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見るからに不味そうな塊

 日がトップリと暮れてきた。霞が掛かるみたいに、段々と視界が奪われていくのは、プリ様には初めての経験であった。


「でんきを つけるの。」

「どこに あるのさ。」


 ファレグに言われて『そうなの……。』と、プリ様も納得した。人も通わぬ山中だ。街灯など、ある筈もなかった。


 そのファレグは、魚を焼いた時の様な、炉を作っていた。大分、上流に来たが、此処も石の河原だ。さっきよりも、ゴツゴツした石を器用に積んで、暗くなる前に集めておいた木の枝を入れると、火を点けた。


「これで だん()も とれるし、おたがいの かお くらいは みえるよ。」

「うわあ。あかゆいの。」


 真夏とはいえ、標高の高い場所だ。夜は、それなりに、冷え込んで来るだろう。


「よかったの、れいが いて。ひとりだと、こごえじんで いたの。」


 サラッと怖い事を言うな……。と、ファレグはプリ様のお言葉を聞きながら思っていた。


「でも、たべものは ないよ。もう、おさかなも とれないだろ?」

「だいじょぶなの〜。」


 プリ様は、リュックをガサゴソと弄って、中から茶色の袋を出した。


「なんだい? それは。」

ぐんよう(軍用) れーしょん なの。」


 全部袋入りだ。思わず「たべられるの?」と聞いてしまうファレグ。


「こうすれば、たべられゆの。」


 カルメンさんに教わった通りに、加熱用ヒーターの袋に水を入れ、穀物等を暖めた。


「しぬほど まずいよ、なの。」


 そう言いながら、プリ様はファレグにレーションを分けて上げた。肩にいたピッケちゃんは「自分にも寄越せ。」とばかりに、ミャーミャー鳴いた。


「ぴっけちゃんは こっちなの。」


 またもや、リュックの中を漁り、今度はキャビアの缶詰を取り出した。出がけに、ピッケちゃんの餌になりそうな物も、戸棚から適当に持って来たのだ。

 それを見たファレグは『ぼくも そっちが いいな……。』と内心思っていた。


 それでもファレグは、貴重な食糧を分けてくれたプリ様に感謝し、見るからに不味そうな塊を、一口パクリと食べてみた。

 ところが、これが意外や意外。想像していたよりもずっと……、不味かった。


「まずいでちょ。」


 プリ様も、顔をしかめながら、食べていた。


「うん……。なんというか、その……。」


 頂いた物を貶すなんて失礼だ。なんとか、良いところを見付けて、褒めなければ……。そう、思っていたのに。


「うん、まずいね……。」


 という言葉がポロリと出てしまい、思わず口を覆った。


「そうなの、まずいの。」


 プリ様は、気を悪くする風もなく、むしろ、同調してもらったのを喜んでいるみたいだった。


「かゆめんさんは ばかなの。しゅみで あつめて いゆの。こんな、まずいものを。」


 カルメンさんはレーションマニアで、世界中の軍隊のレーションを集めていた。一人で楽しむ分には構わないのだが、時々、プリ様と昴を巻き込んで、試食会をするのだ。


「その かるめんさんの これくしょんを もらって きちゃったんでしょ? 『まずい』なんて いっちゃ わるいよ。」


 ファレグがそう言うと、プリ様はジトッとした目で、彼女を見た。


「さっき、れいも いったの。『まずい』って。」

「あ、あれ。そうだっけ……。」

「いったの。」

「……、いいました……。」


 とぼけようとしたファレグは、プリ様にキッパリと言い切られて、観念した。それから、二人は同時に笑い出した。


「あっははは。ごめんね。でも、これ、ほんとうに まずいよね。」

「うん、まっず〜いの。」


 不味い、不味い、と言いながらも、二人のレーションを食べる手は止まらなかった。笑い合い、会話をしながらだと、その不味ささえもが、楽しいひと時を演出するスパイスの一つになっていた。


