小型のラジカセ
病院に行って疲れたのか、その日は、昴も早々に眠りに着いた。勿論、プリ様も一緒だ。
だが、プリ様は例によって、夜中に目を覚まし、おトイレに行った。時刻は四時。もう、明け方に近い頃であった。
用を済ませたプリ様が、寝惚け眼を擦りながら、昴の眠るお布団に潜り込むと、誰かに呼ばれた様な気がして、再び立ち上がった。
『符璃叢……。』
符璃叢って誰だっけ……。ボッーとした頭で考えていると、ああっ自分の事だ、と思い至った。
「ぷりを よぶのは だれ?」
そう言った時、眠ったままの昴が上半身を起こした。そして、両手を水平に広げると、独り言の様に呟いた。
「トラノオ……。ゲキリン……。」
すると、左手にトラノオ、右手にゲキリンが握られていた。その後、二振りの刀は、彼女の手を離れ、刀身を起こし、滑るが如くプリ様に近付いた。
昴は、また、眠りに落ちた。
『我はゲキリン。符璃叢、お前に頼みがある。』
『トラノオだよ。昴の為なんだ、プリ。』
トラノオとゲキリンは、音声を発しているわけではなかった。ただ、プリ様の頭の中に、二人の声が聞こえて来るのだ。
「もしかして、おまえたちの しわざ? すばゆの ぜんせがえりは。」
『そうだ。』
『でも、仕方ない理由があるんだよ。』
全ては、フライングバードでの「昴プロテクト」に起因していた。あの時、オクが応急処置で魔法子を増やしたが、昴の体内では、常に膨大な量の魔法子が消費されているので、需要に供給が追い付かない状態になっていたのだ。
「どうして、そんなに しょうひ されゆの? まほうしが。」
『それは……。』
『…………。』
ゲキリンとトラノオは言い淀んだ。
「それも おまえたちの せいなの?」
『……、すまない。そうだ。我々がベストのコンディションを保つには、泉の様に魔法子が湧いて来る環境が必要なのだ。』
『鞘を失った我々は、昴の体内に間借りしているんだ。彼女は本来なら、お前の……。』
何かを言い掛けたトラノオを、ゲキリンが軽く刃を当てて黙らせた。
「ぷりは どうすれば いいの?」
昴を元に戻して上げられるかもしれない。プリ様は身を乗り出して、二人に訊ねた。
『いい、プリ? 良く聞いてね。東京の奥多摩の更に山奥に、御三家の修行場があるんだよ。雲隠島みたいなね。』
『其処は、光極天の始祖が二千年前に作った場所だ。』
トラノオが語り始め、ゲキリンがそれを引き継いだ。
「わかったの。そこの ぬしを ぶっとばすの。なにか、ごほうびが もらえゆの。」
『まあ、そうだが……。』
簡単に言うなあ、とゲキリンは思っていた。二千年間存在しているという事は、二千年の間、誰もクリア出来なかったという事なのだ。
「あした、みんなを あつめゆの。」
張り切って言ったプリ様の言葉を『いや……。』と、トラノオが否定した。
『あそこは光極天の血を引いた者しか入れないんだよ。仲間内ではプリだけだよね?』
一人で行くしかないか……。プリ様はちょっと身体を震わせた。
『怖いか? プリ。』
「なんか……。」
『何?』
「なんか たのしそう なの〜。」
一人での冒険。今迄、外出すら一人ではした事が無かったので、プリ様の身体には、期待の武者震いが走っていた。
「そうと きまれば、しゅっぱつ なの〜。」
プリ様は、屋敷内の彼方此方を探索して、愛用の魔女っ子プリプリキューティのリュックに、着替えや食糧を詰め始めた。
前世、ダンジョン攻略や、魔の山越えをした時の記憶が、役に立っていた。
チラッとニール君の寝ているケージを見たが、これは置いていく事にした。必要な時は、必ず手元に現れるからだ。
銀魚は、ギュッと、着ているピンクのワンピースの上から締めた。
「さてと……。すばゆ〜。」
プリ様が昴を起こそうとしたので、二人は慌てた。
『待て待て待て。お前、一人で行くのではないのか?』
「げきりんって、おじさん みたいなの。しゃべりかたが。」
『今、そんな話は、どうでも良かろう。』
「ぷりと はなれゆと さくらん すゆの。すばゆ、たえられないの。」
ムムッ、確かに。と、ゲキリンは思った。
