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トロトロのオムライス

 七大天使の一人ファレグは、東京奥多摩の更に奥、雲取山に近い山の中、流れる川の岸辺に座り、その輝く水面を眺めていた。


『こんなにも せかいは きらめいて いるのに……。』


 真夏の空は太陽の光で満たされ、蝉や虫の声が辺り一面に響き渡っていた。

 暑さに火照る身体、流れ落ちる汗。

 この世界も自分も、確かに生きていた。


『でも、ぼくの いのちは いつわりの いのちだ。』


 彼女は、自分が再び目を覚ました時の事を、思い出していた。暗闇の中、目を開けると、そこではオクが微笑んでいた。


「ここは あなたの つくりだした せかいよ。」


 オクは、微笑みを絶やさずに、話掛けて来た。


「おれいが したかったの。わたしに この『AT THE BACK OF THE NORTH WIND』をあたえて くれた あなたに。」


 AT THE BACK OF THE NORTH WINDは、あったかもしれない、もう一つの選択肢。ファレグの愛した、古き良き世界……。


 ファレグは川に石を投げた。水面を切って石は飛び、対岸の崖にぶつかった。


『さて、どうしようかな……。』


 やはり、今のこの世界は、自分の居るべき場所ではない気がした。ファレグは、その美しい顔に、寂しげな笑みを浮かべていた。




「プリ様〜。プリ様、プリ様〜。」


 騙されて眠らされ、プリ様から引き離されていた昴は、検査が終わると、プリ様にしがみ付いて離れなくなった。


「ええ〜ん。寂しかったんですぅ。プリ様〜。」


 今迄眠っていただろ。と、プリ様は、内心で、突っ込んでいた。


「先輩、何か分かりました?」


 胡蝶蘭は、無表情にパソコンのモニターを見る鷹白に、訊ねた。


「身体的……。細かい事……。これから……。」

「先輩が何か気付いた事は……?」


 胡蝶蘭は、中学生の時からの先輩である鷹白に、余程の信を置いているらしい。彼女なら何か探り当てていると、思っているみたいだった。


「魔族にしては……、魔法子……少ない……。」


 断片的な鷹白の言葉を組み立てると、どうやら、昴の体内の魔法子は、生命を保つギリギリの状態にまで、枯渇しているらしかった。


「魔族の身体……。取り込みやすい……。」


 魔法子が少なくなって、より効率良く空間内の魔法子を取り込む為、魔族であった前世の身体になったと言いたいようだ。


「そんな、馬鹿な……。」


 胡蝶蘭は思わず呟いてしまったが、発言した鷹白でさえ、自分自身の言葉に首を捻っている有様だった。


 対症療法として、空間中の魔法子を集める紋章を、身体に描いてもらい、その日の診察は終了した。




 朝一番に来たのに、診察を終えた時は、もう、お昼を過ぎていた。三人は、地下八階から、通常の病院部分である、一階に上がって来ていた。


「病院のレストランで、お食事しようか?」


 そう、胡蝶蘭が提案した時、ちょうど彼女のスマホが鳴った。


「ええっ?! うーん、分かりました……。」


 暫く話していたが、やがて、渋い顔で電話を切った。


「ゴメンね、昴ちゃん、プリちゃん。急に御三家の会議が入っちゃって……。」


 胡蝶蘭は、昴にお札を握らせながら、言った。


「二人で美味しいものを食べて。プリちゃんを頼むわね、昴ちゃん。」


 そして、タクシーを拾って、行ってしまった。


「おかあたま、いそがしいの……。」


 ちょっと寂しげに俯くプリ様。


「でも、しかたないの。いこ、すばゆ。」


 ニッコリ笑いながら、小ちゃいお手手で、昴の手を握って来るプリ様。


『プ、プリ様……。いじらしい……。』


 あまりの健気さに、辛抱堪らなくなった昴は、抱き締めて、愛撫して、頰をスリスリして……。


「やめゆの、すばゆ。はずかしいの。」

「ハッ! すみません。無意識の内に……。」


 もぉ〜、すばゆは……。と、プリ様は羞恥に耐えていた。数人の看護師さん達が「可愛らしいわぁ。」などと小声で囁き合っていたのだ。


 しかし、本当に大変だったのは、これからだった。外来患者や見舞客等、人の増えた院内で、昴は確実に目立っていた。モデルと言っても通用する容姿なのだ。すれ違う人々は、皆、呆けたように彼女を見詰めていた。


