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シッカロールの缶

「プリ様、奥様、お早うございます!」


 朝起きると、寝惚け眼のプリ様と胡蝶蘭に向かって、昴が満面の笑みで挨拶をして来た。


『じかんの まきもどしが なかったの……。』


 昴の朝は、いつも、あの苦しくて切なげな時間の巻き戻しから始まるのに、今朝は普通に目を覚ましていた。


「す、昴ちゃん、身体大丈夫?」


 胡蝶蘭も同じ事を考えていたのか、心配そうに聞いていた。

 もちろん、時間の巻き戻しなんて無い方が良いのだが、突然無くなると、それはそれで不安になるのだ。


 昴は質問の意味を考えるみたいに、小首を傾げていたが、やがて、ニッコリと微笑んだ。


「不幸中の幸いと言うか……。魔族は病気にはならないんです。」


 そう、魔族は神に近い生き物なので、代謝機能や免疫機能も、人間より、はるかに高性能に出来ていた。


『でも、そのわりには、えよいーず(エロイーズ)は よく ねこんでいたの。』


 身体は高級品でも精神は弱々だったので、精神的ショックで臥せってしまう事態は、前世でも多々有った。


「それに魔族には超能力が有りますからね。この身体なら、少しはプリ様のお役に立ちますよ。」


 昴は拳をグッと握って力説したが、前世の体たらくを知っているプリ様は、覚めた目で見るばかりだった。


 何しろ魔王の娘なのだ。仲間になった当初は、皆も、その能力(ちから)には期待していた。

 性格は戦闘向きではなかったが、それならそれで、未来予知だの、魔物の弱点を見破るだの、そういったサポート面でも、魔族としての特殊能力は発揮出来るだろう。


 だが、エロイーズは、何一つそんなものを持ち合わせてはいなかった。


 同じ魔族を見て逃げ惑い、人間の子供にいぢめられている姿を見て「おやっ?」と思っていたトール達は、エロイーズの速力が五十メートル十九秒(昴よりは一秒くらい早いです。)というのを知って、完全に彼女を戦力と見做すのは止めてしまった。


