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空色の自転車

 プリ様の旅は順風満帆という訳にはいかなかった。


 乗り込んだトラックは、青梅の辺りで別方向に向かった。まだ三歳のプリ様には、地図は読めないけれど、空蝉山から発せられる二千年様の波動は感知出来るので、方向に関しては間違えようがなかった。


「ちがう ほうがくに なったの。」


 そう察知すると、慌ててトラックから降りた。次に、人目につかないよう注意しながら飛び上がったが、やはり、明るいうちは、いつ見付かるかと気が気ではなかった。

 ので、上空から鉄道を発見すると、その先が奥多摩に、ひいては空蝉山の方に向かっているのを確認し、電車を使う事にした。


 しかし、ここでも難問が待ち構えていた。


「ぷりは でんしゃ ただなの〜。」


 と、意気揚々と改札を潜り抜けようとしたら、窓口にいた駅員さんに「ちょっと、お嬢ちゃん。」と止められた。


「一人なの?」

「うっ……。ええっと……、そうなの……。」

「どこに行くの?」

「えっとお……。しゅうてん までなの。」

「終点? 凄い遠くだよ。パパとママは知っているの?」

「お、おつかい なの。」

「おつかい〜?」


 駅員さんの目が、あからさまに疑惑の色を呈して来た。


「お嬢ちゃん。少〜し、事務所でお話聞いてもいいかな?」

「あっ、おさいふ わすれて きちゃったの。おうち かえゆの。」


 ヤバイ、と思ったプリ様は、慌てて駅から離れて行った。


「ぴっけちゃん、こまったの〜。」


 プリ様は、とりあえず、線路沿いに隣の駅を目指しながら、肩に座っているピッケちゃんに語りかけていた。

 家を出たのは早朝だったが、そろそろ陽も高くなりかけていた。ちゃんと、お母様の言い付けを守って麦わら帽を被ってはいたが、夏の日差しがジリジリと焦げ付くように照らして来ていた。


 移動に関しては、アンチグラビティ・ダッシュの応用で滑る様に動いていたので、さほど疲れはしなかったが、暑さが徐々に体力を削っていっていた。


「うひゃああ。きもちいいの〜。」


 襷掛けにしていた水筒の水を頭にかけると、少しは涼がとれた。


「ぴっけちゃんも かけたげゆの。」

「うにゃ〜ん。」


 猫は水を嫌がるが、この暑さにまいっていたのか、ピッケちゃんも嬉しそうに目を細めた。

 そんな事をしていたら、たちまち水筒は空になってしまった。


「こんどは のどが かわいたの〜。」


 しかし、幸いにも、近くに自販機があった。プリ様は昴のお財布をまさぐった。

 このお財布は、プリ様のお世話をしてもらうに当たり、外出先での食事や、日用品の購入などの為に、胡蝶蘭が昴に持たせているお財布であり、中身はサラリーマンのオジさん達の数ヶ月分のお小遣いが入っていた。羨ましい話である。


「ごひゃくえんだま なの〜。」


 普段、全て昴がやってくれるので、自販機初体験のプリ様であった。


「……。おかねが いれられないの……。」


 なんという事だろう。自販機のある所は、プリ様の立っている道路より高くなっていて、コイン投入口に手が届かないのだ。


「こまったの……。」


 そっ〜と、飛ぼうとしたが、田舎道の割に人の往来が途切れず、出来ないでいた。


「君、どうしたの?」


 プリ様が、自販機の前でまごついていると、空色の自転車で通りかかった女子高生が声をかけて来た。いかにもスポーツ少女といった感じの、健康的に日焼けしたショートカットの女の子だ。