 何時もはこの時間なら、あまり、お客さんはいないのに、昴見たさに入って来た人達で、店内は時ならぬ満席状態になっていた。


「やけに、お客さんが多いですね?」


 注文を終えた昴は、不思議そうに店内を見回した。


『わかってないの、すばゆは……。』


 あまりの自覚の無さに、プリ様は溜息を吐いた。


かゆめん(カルメン)さんに むかえに きて もらうの。」

「そんな、プリ様。お家は目と鼻の先ですよ?」

「いいから。きて もらうの。ねんのため なの。」


 膝の上に乗っけているプリ様が、ちょっと睨む感じで見て来たので、昴はそれ以上逆らわず、カルメンさんに連絡を取った。


 ちょうど電話が終わった頃、プリ様待望のトロトロのオムライスが運ばれて来た。


「うふふ。プリ様、アーンして下さい。」

「だ、だいじょぶ なの。じぶんで たべゆの。」


 スプーンにオムライスを取り、フーフーしてから、昴は差し出したが、プリ様は、そのスプーンを奪おうと必死だった。

 こんな衆目の中での赤ちゃん扱いは、プリ様のプライドが許さなかった。


「嫌です、嫌ですぅ。何時間も離れ離れだったんですよ。プリ様のお世話を焼きたいんですぅ。」


 この我儘者め……。

 頑としてスプーンを渡そうとしない昴に折れて、プリ様はアーンと口を開けた。


「随分と若いお母さんね……。」


 顔を真っ赤にしながらも、モグモグと咀嚼していると、隣の席の老夫婦の会話が聞こえて来た。


『おやこと おもわれて いゆの!』


 これは、昴の保護者を自任するプリ様にとって、耐えられない誤解であった。

 知らずに、ポトポトと涙が落ちていた。それを、ギョッとした目で、昴は見た。


「どどど、どうしたんですか? プリ様。」

「はずかしいの……。」

「えっ?」

「はずかしくて しにそう なのー。」


 オロオロする昴に、癇癪を起こすプリ様。

 そんな二人に、意を決した様に、周り中の男達が近付いて来た。


「け、結婚して下さい。」

「付き合って下さい。」

「うちの芸能事務所からデビューせえへん?」

「読モやりゃあよ。」

「解剖させて下さい!」


 等々。

 様々なお誘いの言葉が、一斉に火を噴いた。


「プ、プ、プリ様ぁぁぁ。」


 いきなり、知らない人達から話し掛けられて、昴は怯えて硬直していた。


「にげゆの! すばゆ。」


 プリ様は昴の手を引いて走り出したが、男達も後を追って来た。


『おいつかれ ちゃうの。すばゆの そくど だと。』


 プリ様は、仕方なく、彼等の足元の重力を軽くした。男達は、バランスを崩して、その場に転がった。


『ごめんなの。』


 心の中で謝りながらも、プリ様は病院の玄関まで急いだ。辿り着いた時、ちょうど、カルメンさんの白いストレッチリムジンが滑り込んで来た。


 助かった……。と、思ったのも束の間、ドアを開けたカルメンさんが、いきなり銃を構えた。


「ま、魔族! お嬢様から離れろ!」

「か、かゆめんさん。これは すばゆ なの。おかあたまから きいてないの?」


 そう言われてみれば……。

 カルメンさんは、今朝の朝礼時の胡蝶蘭の言葉を思い出していた。


「悪い、悪い、昴。いきなりだったから……。」


 カルメンさんは頭を掻きながら謝ったが、銃を向けられて怯えきっていた昴は、コヒューコヒューと、細い息をするばかりだった。




 その後、なんとか無事に帰っては来たが、屋敷の中でも、会う人ごとに「魔族!」と驚かれ、酷い時は武器を向けられ、自室(プリ様と昴の愛の巣)に戻った時には、昴の精神的動揺は、マックスに達していた。


「ええーん。プリ様ぁ。プリ様ぁ。」

「よしよし なの。たんと なくの、すばゆ。」


 自分に縋り付いて泣く昴の頭を撫でて上げながら、プリ様も途方に暮れていた。


『はやく、もとに もどして あげなきゃ いけないの……。』


 でも、どうやって? と、考えると、さっぱり見当もつかないのであった。










大分更新期間が空いてしまって、すみませんでした。


よりによって死ぬ程忙しい時に、搬入用のエレベーターが故障し、重い荷物を持って、階段を何往復もしていたら、身体の疲労著しく、三途の川の手前まで行っていたので、帰って来るのに時間が掛かってしまったのです。


そんな中、久しぶりに小説情報を見てみたら、ブクマが増えていて、評価もして頂いていて、吃驚しました。

本当にありがとうございます。疲れが一気に吹き飛びました。


でも、本当、皆さんも身体には気を付けて下さい。健康って大事だな、と痛感した今日この頃なのでした。

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