紅い饅頭
そうだ。六連星二十六の秘密能力の一つだ。
と、プリ様は思い至った。
「みたこと あゆの。」
「見ただけか?」
「ぼくは……しらないな……。」
二人の答えに、爺さんは、がっかりしたみたいだ。
「たしか、こう……。」
プリ様は、光極天家の雛菊の屋敷前で見た、天羽々矢を思い出しながら、トレースしてみた。魔法子を練り上げ、矢の様な形状にしながら、ただ一点だけを穿つ……。
弓を放つ所作をすると、隣の部屋との仕切りになっている襖に、大穴が開いた。それを目撃した爺さんは、目を剥いた。
「むっ。良い線いっておる。見ただけで、ここまで出来るのか……。」
爺さんは、顎髭を扱きながら、考えていた。
「よし、プリ。特訓だ。最低でも天羽々矢を使えないでは、話にならないからな。」
「とっくん! かっこいいの!」
特訓と聞いて、プリ様の瞳が輝いた。
「遊びじゃないぞ。」
重々しく言う爺さん。
「なんで、あめのはばやを つかえないと いけないんだい?」
ファレグの質問に、爺さんの目が泳いだ。
「まあ、良いじゃないか……。」
怪しい……。ファレグは、疑わしげな視線を、爺さんに向けた。
リリス達四人が、空蝉山の入り口があると思しき地点に、パラシュートで降下したのは、もう、昼下がりに差し掛かった頃であった。
高い木に宙吊りになる危険を避ける為、河原に降りたったのだが、そのお陰で発見もあった。
「見て。明らかに誰かが焚火をした形跡がある。燃え滓の様子からしても、今朝だと思うわ。」
リリスが言ったが、和臣は首を捻った。
「石を積んで、炉にしてある……。プリにそんな知恵があるかな?」
「前世でも、野宿はしたし、その頃の記憶があるんじゃない?」
六連星に聞こえないよう、紅葉が小声で耳打ちし「そうか。」と、和臣も納得しかけた。
「いや、これを見て。」
リリスは、不自然に盛り上がった土を、足で少し掘っていた。
「焼き魚の骨よ。プリちゃんは、野外で調理をする道具なんて、持ってない筈……。」
どういう事だ? プリ様以外にも、空蝉山に向かっている者達がいるのか?
「オクね。きっと、オクだわ。あの陰険な策略家が、何か悪事を企んでいるに決まっているわ。」
リリスの剣幕に、えらい言われようだと、和臣達は苦笑いした。
「うれしいわ。りりすちゃんの あたまの なかは、つねに わたしの ことで、いっぱい なのね。」
突然、少し離れた木の上から声がして、全員がそちらを向いた。オクが、太い木の枝に、チョコンと腰掛けていた。
「オークー!」
オクの姿を視認したリリスは目の色を変えた。
「ゴールデンウェーブ!」
リリスの足元から液体化した黄金が大量に湧き出て、波の様にうねりながら、オク目掛けて押し寄せていった。
「やれやれ。わんぱたーんね。」
オクは溜息を吐くと、黄金の波の中に、自ら飛び込んで行った。
「わたしは おく。たいようの けしんよ。」
瞬時に物凄い熱を発し、大量の黄金を、全て蒸発させてしまった。
その瞬間、高温から身を守る為にバリアーを張り巡らせたリリス達は、オクの姿を見失った。
「りりすちゃん、いっておくわ。けんじゃのいしを つかった こうげきは、わたしには つうよう しない。」
耳元にオクの声が聞こえたと同時に、強い衝撃を受けて、リリスの身体は吹き飛ばされた。痛みを堪えて、体勢を立て直そうとしたが、更に追撃して来たオクの猛攻に、防御するのが、やっとだった。
「よわい! よわい! よわい! よわい! よわい!!」
滅多打ちだった。割って入ろうとする和臣と紅葉も、オクの素早く、隙のない攻撃に、出来ないでいた。六連星に至っては、立ち竦んでしまっていた。
「あははは。くやしい? ねえ、くやしい? くやしさで あたまを いっぱいに しなさい。わたしの ことしか かんがえ られなく なるくらい。」
そう言った後、今度は紅葉達の方に向き直った。
「どうしたの? あなたたち。よにん がかりでも、わたしは いっこうに こまらないわ。」
そして、わざと、付け入る隙を見せた。
「舐めるなぁぁぁ!」
頭に血が昇った紅葉が、テナをロッドに変えて、溶岩をも凍結させる冷気を、一直線にオクに放った。オクは、それを避けようともせず、右の掌をかざした。
果たして、そこから、恒星と見間違うほどの、灼熱の球体が出現し、冷気を完全に無効化した。
