崩れないプリン
「プリ様ぁ。もう、リリス様のお胸に浮気しちゃ嫌ですよ。」
お風呂で頭を洗ってもらいながら、プリ様は昴に恨み言を言われていた。
「うわき じゃないの。やわらかい おむねが すきなの。」
「嫌です。嫌ですぅ。プリ様は昴以外の女の子のお胸にスリスリしちゃいけないんですぅ。」
だって、昴のお胸は平らなんだもん。と、プリ様が思っていたら、髪の毛を濯ぎ終わった昴が、頭をタオルで拭きながら、背中に胸をピトッと付けた。
「ほーら。昴だってスリスリしちゃいますよ。」
「もお、やめゆの。すばゆ。くすぐったいの。」
二人でふざけて笑い合っていたら、突然、プリ様は背中に恐ろしく柔らかい物体が押し付けられて来る感覚を覚えた。
それは、崩れないプリンという物があれば、こうも感じるかという程の柔らかさであった。
「なにを おしつけて いゆの? すばゆ。」
そう言って振り返ると、長い銀髪に透き通るような肌の、この世のものとは思えないくらい美しい女性がいた。
「えええ、えよいーず?」
「何言っているんですか。プリ様ぁ。」
プリ様が、まだ、ふざけているんだと思った昴は、後ろからギュッと抱き締めた。その時、彼女も、自分の素肌に当たる感触が、いつもと違うなあ、と思った。
ふと、下を向くと、そこには立派な二つの乳房が、たわわと揺れて、水滴を弾き返していた。
「えええええっ? ええっ?? えっー???」
あまりの驚きで、言葉にならず、悲鳴の様な声を上げた。
慌てて鏡を見ると、紛れも無い前世の自分、エロイーズが居た。
「どうして? どうして? どうしてぇー。」
「おおお、おちつくの。すばゆ。まずは、おふよから あがゆの。」
狼狽えて泣き始めた昴を宥め、プリ様は風呂から出るように促した。
クスン、クスンと泣いていた昴は、銭湯みたいに大きな浴場から、脱衣所に行くまでに、少し平静さを取り戻していた。
『プリ様は大きなお胸がお好きですし、むしろ、こっちの姿の方が良いのかも……。』
外見が前世の姿に成ってしまうというのは、軽く人生が変わってしまう程の一大事だと思うのだが、全ての判断基準がプリ様を中心としている昴は、暢気にそんな事を考え始めていた。
恐るべきポジティブさである。
しかし、それも、脱衣籠の中に有る、自分の服に触れるまでの話であった。
昴が触れた途端、下着もメイド服も姿を消し、代わりに、ほとんど紐状の「呪いの奴隷装束」が現れたのだ。
「嫌あああああ。何で? 何で服が、このエッチな装束になっちゃうの? ティーチ ミー ホワイ? ですぅぅぅ。」
「お、おちつくの。さくらん してゆの、すばゆ。」
昴は、改めて、思い知らされた。「呪いの奴隷装束」の恐ろしさを。時を超え、空間を超えて、呪いは継続し続けるのである。一度、この呪いに囚われた者は、全裸か、ほとんど紐状の服か、の二択しか許されていないのだ。
「えっえっえーん。プリ様ぁ。昴は、もう、痴女として生きていくしかないんですか?」
「な、なかないの、すばゆ。きっと、なんとか なゆの。」
全裸よりはマシだろうと、取り敢えず「呪いの奴隷装束」を着たのだが、姿見に映った我が身の痴女っぷりに、止め処もなく涙が零れ続ける昴であった。
「く、首輪はプリ様が付けて下さーい。」
「つけなきゃ だめなの?」
「な、なんか、付けてもらわないと、身体が妙な感じに……。」
そう言いながら、顔を赤らめ「んっ……。」とモジモジし出した。御主人様から首輪を付けてもらうのは、奴隷の自覚を持つ為の大切な儀式だ。忌避したり、怠ったりすると、呪いの装束から、罰として全身をくすぐられるという、変態的な仕様になっていた。
もっとも、昴にとってはプリ様から首輪を付けてもらうなんて、甘美な悦びに満ちた行為だった。こんな状況でなければ、飛び跳ねて喜んでいただろう。
首輪を付け、二人は、そのまま、自室(昴は「プリ様と昴の愛の巣」と呼んでいます。)に戻った。
「だ、だれにも あわなくて よかったの。」
誰かに今の昴を見られたら大変だ。どう説明しても、昴だと信じてはもらえないだろう。
「ここに ひそんで いゆの。そのうち、おかあたまが かえってくゆの。」