 後は坂道を転がり落ちる様に転落して行き、半年後にはパーティのマスコット兼、アイラのオモチャという地位に収まっていた。


「見て下さい、奥様。念動力です。」


 昴は、プリ様用のシッカロールの缶を、念ずるだけで持ち上げた。エロイーズ唯一の能力である。


 しかし、これも小石くらいの重さの物体しか動かせず、五分も使えば息も絶え絶えになるという、全く役に立たない能力であった。

 最終的には、前世では、食堂の長いテーブルの端っこに居る人に、ソースの瓶を渡す為の能力と化していた。


 昴はシッカロールの缶を手に持つと、えへへっ、と自慢気に笑った。

 その瞬間、頭の中に「魔法子を消耗するな!」という声が響き渡った。あれっ、と不思議そうに辺りを見回す昴。


「昴ちゃん。シッカロール使うの?」


 胡蝶蘭に聞かれて、昴は我に返った。


「お胸が大きくなったせいで、お乳の谷間や下の辺りが汗ばんじゃって……。」


 汗疹が出来そうなんですぅ。

 と言う昴に、ふーん、と納得しかかった胡蝶蘭は、はたと気が付いた。


「魔族は病気にならないのじゃないの?」


 汗疹とて、肌の病気の様なものだ。


「お、お肌は弱かったんですぅ。どんな魔族にも、弱点の一つくらい有りますぅ。」


 弱点しかないじゃないか。と、プリ様は思っていた。

 早くもメッキが剥がれてきたわね。と、胡蝶蘭は苦笑いをしていた。




「エエエ、エロイーズゥゥゥ!!!」


 午後になって、緊急招集されて来た紅葉は、リビングのソファーに座る昴の姿を見て抱き付いた。


「止めて下さい、紅葉さん。お、落ち着いて。私、昴ですぅ。」

「ああっ。夢にまで見た。この太腿の柔らかさ、触り心地の良さ……。」

「聞いて下さーい。さ、触らないでぇー。」


 紅葉の指が、紐装束の中に入ろうとした時点で、遅れてやって来たリリスが、思いっ切り頭を引っ叩いた。


「お止めなさい。まだ、昴ちゃんは十歳なのよ。」

「い、いや……。でもさ、こんな美味しそうなものが、目の前にあったら……。」


 正気に戻った紅葉は、お触りこそ止めたものの、(まなこ)は舐める様に、昴(=エロイーズ)の身体に貼り付いていた。


「あ、あれ? 紅葉ちゃんって、そっち(百合)の人だったの? じゃあ、和臣君との仲は……?」

「この際だから言っておく。俺と紅葉には恋愛感情など全く無く、こいつは真性の百合だ。」


 胡蝶蘭の疑問に、和臣が素早く答えた。


「バレたら仕方ないわ。そうよ、私は前世、エロイーズ(の身体)が大好きだったの。」


 衝撃の告白。胡蝶蘭は混乱した。


「あれれ? だって、昴ちゃん(=エロイーズ)は、プリちゃん(=トール)と付き合っていたんでしょ?」

「そうですぅ。」

「ちがうの。つきあっては ないの。」


 昴とプリ様から、相反する答えが返って来て、益々混乱した。


「コチョちゃん。そんな事言うなら、リリスはプリの元カノなのよ。」

「何ですってぇぇぇ。リリスちゃん、いつの間にプリちゃんと付き合って、別れたの?」

「落ち着いて下さい、叔母様。前世の話です。」


 胡蝶蘭の頭は、混乱の極みに達していた。


「はっ、まさか、和臣君は男色で、プリちゃん(=トール)に片想いしていたとか……。」

「する訳ないだろ。というか、俺は男色じゃない。」

「そうよ。和臣の片想いの相手は、浮気症の酒場の未亡人よ。」


 黙れ。と、和臣は紅葉を睨んだ。


「ええっと。つまり、プリちゃんは、昴ちゃんとリリスちゃんの二股をかけていたのね? プリちゃん、そんなダラシない事、お母様は許しませんよ。」

「ちちち、ちがうの。ぷり、そんな わゆいこ じゃないの。」

「私(=クレオ)とプリちゃん(=トール)が付き合っていたのは、昴ちゃん(=エロイーズ)がパーティに加入する、ずっと前の話です。」


 付き合っていたのは否定しないんだ……。

 胡蝶蘭は複雑な思いで、ちっこいプリ様と、リリスを見比べた。


「ででで、でも、私(=エロイーズ)とプリ様(=トール)は、ずっと一緒におネムしてたんですぅ。」

「あらあら、私達だって、お付き合いしている時は同じベッドで寝ていたわよ。エッチな事だって……。」


 言いかけたリリスに、昴と胡蝶蘭が目を剥いた。


「し、したの?」

「したんですかぁ?」


 そこでリリスは意味有りげに微笑んだ。


「さあ? どうかしら。」


 実は高性能神様ブロックの働きで、十八歳未満お断りのシーンは、本当に覚えていないのだ。だが、リリスに妖艶な笑いを浮かべられると、色々、想像が掻き立てられてしまう。


 和臣は鼻血を垂らしていた。


「はいはい。今は前世の話より、昴ちゃんの問題でしょ。」


 リリスが、この話は此処まで、という態度で手を打った。


「そ、そうですぅ。紅葉さん、このエッチな装束を何とかして下さいぃ。」


 元に戻るよりも、そっちの方が重要なんだ。

 プリ様は、心中で、突っ込んでいた。


 一方、昴に詰め寄られた紅葉は、頭を掻いていた。


「それ着せた時、酔ってたからな……。翌朝は強襲を受けて、即、戦闘だったし……。」


 切々と訴える瞳で見詰めて来る昴から、目を逸らしていたが、やがて、観念して頭を下げた。


「すいませんっす。取説ろくに読んでないんで、呪いの解除の仕方、分からないっす。」


 紅葉の謝罪を聞いた昴の顔が、みるみる暗い表情に覆われていった。


「えええーん。プリ様ぁ。昴は、もう、終わりですぅ。プリ様は昴を捨てて、リリス様と焼け木杭に火が付くんですぅ。」

「昴ちゃん、幼女と女子中学生が、ヨリを戻すなんて無いから。」


 そう言いつつも、リリスは、さり気無くプリ様を抱っこしていた。


「ダメです。ダメですぅ。プリ様を抱っこするのは、昴のお仕事なんですぅ。」

「あらあら。私とプリちゃんの仲を認めてくれたのではなかったの?」

「すばゆ……。いってゆ ことが しりめつれつ なの。」


 まあ、無理もないかな……。と、皆は思っていた。

 突然、前世返りして、着られるものが紐状のエッチな装束しかないのでは、錯乱するのも道理だ。


 昴は精神安定剤のプリ様を返してもらい、泣きながら頰にスリスリしていた。










繁忙期の反動で、身体ガタガタです。

でも、仕事は休めないどころか、今月下旬に、もう一山来るのです。

突然、物凄く更新期間が空いたら、ごめんなさい。

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