「買いたいの?」

「じはんきさん、おりてきて くれないの。」

「そっか、そっか。」


 買って欲しいなら、降りて来て、お金を入れさせろ。とでも言いたげなプリ様の発言に、女の子はちょっと笑いそうになった。


「はい、どうぞ。」


 彼女は自転車を降りると、プリ様を両手で持ち上げた。


「ありがと、おねえたん。これで かえゆの。」

「いえいえ、どういたしまして。」


 プリ様はお水を二本買うと、自分で飲んでから、ピッケちゃんにも分けて上げた。そして、残りを水筒に入れた。


「君、遠足でもしているの?」


 お姉さんは、リュックを背負い、水筒を持ったプリ様の姿を見て言った。


「ええっと……。あっちの えきまで いくの。おつかい……の かえりなの。」


 これから「行く」と言うと、余計な心配をされる。「帰る」と言えば、むしろ安心されるだろう。

 短時間のうちに、プリ様は色々と学習していた。


「そっか……。方向一緒だから、乗っていかない?」


 お姉さんは自転車の荷台を指差した。御誂え向きに幼児用のシートが付いていた。


「うち、妹が君と同じくらいなんだ。ちょうど良かったよ。」


 乗っていかない? と聞きながら、返事を待たず、テキパキとプリ様を後ろのシートに括り付けた。


「ちゃんと掴まっててね。」


 シートのバーを指差しながら言った。


「うわあああ。きもち いいの。」


 走り出した自転車の風を受けて、プリ様は思わず歓声を上げた。ピッケちゃんも興奮したのか、盛んに「にゃー、にゃー。」叫んでいた。


「自転車乗ったの初めてなの?」

「そうなの。いつもは おくゆま(お車) なの。」

「そっか、そっか。」


 蝉の声はうるさく、陽光は益々強烈に照り付けていたけれど、飛ぶ様に走る自転車の荷台で、風を切る爽快さといったらなかった。

 帰ったら、自転車を買ってもらって、後ろに昴を乗せて上げよう。と、プリ様は御自分の御御足の長さも鑑みずに思っていた。


 そんな楽しい時間は、あっという間に過ぎ、すぐに隣の駅に着いた。


「家は何処? 送って上げるよ。」

「だいじょぶなの。ここまで くれば かえれゆの。」

「そっか。」


 お姉さんは、特に干渉する事もなく、プリ様をシートから降ろしてくれた。


「ありがと なの。おねえたん、ほんとに いいひと なの。」

「あははは。くすぐったいなあ。」


 お姉さんは、頭を掻きながら「気を付けて帰るんだよ。」と言って、走り去ってしまった。プリ様は、その後ろ姿に、何時迄も手を振っていた。


「よし。こんどは うまく やるの。」


 お姉さんの姿が見えなくなると、額の汗を拭いながら、駅の改札を睨んだ。そして、其処が見える木陰に入ると、ジッと何かを待ち続けた。


 そうして、十五分後くらいに、男の子とお母さんの親子連れが、駅に近付いて来るのを見付けた。プリ様は、ソッと近寄り、その二人の後ろから、あたかも家族の一員であるかの如く装って、改札を通り抜けた。


『やったぜ なの。せいこう なの〜!』


 プリ様は、心の中で、ガッツポーズをしていた。プラットホームでも、二人に付かず離れずの距離を保ち、電車に乗ると、誰も居ない車両に素早く移動して座った。幸い、平日の昼間に乗って来る人は少なく、誰かに見咎められたりもせず、ゆっくりと座っていられた。


 ミャーミャーと鳴きながら、肉球で頭を叩いて来るピッケちゃんに起こされ、プリ様はボンヤリと目を覚ました。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。電車は終着駅に着いたところだった。


 今度は、年配の男の人の後ろを「孫娘ですよー。」という体を装って、改札を出た。ドキドキものだったが、駅員さんは特に気にした様子もなかった。


「おなかが すいたの……。」


 もう、お昼を大分回っていた。リュックの中の食糧は、山中に入った時の為の物だ。プリ様はパンを買おうと思って、売店に行った。


「ぱん ください なの。」

「おやまあ。お嬢ちゃん、一人かい?」


 人の良さそうな売店の小母さんが、心配そうに聞いてきた。


「おつかいなの。ぱん かって かえゆの。」


 そう言いながらお財布を見ると、大きなお札しかなかった。プリ様は何気無く、万札を出した。それを見た小母さんは、少し妙な顔をした。


「お嬢ちゃん、お名前は? お歳は?」

「ぷりむら、さんさい なの。」

「そうかい。そうかい。」


 小母さんは、プリ様にパンとお釣りを渡しながら、聞いて来た。


「お嬢ちゃん、ちょっと、あっちのベンチに座っててくれるかい?」


 そう言われたプリ様は、不思議に思いながらも、指差さされたベンチに座った。小母さんはそれを見ると、携帯で何処かに電話をし始めた。


「警察ですか? 子供が一人で……。ええ。名前はプリムラちゃん。三歳と言っています。」


 小母さんは、プリ様に聞こえないよう、少し離れたベンチに腰掛けさせたのだろうが、御三家の血を引くプリ様の身体能力は並ではなかった。兎並みの聴力なのだ。


 またしても、ヤバイ、と思ったプリ様は、チョコマカと駅の裏手に回った。都合良く、其処は谷になっていて、全く人目がなかった。

 プリ様は躊躇わず、メギンギョルズの羽を輝かせて、空に飛び上がった。


「ふうー。あぶなかったの。」


 幼女一人旅は苦労の連続であった。







最強幼女プリムラちゃんを読んでくれている良い子の皆んな。

プリ様の真似をして、家出をしてはダメだよ。

プリ様には超人的な能力と前世の記憶があるから平気だけど、普通の幼児は、すぐに二進も三進もいかなくなるからね。


幼児がこの小説を読んでいる可能性が、万に一くらいあるかもなので、一応注意しておきました。

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