紅葉の攻撃を退けて、フッと気を緩めた途端、足元の地面から、和臣の「肝臓を啄む炎」が出現し、オクに襲いかかった。オクの小さな身体は、炎に包まれ、灰となって消えた。
「やったか?」
「あまい。あまい。あまーい!」
空中からオクが降って来て、和臣を蹴り飛ばし、ついでに紅葉も掌底で突き飛ばした。
「あとは あなただけ。」
展開の早さについていけず、呆然と立ち竦んでいた六連星に、オクが言った。
「こうさん するなら、それでも いいわ。ただし、どげざよ?」
その挑発に、六連星は、天羽々矢の構えを取った。それを見たリリスは、いけるかもしれない、と思った。点の破壊力なら、天羽々矢以上の技は無い。
「あめのはばや か。」
オクは面白そうに笑った。
「そうなのよ。まさに それ。その あめのはばやが もんだい なのよ。」
オクは立ったまま、六連星のつがえる、見えない矢を睨んだ。
「行けえ。天羽々矢。」
六連星は叫び、矢を射った。しかし、オクは、人差し指一本を突き出し、天羽々矢の力を分散させてしまった。
「ふううっ。たかはるさんは むすめを あまえさせ すぎじゃ ないかしら。こんな、つまようじ みたいな、まりょくの かたまりが あめのはばや?」
オクは、疲労困憊で蹲っている六連星の腹を、容赦無く蹴った。
「こんなのは あめのはばや では ないわ。これからは、あめのはばやもどき と よびなさい。」
強い……。強過ぎる。
四人は、もう、指一本動かす力も残っていなかった。
「さてと。じゃあ、おたのしみ。りりすちゃんに いたずら しちゃお。」
その台詞を聞いて、リリスは恐怖に目を見開いた。
「止めて。何を考えているの? 皆んな居るのに……。」
「だからこそよ。みんなの めのまえで、はずかしめて あげる。」
リリスは必死に逃げようとしたが、痛みと疲労で、身体を動かせなかった。
「嫌。絶対に嫌。」
「みっとも ないわよ、まけいぬ。あなたは まけたの。まけたって ことは、せいふく されたって ことなのよ。」
知らずに、リリスの目から、涙が零れていた。
「ふふっ、かわいいわね。この あいだの てがみを、ほんとうに して あげる。うまれた ままの すがたに して、かんびな こえで なかせて あげる。」
オクの手が、リリスの白いブラウスを剥ぎ取ろうと伸ばされた、その時。突然、何も無い空間から、常軌を逸した魔力の塊が出現し、不意を突かれたオクは、もろに食らい、吹き飛ばされた。
なんなの? と、飛んで来た方を見ると、また魔力の塊が現れ、姿勢を崩していたせいで、再度、マトモに食らった。かなりのダメージを受けたオクは、止む無く、撤退を決めた。
「ついてた わね、りりすちゃん。」
そんな捨て台詞を吐いて、オクは消えた。残された四人は、特にリリスは、心から安堵の溜息を漏らした。
此処は、空蝉山の爺さんの屋敷。弓道場で、天羽々矢の手ほどきを受けていたプリ様は、爺さんに軽く頭を小突かれていた。
「ば、バッカもん。力を凝縮させろと言っておるじゃろ。おまけに、外の世界に打ち出してしまいおって……。」
そう、リリス達を救った魔力の塊は、天羽々矢を練習中のプリ様が、誤って空蝉山の外に射ってしまった、打ち損ないだった。
『それにしても、狙ったように、歪みの所に飛ばしおったの……?」
空蝉山は、密閉されている異空間だが、所々に、物質は通れないけれど「力」なら、通り抜けられるバグがあるのだ。
「それ、もう一度じゃ。」
「うん……。でも、おじいたん……。」
「なんじゃ?」
「おなか へったの。」
さっき食ったばかりじゃろうが〜。
爺さんの怒鳴り声が、屋敷中に響いた。
「ええい。仕方ないのお。」
爺さんは、着物の袂から、セロファン紙に包まれた、紅い饅頭を出して、プリ様とファレグに渡した。
プリ様は大喜びし、ファレグは「コンビニで買って来たお菓子みたいだな。」と、益々、爺さんの俗っぽさに、呆れていた。
一方、その頃。ピッケちゃんは、台所で、摘み食いをしていたのだった。
のんびり過ごした夏休みが嘘のように、仕事が加速度的に忙しくなって来ました。
加えて、休日は病院に行かなければならなかったりで、次の更新まで、一週間くらい空いてしまいそうです。
なんか、更新不定期で、すみません。
ところで、もっと、マイペースで更新している「スペースキャプテン プリムラちゃん」の方も、一昨日更新しました。良かったら、こちらも読んでみて下さい。