玲の心臓
人気の無い空き地で待っていると、爆音を轟かせながら、ヘリが降下して来た。
「軍用ヘリじゃないか……?」
「ロシア製の大型攻撃ヘリみたいね……。どんなつもりで、あんな物、引っ張り出して来たのかしら……。」
和臣がポツリと言い、リリスも呆れた声を出した。
その間にも、ヘリは見る見る近づいて来て、地面スレスレでホバリングを始めた。
「さあ、早く乗って。」
大袈裟な軍用ヘリが来た時点で予測はしていたが、案の定というか、やっぱりというか、六連星が、後部搭乗席のドアを開いて、顔を出した。
三人は溜息を吐きつつも、揺れている機体に、上手く飛び乗った。
「こんな、地面スレスレのホバリングって難しいんだろ。変態だけど、腕は確かだな。」
「リチャードは動かしてないわ。彼はガンナー席に座っているの。操縦は神王院のところのカルメンさんよ。」
ガンナーなんていらないでしょ。戦争にでも行くつもりなの?
和臣の呟きに答える、六連星の言葉を聞きながら、リリスは頭を抱えていた。
四人が席に着くと、ヘリは上昇を始めた。
「うわっ、うわっ、うわっ。和臣〜!」
急な揺れに、紅葉は、思わず、和臣にしがみ付いた。
「役得ね。和臣ちゃん。」
その様子を見ていたリリスが、微笑みながら口にした。
『全く、どいつもこいつも……。俺が、抱き付いて欲しかったのは、宮路さん一人なのに……。』
和臣は、散ってしまった青春の残像を瞼に浮かべ、ちょっと泣きそうになった。
「六連星様、これからは何処に向かいましょう?」
兵員席に有るスピーカーから、カルメンさんの声が響いた。
「二千年様の気を感じる方に飛ぶのよ!」
「…………。だから、それは、どっちの方角なんです?」
そう言われて、六連星も困った表情になった。
「あっちの方じゃない?」
紅葉が指で大雑把に示した。
「そうだな。微かに何か違和感を感じる。」
「間違いないと思うわ。六連星、私にヘッドセットを貸して。」
六連星からヘッドセットを渡されたリリスは、カルメンさんに細かく指示を出し始めた。その様子を見て、六連星は憮然とした表情で、黙り込んだ。
この中で、光極天の血を引いているのは、自分だけだ。それなのに、自分だけが二千年様の気を感じ取れなかった。特に、リリスは歳下でもある。彼女は知らずに、唇を噛み締めていた。
爺さんに招かれて屋敷に入ると、そこは塵一つ無い、清浄な空間だった。
「先ずは風呂だ。着ている物は洗っておいてやろう。」
風呂場に着くと、脱いで置いておくよう、爺さんが籠を指差した。プリ様は「うわーい。」と、服を脱ぎ始めたが、ファレグは疑わしげに爺さんを見ていた。
「なんじゃい?」
「あらうって、じいさんが? したぎも?」
「全自動洗濯機に突っ込むだけじゃい。」
神様とか言っている割りに、使用する道具が世俗的なんだよな。本当に神様なの? ただの変態爺さんじゃないの?
ファレグの疑惑が深まった。
「したぎ……。においを かいだり、あたまに かぶったり しないよね?」
「するか! 全く失礼な奴じゃな。」
爺さんがプンプンしだしたので、一応信用して、ファレグも服を脱ぎ、浴場に向かおうとした。
「ああ、待て。服のポケットから、クッキングタイマーを置いて行け。わしが服を弄っていたら、また、あらぬ誤解を受けそうだ。」
ファレグはキュロットのポケットに入れていたクッキングタイマーを取り出し、黙って爺さんに渡した。
「おおっ。これがないと、カップ麺を作る時に不便じゃからな。」
爺さんの呟きを背中で聞きながら、本当に神様なんだろうか、と再度疑いを深めるファレグであった。
「れ〜い〜。はやく おいで なの。きっもちいいの〜。」
先に入って、かけ湯を済ませたプリ様は、もう湯船に浸かっていた。
「きっもちいいの〜♫ きもっちいいの〜♫」
勝手に作った変な歌まで歌って、御機嫌である。そのプリ様の可愛い歌声を聞いていると、朝からの張り詰めた気持ちが解れて、フッと頰が緩んだ。
「ああっ。つかれたね、むらちゃん。」
「さいごに おおあばれ できたの。きぶん そうかい なのー。」
言ってしまってから、プリ様は、慌てて口を押さえた。
「どうしたの?」
「おこられゆの、おかあたま から。きぶんそうかい なんて いったら。」
あははは。と、ファレグは笑いを溢した。
「だいじょうぶだよ。ここには、ぼくしか いないだろ。」
「そっか。あんしん なの。」