『じゃあ、こうしようよ。私は昴の時間を止める。』
『我は特殊な空間を作って、其処に昴を匿おう。』
誰の手も届かない所で、昴は眠った様な状態で、プリ様の帰りを待ち続けるのだ。
「わかったの。すばゆを たのむの。」
『合点承知!』
プリ様と二人は、まるで姉妹みたいに息が合っていた。
『符璃叢。修行場の主を倒し、褒美に欲しい物を聞かれたら、こう答えるのだ「十種の神宝が欲しい。」と。』
「がってんしょうち!」
プリ様は、二人を真似て、返事をした。
いよいよ出掛けようかという時に、ピッケちゃんがパタパタと飛んで来た。そして「ピッケ!」と一声鳴いて、プリ様の肩に停まった。
「いっしょに きてくれゆの? ぴっけちゃん。」
「うにゃにゃにゃにゃ〜。」
「ようし、しゅっぱつ なの。」
プリ様は、意気揚々と、冒険の待つ山に旅立って行った。
「プリちゃんが〜、昴ちゃんが〜、いーなーいー!!!」
夜通しの御三家合同会議を終えて帰宅した胡蝶蘭は、寝室がもぬけの殻になっているのを見て、パニック状態になっていた。
「プ、プ、プリちゃん知らない? 昴ちゃん知らない? ねえ、ねえ。」
リリス、紅葉、和臣の三人は、動転した胡蝶蘭の電話に叩き起こされ、半分寝ながら、神王院家に集まって来た。
「プリちゃんがー。昴ちゃんがー。」
「落ち着きなよ、コチョちゃん。」
プリ様達を探して、寝室中の押入れや箪笥を開けまくっている胡蝶蘭を、あやす様に紅葉が言った。
「叔母様。テーブルの上に、見慣れない機械が有りますよ。」
リリスに言われてテーブルを見ると、小型のラジカセが一台置いてあった。
「これは……、照彦さん(プリ様のお父様です。)の物だわ。」
こういった古い機械が好きなのである。
「ラジカセ……?」(リリス&紅葉&和臣)
二十一世紀の子供達は、ラジカセなど知らないのだ。
ハッと気付いて、胡蝶蘭はカセットテープを鳴らしてみた。
「おかあたま。しんぱい かけて ごめんなの。ぷりは とくさのかんだからを もらいに いくの。すばゆは かくまって いるの。とらのおと げきりんが。…………、ええっと、いってきます なの。」
プリ様の可愛らしいお声が流れ出て、胡蝶蘭は号泣状態だった。
「十種の神宝って……。もしかして、プリちゃん。奥多摩の更に山奥、空蝉山に行ったんじゃ……。」
「空蝉山!」
リリスの言葉を聞いた胡蝶蘭は、腰が砕けて、その場に崩れ落ちた。
「二、二千年様に挑みに行ったの……。」
「二千年様って、何だ?」
胡蝶蘭の呟きに、和臣が疑問を挟むと、リリスが難しい顔をした。
「テナとアシナが三百年様。私が挑んだのが千年様。更にその上、誰も顔すら見た事ない、二千年様が居る修行場。それが空蝉山よ。」
胡蝶蘭は、頭を抱えて、蹲った。
「無理無理無理無理、絶対無理。いくらプリちゃんでも無理よ、無理。」
昴ちゃんの前世返りを治すのに、十種の神宝が必要なのだろうな。
と、リリスは考え付いた。でも、その知恵は誰が授けたんだろう?
「奥様! 符璃叢様の逃走経路が分かりました。」
逃走経路って……。犯罪者扱いだな。
リリス達は、慌てて部屋に入って来たカルメンさんを、ジトッと見た。
「出入りの業者のトラックに忍び込んで、この地下基地から脱出したみたいです。」
「まあ、なんて頭が回る子なのかしら。」
地下基地を出るゲートを一箇所でも通れば、警備の人間に気付かれる。だから、プリ様はトラックに乗ったのだ。それも出鱈目に選ぶのではなく、ちゃんと奥多摩方面に向かう車をチョイスしていた。
「奥様、お嬢様の持ち物に仕掛けておいた、ビーコンの反応が有りました。」
今度は、女中頭のペネローペさんが、入って来て告げた。
ビーコンって、何か懐かしい感じの響きがする言葉だな。と、紅葉は思っていた。
「真っ直ぐ、空蝉山に向かってますね。」
死刑の宣告でも受けたかの様に、胡蝶蘭の顔色は真っ青になった。
一週間も更新しないかと思えば、連日更新をしたりもして、ペース配分を考えろよ、と言われそうです。
七月中に、もう一回は更新したいのですが……。
出来るでしょうか? それは私にも分からないのです。