「へいたいさん なんか なれないの。ごはんが まずすぎゆの。」

「へいたいさん、なりたかったの?」

「ううん。ぷり……むらちゃんはね、すいぞくかんの ひとに なりたいの。」


 水族館の人……? ファレグは頭を捻った。


「あのね……、う〜んとね……。いるかと いっしょに とぶの。」


 ああ、調教師のお姉さんか。御三家の子なのにな……。

 ちょっと不憫に思い、目が細まった。


「でも、しって(知って)ゆの。そんなのには なれないの。しめい(使命)が あゆから……。」


 続けて、ポツンと漏らしたお言葉に堪らなくなり、ファレグはソッとプリ様を抱き締めていた。


「どうして? なれるよ。」

「いいの。なれなくても いいの。そういう のを まもゆの。しめい なの。」


 水族館のお姉さんがイルカのショーをして、皆んながそれを見て楽しむ。そんな、当たり前の人々の営みを、守らなければいけない。


 プリ様は、そう言いたかったのだが、いかんせん、小ちゃな頭に詰まっている語彙では、上手く表現出来なかった。

 それでも、ファレグには、彼女の言いたかった事は、痛い程理解出来た。かつての自分も、そうだったからだ。


 満腹した二人は、炉の近くの大きな岩に背を付けて、並んで座っていた。プリ様の膝の上では、ピッケちゃんが、満足気な顔で「うにゃうにゃ。」と眠り込んでいた。


 二人は、暫し、満たされた気持ちで、黙って隣り合っていたが、ふと、顔を上げたプリ様は、自分の頭上に輝く満天の星空に、知らずに声を上げていた。


「うわああ。すごいの。こんなの みたこと ないの。」


 時折、昴と二人で、阿多護山の上にある神社から、夜空を見上げた事はあった。だけど、地上にあまりにも光が満たされている都会では、ほとんど星など見えはしなかった。


「ふしぎなの〜。まっくらな ほど、よく みえゆの〜。」

「そうだね……。」


 自分のいる所が暗ければ暗い程、遠くにある星はクッキリと見えた。決して手は届かないのに。絶対に到達出来ない高みなのに。

 残酷なくらい明るく、暗闇の中にいる自分を誘っていた。


 ファレグが、そんな想いに浸っていたら「あれ、ひしゃく みたいなの〜。」と、プリ様が声を上げた。


「ああ、あれはね、ほくとしちせい。」

「しちせい?!」

「うん。ほくとしちせいね。で、あっちの あかるい ほしが ほっきょくせい。」


 ファレグは、一つ一つ、指を指して、星座の名前を呼んでいった。


「くわしいの、れい。」

「えへへへ。ほしは すきでね。よく、みてたんだ。」


 ふーん、と感心しながら、プリ様は星空に目を戻した。


「ほしを たんけんする ひとも いいな……。」

「うちゅうひこうし だね。」


 プリ様の呟きに、ファレグも星を見ながら応じた。


「ぼくも ちいさいころ なりたかったな。うちゅうひこうし。」

「いまだって ちいさいの。」

「あっ、そうか。そうだね。」


 変なの。フフッと笑みが溢れた。


「ねえ、れい。うちゅうの うんとさきは どうなって いゆのかな?」

「そうだねえ……。いってみたいね。」

「いっしょに いく?」

「むらちゃんと、ぼくが?」

「そう。いっしょに あんどろめだせいうん(アンドロメダ星雲)に いくの。」


 小さなプリ様には、宇宙の先と言えば、精々、テレビで聞き齧ったアンドロメダ星雲くらいであった。


『むらちゃんと いっしょなら、ほんとうに いけるような きがするから ふしぎだな……。』


 ファレグは、鼻息荒く天を指差すプリ様の隣で、そう考えていた。


 銀河系の片隅にある、チッポケな惑星の上で、もっともっと小さい、豆粒くらいの二人の幼女が、肩を寄せ合い、宇宙を見上げて、夢を語り合っていた。


 願わくば、この幸せな時間が、永遠に続きますように。

 心有る誰かが見ているのなら、そう祈らずにはいられない、穏やかで幸福な光景だった。


「むらちゃん……。ぎんがてつどうに のれば、うちゅうの はてまで いきつけるよ。」


 ファレグは、昔読んだ本を思い出し、独り言の様に、言葉を押し出した。


「ぎんがてつどう?」

「うん。ともだちと ふたりでね、ぎんがを たびするんだ……。」

「うわあ……、すてきなの。」

「そうだね……。」


 僕はムラちゃんのカムパネルラかもしれない……。

 ファレグは寂しく微笑んだ。








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