ピンクのパジャマ
陽光の眩さを瞼に感じて、符璃叢が目を開けると、もう朝だった。昴がカーテンを開いたのだ。
「プリ様〜。うにゃむにゃ〜。朝ですよ〜。」
自身も朝は弱いくせに、根性で符璃叢より早く起きるのだ。というのは……。
「は〜い。お早うの、キスです〜。」
が、やりたいからであった。運動神経皆無の昴が、符璃叢の唇を奪えるのは、寝起きのこの一瞬しかない。
「プリ様〜。うふふふ。幸せ……。」
キスをすると安心するのか、そのまま二度寝に陥って行った。
「ほら、昴、起きて。ダメだよ。」
「うにゃ〜。そうでした。プリ様の髪を結わなくちゃ。」
「いちいち編まなくていいよ。後ろで結んどけば良いんだし……。」
「ダメです。ダメですぅ〜。プリ様は、いつも、可愛くしとかないと、ダメなんですぅ。」
結局、昴の泣き落としに負けて、毎朝、髪を編ませている符璃叢。姿見に映る、後ろで自分の髪をいじる昴の顔が、至福の表情をしているので、何も言えなくなるのだ。
「子供の頃に見ていたプリプリキューティ、良かったよね。」
「どうしてですぅ?」
「あれさ、変身すると、勝手に髪が編み上がっていくじゃない。便利だなーって、思ってた。」
「プリ様の髪も勝手に編み上がっていきますよ。ほらぁ、変身ですぅ。」
「あははは。止めてよ、昴。」
でも、本当に便利だと思っていた。先週見た時だって……。先週?
『あれ、つい さいきんも みたの。みらりんちゃんが へんしん してたの。』
「んっ。今日もプリ様は可愛いですぅ。」
髪を結い終わった昴が、満足気に言い、符璃叢の思考は破られた。
『まあ、いっか なの。いまが しあわせ なんだから……。』
朝食の支度が出来たのを告げる胡蝶蘭の声に、二人は「はああ〜い。」と大きく返事をして、リビングに降りて行った。
「プリちゃ〜ん。今日、お家に行っても大丈夫?」
登校中、近所に住んでいる晶が合流して来た。
「大丈夫だよ。操も呼んでる。」
今日は終業式。明日からの夏休みを前に、符璃叢の家でお泊まりをする計画なのだ。
「プリちゃん家のお風呂、広いから大好き。」
「うふふふ。じゃあ、今日は晶の背中を流してあげようか。」
「あら、プリちゃんったら。エッチな事、考えてない?」
二人は軽口を叩き合っていたが、隣で聞いていた昴は、符璃叢の腕にギューッとしがみついた。
「ダメです。ダメですぅ。プリ様とエッチな事をするのは、昴なんですぅ。」
その台詞を聞いた二人は、道端で頭を抱え込んだ。
「昴……。」
「昴ちゃん、往来でなんて事を……。」
ハッと気付いて、芥子の実の様に顔を赤くする昴。
「プ、プリ様〜。昴は、昴はぁ……。」
「はいはい。泣かないで、昴。」
「学校行こうね、昴ちゃん。」
二人に手を引かれ、昴は泣きながら、学校に向かって行った。
☆☆☆☆☆☆☆
プリ様を負ぶったファレグは、階段の三分の二ほど登った所にある踊り場に、プリ様を下ろした。
『もうすぐ、のこりじかんが いちじかんを きる。』
爺さんの言を信じるなら、鬼が湧いて出る頃合いだ。プリ様を担いだまま、石段を登りつつ戦うのは至難の技なので、とりあえず、ここで、プリ様の目覚めを待ちながら、鬼を迎撃するつもりなのだ。
「ねぼすけ むらちゃん。」
ファレグは、愛おしそうに、寝こけているプリ様の小ちゃなお鼻を、摘まんだ。それから、はいていたキュロットのポケットからハクボクを取り出し、地面に何か書き出した。
「終わった……。」と、作業を止めると同時に、地響きが如き唸り声が上がり、陰になっている所から、鬼供が姿を現した。その数たるや、長い石段が、鬼で埋まってしまうほどだ。
「童、跪け。土下座をして、許しを請え。さすれば、痛くないよう、丸呑みにしてやろう。」
一匹の鬼が、そう言うと、周り中の鬼が、それを聞いて、地が割れるかと思うほどの、恐ろしい笑い声を上げた。
ファレグは、ギリっと、戯言をぬかした鬼を見上げ、手刀の形にした右手を、勢い良く振り上げた。すると、次の瞬間には、鬼の首が飛び、石段を転がり落ちて行った。