見ている人間まで、幸せな気分にする笑顔で、プリ様はニコニコと笑った。あまりの眩しさに、ファレグは目を細めた。
「きょうは ありがと なの。おにに たべられてたの。れいが いなかったら。」
「ぼくこそ ありがとうだよ。いしの はしらに なってたよ。むらちゃんが いなかったら。」
ファレグがプリ様の頭を撫で撫でして……、二人はニッコリ微笑み合った。
「ごはん、たのしみなの〜。」
「ううーん。あまり きたい しない ほうが、いいかもね……。」
爺さんの、あの調子だと、食卓にカップラーメンが人数分並んでいる、という事もあり得る。
「なんでも いいの。れーしょん よりは ましなの。」
うっ。それはそうかもしれない。
「それに なんでも おいしいの。れいと いっしょ だったら。」
「む、むらちゃん……。きみって やつは……。」
あまりに愛らしいお言葉に、思わず、キュッと、プリ様を抱き締めるファレグ。プリ様も、負けじと、彼女をギュッと抱いた。
きめ細やかな肌の感触。頰を上気させる体温。トクトクと、心地良い鼓動を伝えて来る、玲の心臓。その全てを、プリ様は、全身で感じていた。
「だきしめ あうって きもちいいの。たたかうより、ずっと、きもちいいの。」
「そうだね……。おにたちも だいて あげれば よかったかな?」
ファレグが言うと、プリ様はカラカラと笑った。
「それは むりなの。わたちたちを たべようと してたの。たたかうしか ないの。」
「すごい わりきりかた だね。」
三歳とは思えない……。ファレグは、時折見せる、プリ様の幼女らしからぬ思考形態に、畏怖の念に近いものを感じていた。
「れいは やさしすぎゆ きが すゆの……。」
あれ程自分を痛めつけた鬼達にまで、憐憫の情を抱いている様子に、プリ様はフッとお顔を曇らせた。
彼女は強い。そして、頼りになる。それなのに、どこか脆くて、危うさを覚えるのだ。
幼くても、持って生まれた洞察力で、他人からは見落とされがちな、彼女の本質を見据えていた。
「やさしい わけじゃ ないよ。ただ、たんじゅんに てき みかたと くべつ できないだけさ。」
「ぷりは……、わたちは、ようしゃ しないの。てきだと おもったら……。」
「はいはい。たよりに しているよ。むらちゃん。」
「もう、ちゃかさないで なの。れいを……。」
心配しているのに。という言葉を、プリ様は飲み込んだ。何故か言えなかった。
その後、二人は仲良く身体の洗いっこをして、お風呂から上がった。
爺さんの用意してくれていた浴衣を着て、大広間に行くと、大きなテーブルに、予想外のご馳走が並んでいた。刺身に、吸い物、固形燃料を使う小型のコンロの上には、網と牛肉……。
『どう みても、りょかんの しょくじだ……。』
実は此処、爺さんの経営している、民宿なんじゃないの? と、玲は疑念を抱いた。
「さあ、遠慮なく食え。」
「うわーい。おじいたん、ありがとなの〜。」
「おお、おお。お前さんは、いつも、可愛いのお。」
無邪気なプリ様に、相好を崩す爺さん。
「なんか あやしいよね……。あしたの あさ、せいきゅうしょが くるんじゃ ないの?」
「お前さんは、本当に憎たらしいのお。」
疑惑の眼差しのファレグに、爺さんは渋い顔をした。
「わしは、修行者を導き、もてなすのが、役目じゃ。粗略に扱えば、御前様に叱られるわい。」
なるほどねぇ……。と、半分納得しつつ、茶碗蒸しを食べるファレグ。意外に美味い。
「さて、お前等。此処に来るぐらいの手練れじゃ。天羽々矢は、当然、使えるのじゃろう?」
食べながら、爺さんが聞いて来た。
天羽々矢? どこかで聞いた覚えがあるの。と、思いつつ、プリ様は海老の天麩羅を頬張った。
昔、ちょっと高級な旅館に泊まった事があるんですが、料理が郷土料理のフルコースみたいな感じで……。
それは、それで美味しく頂いたのですが、一品、どうみても昆虫の形をした佃煮が……。
出された物を残すのは許されない、という家庭で育ちましたので、半泣き状態で食べました。
想像していた様な、昆虫の味ではなかったのですが、というか味なんか分からなかったのですが、完食した後、何か大事な物を失ってしまったような、喪失感を覚えました。
良い旅館だったのですがね……。露天の温泉は風情があったし……。
でも、私の心の中で、二度と行ってはいけない旅館になってしまったのです。
……。つまらない人間ですみません。
本当に、旅館そのものは、部屋、サービスとも、最高でした。