胡蝶蘭はプリ様達の前世の話を知っている。きっと、信じてくれるだろう。
「えええ〜ん。プリ様ぁぁぁ。」
昴は、その豊満な胸を、プリ様のお身体に押し付けながら泣き始めたが、ふと、ある事に気が付いた。
「あれぇ? プリ様ぁ。お着替え、一人でしてませんでした?」
プリ様痛恨のミス。昴が恐慌状態に陥っていたので、自分でお着替えをしてしまったのである。
「いいい、いつの間に?」
「れ、れんしゅうは してたの……。」
「どうして? どうして、そんな事。プリ様は何時から、そんな悪い子になったんですか?」
「だ、だから、おちつくの、すばゆ。こどもは せいちょう すゆの。できゆ ように なゆものなの。おきがえが。」
プ、プリ様ぁ。と、昴は顔をクシャクシャにした。
「えええ〜ん。プリ様のお世話が出来ないなら、昴は、もう、用無しですぅ。これからは、ただのエッチな魔族として、生きて行くしかないんですぅぅぅ。」
「だ、だいじょぶなの。ぷりは、まだまだ、おせわして もらう つもりなの。すばゆが いないと だめなの。」
そのお言葉に、しゃがみ込んでプリ様にしがみ付いていた昴は、上目遣いで見詰めて来た。
「本当ですか?」
「ほんとう なの。おしめ かえて もらうの。おばあちゃんに なったら。」
そんなに長くお世話出来るんだ。
昴は感激の涙を流し、プリ様にヒシと抱き付いた。それから、頬擦りをして、愛撫を繰り返し……。錯乱していても、やっている事は変わりなかった。
だが、いつものプリ様ラッシュをしているうちに、昴は感付いた。普段、無関心を装っているプリ様のお口が、微妙に緩んでいるのに。
「あれあれぇ? もしかして、プリ様。昴のお胸が気持ち良いんじゃないですか?」
「そ、そんな こと ないの。」
「嘘嘘。ほーら、プリ様の大好きな大きいお胸ですよ〜。」
昴は、腿を伸ばして身体を上にずらし、プリ様のお顔を胸の中に埋めた。プリ様は、真っ赤になりながらも、桃源郷に居る様な、至福の表情を浮かべた。
「やっぱり、気持ち良いんですね。」
「うご うごご。」
お顔が胸の谷間に挟まっているので、上手く言い返せないプリ様。
「もお、オッパイが大好きなんて。プリ様ったら、まだまだ、赤ちゃんなんだから。」
「うご うごごー。」
なんだかんだで、二人がじゃれ合っていると、珍しく早く帰宅した胡蝶蘭が、二人の部屋(プリ様と昴の愛の巣)のドアを開けた。
そこに胡蝶蘭が見たもの。それは、魔族に捕まって、胸の谷間で顔を圧迫され、窒息させられそうになっている、我が娘だった。
「プ、プリちゃんを離しなさい! 魔族。」
エロイーズは、特に角や牙があるわけでもなく、絶世の美女で奇跡のプロポーションという以外は、外見上、別段人間と違いはない。
違いを強いて言うなら、人間より力が弱く、運動神経が皆無だと言えるが、それは見た目では分からない。
それでも、魔族と見抜くあたり、さすがに胡蝶蘭は一騎当千の強者だ。彼女は、素早くスカートを翻し、太腿に付けているホルダーから、ナイフを取り出した。
「ままま、待って下さい。奥様ぁ。殺さないで。」
慌てふためく魔族を見て『あれ? この子、何処かで見た覚えがあるわ。』と、胡蝶蘭は思っていた。
「やめて くだちゃい、おかあたま。これは すばゆ なんでちゅ!」
そして、プリ様が前に出て、両手を広げて庇うのを見て、思い出した。
『そうだ。リリスちゃんが撮ってくれた、銀座線の事件の時映っていた、昴ちゃんの姿だ。』
それにしても……。
映像で見るのとは違う生々しさだ。ほとんど裸の昴(=エロイーズ)の姿は、女体の美を極め尽くした美しさだけに、眺めていると、同じ女性でもおかしな気分になって来るのだ。
こんな姿で、うろつき廻っていたなんて……。
「昴ちゃんって……。前世は痴女だったのね……。」
ポロリと漏らしてしまった胡蝶蘭の言葉に、悲嘆の涙に暮れる昴であった。
前回、構想が……、とか偉そうに言っておきながら、見切り発車をしてしまいました。
途中で息切れして、更新期間が空くかもしれません。
と、予防線を張っておきます。




