六連星二十六の秘密能力「天羽々矢」!
フルを追って屋敷内に突入したリリスは、軽い違和感を感じていた。
「あの子、確かに『雛菊様』って、言っていた……。」
七大天使ならば「オク様」と言うのではないだろうか?
そんな事を考えているうちに、廊下の先に扉の開いている部屋を見付けた。
屋敷内は、雛菊が逝去して以来、誰も使っていない筈なのに、廊下にも塵一つ無く、電気も当たり前に通っていて、灯が点けられていた。
部屋の中に入ると、思ったより奥行きのある部屋だった。四方の壁どころか、部屋中に本棚が何本も置いてある。どうやら、書庫らしい。
当代一とまで言われた能力者、雛菊の集めた書籍だ。恐らく、魔法や呪術についての、厳選された専門書ばかりなのであろう。
リリスは、好奇心を抑えきれず、近くの本棚に並べてある書籍を、何冊か適当に抜いてみた。
「光極天家の料理……? ロソンソ馬の飼育……? え?」
「うっふふふ。」
あまりに場違いな、料理の本や、聞いたこともない馬の飼育方法が書かれた本に、リリスが呆気に取られていると、書棚の奥から、悪戯っぽく笑う声がした。
「あなたの さがしているのは これでしょう?」
「フル!」
フルは右手に鍵付きの立派なノートを持っていた。
「ひなぎくさまの ひみつの にっき。」
攻撃を仕掛けようとしたリリスは、考え直して、フルと向き合った。
「どうしたの? わたしと おはなし したいの?」
私はどっちでも良いのよ。
と、言いながら、フルはリリスに近付いた。
「貴女、オクが雛菊だって知っているの?」
「さまを つけなさい、こむすめ。おまえごときが よびすてに できる おかた ではないのよ。」
そう言った後、大きな溜息を一つ吐いた。
「まったく なげかわしいわ。ちかごろ、みんな、ひなぎくさまの おそろしさを わすれたみたいね……。」
「答えなさい。貴女は何者なの?」
リリスが手に入れた、失踪した五人の幼女の写真には、確かに一人アルビノの子が居た。眼は紫から赤に変わっているが、多分、その子に違いない。
しかし、御三家などとは何の関係もない一般人の子供だった筈だ。
「生まれ変わり……?」
「ばか いわないで。そんなに つごうよく うまれかわれるはず ないでしょ。」
フルの赤い眼がリリスを見詰めた。
「わたしは『つくよみ』よ。ひなぎくさまの いちばんの ちゅうしんだったの。」
月読! あの雛菊を恋い慕うあまり、亡くなってしまったという女か。
「おまえが ひなぎくさまの こいびと……、なぐさみものに ふさわしいか みきわめて あげるわ。」
何故、言い直す。というか、どっちも御免だわ。
雛菊一派の中で、自分がそういう存在だというコンセンサスが出来上がっている事実に、リリスは怒りと屈辱を覚えて、身体を震わせた。
「さて、おはなしあいを つづける? それとも これを うばってみる?」
フルは日記帳を、リリスの目の前で、ヒラヒラとはためかせた。
戦闘開始の合図であった。
「埋まったまま、出てこないわね……。」
玄関先に陣取っているケルベロスは、最初のグラビティブレットを喰らってから、用心して、全身を現そうとはしなかった。
「しかし、鋼鉄で出来たロボットの腕を潰す、グラビティブレットを受けても死なないとは……。タフな奴だ。」
和臣の呟きに、プリ様は手を振った。
「てかげんしたの。ろぼっとの ときが じゅうのちから なの。さっきのは、いち くらいの ちからなの。」
「何でだ?!」
プリ様の言葉に、和臣と紅葉が同時に突っ込んだ。
「だって、いぬさん かわいそう だったの。」
「どうせ倒すんだから同じだろ。」
手厳しい和臣の突っ込みに、半泣きになるプリ様。
「ええーん。すばゆ〜、かずおみが どなゆのぉ。」
泣きながら昴に駆け寄った。
「おお、よしよし。プリ様は悪くありませんよ。」
昴はそう言って、またプリ様を甘やかしまくった。
「こら〜、お兄ちゃん。プリちゃんを泣かすな。」
「俺が悪いのかよ。」
渚ちゃんの抗議に、噛み付く和臣。
「わかったの。ぷりが せきにん とゆの。」
男前の台詞を吐いたプリ様は、再び最前線に駆け出して行った。
「ぐらびてぃぶれっと! ばきゅーん! ばきゅーん! ばきゅーん!」
三連射。
だが、ケルベロスは、今度は頭まで地面に埋まって、その攻撃をやり過ごした。
外れたグラビティブレットは、玄関に直撃するかと思われたが、手前で見えない壁に当たり、やがて消えてしまった。
「なんか……、結界張られてない?」
紅葉の一言に、プリ様と和臣はピンと来た。
リリスは屋敷の中に誘い込まれたのだ。
「やばいの。りりすが りょうじょく されちゃうの。」
「くそ。プリ、リリスを助けに行け。此処は俺と紅葉に任せろ。」
和臣の言葉に、紅葉は首を振った。
「何でだよ?」
「私もプリと行く。」
