黒い門
「ここの駅員さんが覚えていたわ。昨日、三歳くらいの女の子が、改札抜けようとしてたって。」
話を聞いて来た紅葉が、和臣とリリスに伝えた。
プリ様捜索隊は、失踪発覚後すぐに編成されて、奥多摩周辺を捜し回っていた。
しかし、自分がオクと邂逅した事によって、幼女神聖同盟も絡んで来るかもしれない、とリリスは判断し、プリ様パーティも、一日遅れで探索に出かけたのだ。
「で、暫く様子を見ていたら、あっちの方向に歩いて行ったらしいわ。」
「隣の駅に行ったんだな……。」
「…………。」
三人は、とりあえず、同じ方向に歩き始めた。
「家でイライラしているよりは、こうやって、捜しに出た方が、気が紛れるな。」
「そうね。プリの奴、心配させるんだから、もう……。」
「…………。」
紅葉は振り返り、後ろからついて来ているリリスの頭を、麦わら帽子の上から、軽く小突いた。
「なんか言いなさいよ。」
「ご、ごめんなさいね。眠くて……。今日、プリちゃん捜索に出掛ける為に、昨日、徹夜で新兵器の調整を終わらせたから……。」
今日も真夏日で、容赦無い陽射しが、降り注がれていた。それでなくても、最近、新兵器にかかりっきりで、あまり、休んでないと言っていたリリスは、顔色もすぐれなかった。
「無理しないで、俺達に任せて、プリん家で待っていれば良かったのに。」
「んっ……。でも、心配だし。」
自分がオクに情報を漏らしてしまった責任も、感じているみたいだ。
「しっかし、同じ都内とは思えないわね。畑ばっかりよ。」
「どんどん、田園風景になっているな。」
「…………。」
和臣と紅葉は、話しながら、スタスタと歩いていた。
「ああ、喉乾いたな。和臣、ジュース奢って。」
「何でだよ。出がけにコチョちゃんから、お小遣い貰っただろ。」
「…………。」
そんな遣り取りをしながら、自販機の前で立ち止まると……。
「ああっ、リリスがいない。」
「やばっ。あんな後ろで、フラフラしているわよ。」
慌てて駆け寄ろうとしたら、リリスの隣に、空色の自転車が止まった。
「大丈夫? 貴女。」
健康的に日焼けした、ショートカットの女子高生が、リリスに声をかけた。
「すみませーん。連れですー。」
和臣達が声を上げると、安心したのか、頰を緩めた。
「後ろに乗せて上げられたら良かったんだけど、幼児用のシートが付いているから……。」
「気にしないで、大丈夫だから。」
女子高生の人の良さに、リリスも頰を緩めた。
「昨日の女の子ぐらいだったら、ちょうど良かったんだけど。」
昨日の女の子?! プリちゃんの事だわ。
リリスは直感で分かった。
「昨日も誰かを乗せたの?」
「うん、三歳くらいの子をね。向こうの駅まで乗せて行ったんだ。……ねえ、貴女、本当に大丈夫?」
やって来た和臣が、リリスを負んぶするのを見て、漸く安心した表情を見せた女子高生は「お大事にねー。」と、言い残して、去って行った。
「あの和臣ちゃん好みの、胸の大きなお姉さんが、昨日、プリちゃんを次の駅まで乗せて行ったらしいわ。」
「置いて行くぞ、お前。」
背中から降ろそうとする和臣に、リリスは、ギュッと、しがみ付いた。
『うわっ。そんなに、しがみ付かれたら……。』
思わず赤面する和臣。
「ほら、和臣ちゃん。進みなさい。ゴー、アヘッド。」
「人を馬代わりにしやがって……。」
文句を言いながらも、リリスの柔らかい身体の感触に抗し切れず、彼女を負ぶったまま、歩いて行く和臣であった。
次の駅で電車に乗って、終点を目指した。平日の昼間の電車は空いていて、三人並んで腰掛けたが、座った途端、リリスはウツラウツラと、和臣の肩に寄りかかって、眠ってしまった。
「役得ね、和臣。」
「馬鹿言え。リリスなんて、妹と同じ様なものだ。」
「その割りには、負ぶっている時、顔が終始ニヤケてたわよ。」
嘘。そんなに? 和臣は、思わず、自分の顔に手を当てた。
「あんたがリリスを選ぶなら、協力するよ。」
「……。本音は?」
「あんたがリリスとくっ付いてくれれば、渚ちゃんは私のもの!」
「お前、渚の半径一キロ以内、立ち入り禁止な。」
そんな漫才をしているうちに、列車はドンドン山間部に入って行った。
「でもさ……。」
暫くの沈黙の後、紅葉がフッと声を出した。
「プリも水くさいよね……。二千年様なんて強敵とやりに行くのに、私達を置いて行くなんて……。」
「なんだ、お前。拗ねているのか?」
「…………。」
「光極天の血を引く者しか、入れない所らしいからな……。」
