた、悪魔オクトパスの触手は、全て切断され、ビチビチと嫌な音を立てて、地面をのたうち回った。
「うええーん。たすかったの、れい。きもちわゆかったの。」
プリ様が玲に泣き付き、頭を撫でてもらっていると、下で長髄彦が「こら〜。」と怒鳴った。
「切断は駄目じゃ。もっと、状況が悪くなるぞい。」
そう言われて、触手を見ると、切り離された其々から頭が生えて、小さい悪魔オクトパスが量産されていた。
どうやって倒すんだ? あんなの。
プリ様とファレグの額を、一筋、冷たい汗が流れ落ちた。
あくしあ編、中盤の佳境にさしかかって来ました。
続きが書きたい。早く書きたい。と、気は急くのですが、仕事が忙しくて、ままなりません。
次の更新も、またちょっと、期間が空くと思います。
すみませんが、暫く、お待ち下さい。