もしかしたら、リリスの淫らな様子が見られるかもしれない。上手くいけば自分も参加出来るかも……。
紅葉はリリスに対して、強い仲間意識は持っていても、特に恋愛感情などはない。
しかし、綺麗な女の子の身体自体は大好きなので、あわよくば、リリスとエッチな事が出来るのであれば、それはそれで問題無い。むしろ、ドンと来いだ。
そう思うと、どんな死地にでも、飛び込まずにはいられない紅葉なのであった。
……。正真正銘の変態である。
「ああ、もう。じゃあ、お前ら二人で行け。ケルベロスなんざ、俺一人で充分だ。」
和臣が叫んだのを合図に、二人は玄関に突進したが、それを阻む様に、再度ケルベロスが頭を出した。
「みょぉぉゆにぃぃぃゆぅぅぅ。」
プリ様がミョルニルを呼ぶと、家の居間に居た筈のニール君はミョルニルとなって、その掌中に収まった。
これは、瞬間移動などではなく、神器という物は、元々、遍く世界全てに遍在し、所有者が必要とする場所、時間に、その存在が収斂される物なのだ。
プリ様はパーフェクトモードとなって宙に浮かんだ。その時、プリ様の肩で休んでいたピッケちゃんが、空気を読んで翼を出し、紅葉の背中に貼り付いた。
ピッケちゃんの力を借りた紅葉は、スカイ紅葉となって、浮かび上がった。
「アシナ! 魔法の杖だ。」
和臣の左手のアシナブレスレットが、眩い光を放って、変化した。
「炎の戒め!」
杖の先端から炎が細長く噴き出され、紐状にケルベロスの首に巻き付いた。
「きゃあああ。凄い。お兄ちゃん、それ、どうやっているの? ねえ。お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
ああ、うるせえ。気が抜ける。
抗うケルベロスの怪力と、魔法力で綱引きをしている和臣は、騒ぐ渚ちゃんを睨むしか出来なかった。
「な、渚さん、あれはですね……。」
忙しい和臣に代わって、昴が渚ちゃんの相手をした。
「あれ何? 何? 何? 昴ちゃん、昴ちゃん、昴ちゃん!」
興奮すると連呼するのが、渚ちゃんの癖なのだ。その迫力に圧倒されつつも、昴は、はっきりと答えた。
「イリュージョンです。これは、ケルベロスを倒すアトラクションなのです。」
言いながら、さすがに苦しいと思ったが、馬鹿なのか、素直なのか、渚ちゃんは「ふーん、凄いんだねぇ。」と感心していた。
一方、プリ様達は玄関先まで辿り着いたが、結界に阻まれて、中に入れないでいた。
「和臣、少しの間、ケルベロスを引きつけておいてちょうだい。」
六連星に言われて『なんで、こいつ、呼び捨てなんだよ。』と思ったが、事態が事態なので了解した。
「ガキ! 紅葉! 今、結界を破ってやるわ。」
六連星の言葉に、二人は思いっ切り微妙な顔をした。
「むつらぼし、だいじょぶ?」
「そうよ。あんた、花火大会の時、客船の結界破れなかったでしょ?」
「あんな結界装置まで使った強力なのは無理よ。でも、その玄関に張られているヤツくらいだったら……。」
プリ様と紅葉に言い返しながら、六連星は集中した。
「お嬢、使うのか? 『天羽々矢』を……。」
乱橋の問いに、六連星は頷いた。
説明しよう。六連星二十六の秘密能力の一つ、天羽々矢。
意識を集中し、力を矢の様に射る事によって、結界に穴を穿つ技なのである。
六連星は、静かに、和弓の射の所作をした。
「いきなさい、二人とも。アマリちゃんを助けて上げて!」
天羽々矢は見事に結界を崩し、プリ様達は館の中に突入して行った。
「私は貴方の脳内の声デス。」
お友達のアイちゃん(仮名:生物学上の分類は一応女性?)が、座っている私の後ろから、脳天に顎を置いて何か喋っているのです。
「アイちゃん、どうしたの?」
「私は脳内のお友達デス。私の声は、貴方の心の声デス。」
そういえば、前に後書きで、その様な事を書きました。どうも、それを根に持っているみたいです。
「心の声が貴方に告げマス。次回からリリスは裸族デス。ずっーと、裸デス。」
「学校に行く時も?」
「勿論デス。」
「戦う時も?」
「勿論デス。」
「…………。」
どうして、こいつはリリスを裸に剥きたがるのだろう。
ハッ、もしかして、本当に私の心の声なのか?
私の心の奥にある願望が、アイちゃんという形をとって顕現しているのでは?
「心の声様。欲望の赴くままに、リリスにエッチな描写をしても良いのですか?」
「そうデス。信じる者は、救われるのデス。」
「あとは、あとは、どんな事を書けば……。」
「まず題名を変えナサイ。『リリスの乳首、ピンク色』にしナサイ。」
「…………。」
誰も読んでくれなくなるわ。っていうか、どんな小説だ、それは。
やっぱり、こいつは心の声なんかじゃない。私は、これほど、下品ではないです。
危うく騙されそうになった、ある日の昼下がりなのでした。