自分にしか出来ない事なら、犠牲は自分だけで良い。トールも、そういう考え方をする人間だった。小ちゃくなっても、本質的な人間性は変わらないのだろう。
「無事に再会出来たら、頬っぺた引っ張ってやる。」
そう言いながらも、紅葉がプリ様を心配しているのは、痛いほど、和臣にも分かっていた。
電車は終着駅に入ろうとしていた。
石の階段の上には、お寺の三門の様な大きな黒い門があったが、扉は閉ざされていた。
「よぉぉし! ぶっこわして やゆの!」
張り切ったプリ様が、ミョルニルを振りかぶると「待て、待て、待てぃ。」と、声が掛かった。見ると、いつの間にか、レゲエ爺さんが立っていた。
「ここから先は、御前様の居られる聖域。その門を打ち壊そうなど、畏れ多いにも程があるわい。」
「おじいたん!」
プリ様の目が輝いた。
「おうた うたって〜、なの。」
ひぃぃぃ、むらちゃん、何て事を……。プリ様の言葉にファレグは慌てた。
「おっ、そうか? なら、一曲……。」
「ちょっと まって。おじいさん、なんか ようが あるんでしょ。」
歌い出そうとする爺さんを、必死に止めるファレグ。
「むっ。そうじゃな。話を進めるか……。」
爺さんが思い止まったので、ファレグはホッーと胸を撫で下ろした。
「そもそも、おじいたん なにものなの なの?」
「わしか? わしは空蝉山の御前様に仕える神じゃ。」
神? サラッと、とんでもない発言をされて、ファレグは仰け反った。プリ様は「うわぁ、かみさま なの。」と、喜んだ。
「かみが つかえている という ことは、ごぜんさま というのも……。」
「無論、神じゃ。わしなどより、もっと高位のな。」
敵が神様? 想像もつかない、途方も無い事態に、さすがのファレグもたじろいだ。
「む、むらちゃん……、どうする……。」
話し掛けると、プリ様は目をキラキラさせて、拳を握っていた。
「すごいの! たのしみ すぎゆの。もう、まちきれないの!!」
そこで、プリ様は、再びミョルニルを振りかぶった。
「よせと言うておるじゃろ。」
レゲエ爺さんは、両手を広げて、門を壊そうとするプリ様を遮った。
「お前達は鬼供と戦って、穢れを全身に浴びた。そのままで、御前様の前に出るなど、まかりならん。先ずは、わしの家に泊まり、沐浴をし、精進潔斎してからじゃ。」
プリ様は、滾る闘志を持て余して、ミョルニルをグルグルと振り回していたが、爺さんの話を聞いて、動きが止まった。
「ごはん でゆ?」
「たらふく食わせてやろう。」
「うわーい。ぴっけちゃん、ごはんなの〜。」
「うにゃにゃにゃ〜ん!」
爺さんの言葉に、プリ様とピッケちゃんは、飛び上がらんばかりに喜んだ。
脳天気過ぎるだろう、とファレグは頭を抱えた。
「では、行こうかの。」
爺さんが言うと、今まで登って来た長い階段が消え、三門の正面に寝殿造りの屋敷が現れた。
二人と一匹は、爺さんに招かれるまま、その屋敷へと消えていった。
終着駅に着いた和臣達は、人事不省で寝こけるリリスを、構内のベンチに座らせた。そこは、ちょうど、プリ様が座って、パンを食べていたベンチだった
「売店の小母さんがプリにパンを売ったそうだ。幼児が万札きっていたから、不審に思って、警察に連絡したと……。」
和臣が、聞いて来た話を、ベンチでリリスと一緒に待っていた紅葉にした。
「なら、プリは警察に……?」
「いや、電話をしている間に、居なくなっていたみたいだ。」
まあ、警察に捕まるタマではないわな……。
二人は、どちらからともなく、頷き合った。
「ここら辺なら、そんなに人目も無いし、恐らく空から、空蝉山に向かったのね。」
目を覚ましたリリスが、和臣と紅葉の話に割って入った。
「今、ヘリを呼ぶから。空から……捜しま……しょ……う……。」
「寝るなー!」
スマホを操作しながら寝落ちしたリリスに、二人は同時に突っ込んだ。
第137部分を読み終わった、お友達のアイちゃんが不機嫌なのです。
「どうしたの?」
「この『あれさ、変身すると、勝手に髪が編み上がっていくじゃない。便利だなーって、思ってた。』って、台詞。」
「うん?」
「いかにもオジさんが『女の子の気持ちを忖度して書きましたぁ。』って感じでキモい。腹立つ。」
「…………。」
「私ね、ズッーとショートだけど、一度だけ伸ばした時あったのよ。」
「は、はあ。」
「その頃、自動的に髪が編み上がっていったら便利だな、って思った事ある。」
「??? 思ったんでしょ? じゃあ、忖度当たっているじゃない。」
「…………。ムカつく。」
なんというか理不尽極まりない、今日この頃なのでした。