「おんなこどもと おもって みくびるな。ざして しをまつ くらいなら たたかって しぬ。」
鬼は遠巻きに眺めていたが、やがて、グワラグワラと笑い出した。
「何の生意気な童め。それなら、手をもぎ、足をもぎ、生きたまま食ろうてやろう。」
鬼達は一斉に飛びかかろうとした、その時……。
「ファレグ魔法陣!」
先程、ハクボクで描いていた、円形の模様から光が発せられ、プリ様とファレグを包み込んだ。鬼達は、光の中に入れないらしく、その直径二メートルくらいの範囲で、立往生していた。
「さあ、いのちの いらない やつは、このなかに はいって こい。」
眠り続けるプリ様を庇って、ファレグは不退転の覚悟で叫んだ。
☆☆☆☆☆☆☆
大騒ぎのお風呂タイムを終えて、皆んなは符璃叢と昴の部屋に入った。
湯上りのホカホカした身体を、お気に入りのピンクのパジャマに包んだ符璃叢は、満ち足りた気分で、ベッドにゴロリと転がった。
「プリ様、はしたないですぅ。」
「何言ってるの、昴。良家のお嬢様じゃあるまいし……。」
窘められて、口答えをしながらも、符璃叢は上半身を起こした。
「ほらほら、まだ、髪の毛が濡れているじゃありませんか。」
昴は、持って来ていたタオルで、符璃叢の頭をゴシゴシと拭いた。
「あははは。プリ、お前、未だに赤ちゃん扱いなのな。」
操に笑われて、符璃叢はプッと頰を膨らました。
「ごめんなさい。姉ちゃん、許して〜。」
「おい、プリ。それ誰の真似だよ。」
「この間の、操の真似。」
「オレは、そんな情け無い声は出してねえ。」
符璃叢と操は、寄ると触ると、一触即発なのだ。何時もの事なので、晶は無視してファッション誌を眺め、何時もの事なのに、昴は怯えていた。
「良く飽きないわね。あんた達。」
晶はポテチをつまみながら、呆れた声を出した。
「うるさい。オレは空手に青春をかけているんだ。練習だって、死ぬ程しているんだよ。それが、こんな、面白ちょっかいの奴に……。」
「私だって、ちゃんと練習はしているもん。」
操に言われて、符璃叢が反論した。
「おい、プリ。オレは体育大学に行くつもりだ。お前も来い。二人で、日本空手の凄さを、世界に見せ付けてやろうぜ。」
「いやだよお。私は海洋生物学を学んで、水族館に勤めるの。」
「あら、そうなんだ? 意外ね。私、てっきりプリちゃんは、政治家になる、とか言い出すと思ってた。」
「何、それ。私を何だと思っているの?」
晶の言葉に、また少し頰を膨らませる符璃叢。昴は、そんな彼女を『可愛らし過ぎですぅ〜。』と、トロける様な視線で見ていた。
「そういう晶は、将来どうするのさ?」
「私? 私は、絶対、弁護士よ。」
符璃叢に聞かれて、両拳をグッと握り締めて答える晶。
「うちの両親が離婚した時の弁護士さん、かっこ良かったあ。不倫親父と浮気相手から、がっぽり慰謝料もぎ取ってさ。」
晶の熱弁を聞きながら『こいつは敵に回してはいけないタイプだ。』と、符璃叢と操は思っていた。
「昴は? 昴は何になりたいんだ?」
操に水を向けられて、昴は、真っ赤になって、俯いた。
「私は……、プリ様の……お嫁さん……です。」
昴の発言に、それまで姦しく騒いでいた三人は、シンと、静まり返った。
「まあ、それは、それとして……。」
「どうして、それとするんですか? プリ様ぁ。」
昴の抗議には耳を傾けずに、符璃叢は言葉を続けた。
「玲は? 何になりたいの?」
その言葉に、また、部屋が静かになった。
「レイって、誰?」
晶が皆を代表して聞いた。
あれ? そういえば、玲が居ない。というか、玲って、誰だっけ?
符璃叢の頭が、疑問符で埋まった。
当たり前の日常、幸せな将来の夢。でも、何か違う。何かが……。
その答えは玲が知っている。
笑い合う三人の姿を見ながら、符璃叢の心中は、焦燥感で染まっていった。
夏休み中に、少しでも話を進めようと、頑張ったのですが、お盆だの色々あって、思った程は進みませんでした。
楽しみにしていた夏休みも、アッと言う間に、もう終わりです。
また、投稿ペースは週一くらいになっていくと思いますが、よろしければ、これからも読んでやって下さい。