身体の上を暴虐の嵐が通り過ぎて行くのを耐える渚ちゃん
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
出掛ける支度をしていたら、渚ちゃんが、いつもの「お兄ちゃん」連呼をしながら近付いて来た。今日は袖にフリルのついたプルオーバーにリボンスカートという、可愛らしい服装だ。
その姿を見た和臣は、フゥッと溜息を吐くと、一瞬、妹をお姫様抱っこをしてから、フワリと床に寝せた。これは、乱暴に倒して頭を打ったりしてはいけない、という兄としての心遣いであった。
その優しさを感じ取った渚ちゃんも「お兄ちゃん……。」と、感動して呟いた。
和臣も、ニッコリ優しく微笑んでから、流れるような動作で、腕ひしぎ十字固めを掛けた。
「いだいぃぃぃ。痛いよぉ、お兄ちゃん!」
「うるせえ。お兄ちゃん、お兄ちゃん、連呼しやがって。お兄ちゃんは一回までという事を、この腕の痛みで刻み付けろ。」
渚ちゃんは、残った右手で盛んに床を叩いて、ギブアップの意思を伝えているが、和臣は解こうとはしなかった。
「大体、夏休み中スカート禁止と言ったのに、なんで着ているんだ?」
夏休みスカート禁止令。これは、四の字固め等の足技を掛けた時、下着が見えては可哀想だという理由で発せられた、兄としての和臣の思い遣りであった。
どうしてプロレス技を掛けるのが前提になっているかというと、花火大会の時、宮路さんとの仲を邪魔したり、周りを味方に付けて、和臣を糾弾したりした、意趣返しをされているのだ。
「だって、そんなにパンツとか持ってないんだもん。着回しが行き詰まったんだもん。」
「だもん、だもん、と。だもんで済めば、警察はいらんわ。」
和臣は腕を解放すると、素早く、今度は足を持って監獄固めを決めた。
「お兄ちゃん、死ぬ。足が折れるぅぅぅ。」
「お前、スカート履いていれば、俺が監獄固めをしないと思っていただろ? それが甘い。」
監獄固めは、渚ちゃんの一番苦手な技だ。
「離せぇ、バカ。クソ兄貴。」
「ほらほら、暴れると下着が見えるぞ。」
「見せてやる。ほうら、赤面しろ。」
「バーカ。妹なんかの下着に赤面するかよ。」
女としての武器が通用しない?
兄というものは、妹に対しての絶対者であり、全ての抵抗は水泡に帰するのみなのだ。
抗う意志を挫かれた渚ちゃんは、グッタリと観念し、自分の身体の上を暴虐の嵐が通り過ぎて行くのを耐えた。
「こ、ここまで、遊んで上げたんだから、今日は私も連れて行ってよ。」
「誰がお前に遊んで貰っているんだ?」
技を解いて、出掛けようとする和臣の手に、渚ちゃんはしがみ付いた。和臣は残った方の手で、渚ちゃんの片頬を引っ張った。
「第一、それが人に物を頼む態度なのか?」
「ご、ごめんなふぁい、お兄はまぁ。ふぁたしも連れて行って下ふぁーい。」
「ほう……。素直だな。」
「はひぃ。尊敬してまふぅ。お兄はまぁ。」
「だが、断る。」
ポンと渚ちゃんを突き離して、和臣は玄関に向かった。
「待ってよぉぉぉ。私もリリスに会いたいぃぃぃ。連れて行ってくれなきゃ嫌だぁぁぁ。」
妹が持つ唯一の槍、泣き落としが炸裂した。どんなに鉄面皮の兄でも、顔をくしゃくしゃにして泣かれると、弱いものなのである。どうしても、生まれたてで可愛かった、赤ちゃんの頃を想起してしまうのだ。
和臣は仕方なく「リリスに会ったら帰れよ。」と妥協した。渚ちゃんは目を輝かし「お兄ちゃん、大好き。」と言いながら、心の中で「チョロいもんだわ。」と、舌をペロリと出していた。
紅葉が待ち合わせ場所の芝公園に行くと、ベンチに座った昴が、プリ様を膝の上に乗っけているのを見付けた。
昴は例によって、いつものメイド服だ。しかし、首筋には、渚ちゃんから貰ったゴスロリ服に付属の、首輪型のチョーカーをしていた。
驚かせてやろうと、後ろから、ソッと二人に近付くと、昴が何事かを、プリ様に囁いているのが聞こえた。
「プリ様ぁ。実は、この首輪に『所有者プリ様』っていうネームプレートを付けちゃいました。」
「や、やめゆの。」
「もう、付けちゃいましたもん。それで……、プリ様にお願いがあって……。」
昴はモジモジと身体を揺すった。
「あの……ですね。リードを付けて、お散歩の時はプリ様に引っ張って貰いたいんですぅ。」
「ぜ、ぜったいに だめなの。」
「昴がプリ様の所有物で奴隷だって、満天下に見せ付けて上げたいんですよ。」
「み、みせつけなくて いいの。おちつくの、すばゆ。」
「もう、プリ様ぁ。良いじゃないですか。プリ様、プリ様ぁ。」
「あ、あまえても だめなの。」
と、倒錯している。その倒錯趣味を幼女に押し付けようとしている……。
紅葉は思わず昴の後頭部を引っ叩いていた。
「い、痛い。何なんですか? 紅葉さん。」
昴は振り返り、抗議した。
「あんたね、そんな倒錯趣味は、自室の鏡の前で、一人でやりなさい。」
「だあって、私はプリ様の所有物なんですもん。所有物には名前を書く。これは世界の常識ですぅ。」
昴は、プリ様の所有物化&幼稚園に持って行く持ち物化計画を、着々と進めていたのだ。
危うし、プリ様!
その時、公園に和臣兄妹がやって来た。渚ちゃんの顔を見ると、プリ様と紅葉の表情は喜色に満たされた。
「なぎさしゃん!」
プリ様はトテトテと駆け寄った。二人はヒシと抱き合った。
「あら、渚も居るの?」
今度は、道路に停まったストレッチリムジンから、リリスが降りて来た。
「リ、リリス……。」
感無量の渚ちゃんであった。花火大会から一週間以上も、リリスと会ってないのだ。
ヨロヨロと近寄り、ギュッと抱き締めた。
「あらあら、熱烈歓迎ね。」
「お前、リリスに会えたんだから、もう帰れよ。」
和臣に無情に告げられても、渚ちゃんはリリスに抱き付いたままだった。
「お〜ま〜え〜。」
「嫌だ。せっかく会えたのに。私もついて行く。ねえ、良いでしょ、リリス。」
「あらあら、我儘さんね。」
今日は全員で、光極天家に向かうのだ。
光極天が今一信用出来ないリリスは、雛菊の事を調べに行くに当たって、皆に護衛を頼んだのである。
「良いわよ、和臣ちゃん。連れて行って上げましょう。」
「えっ……。」
大丈夫なのか? と小声で和臣は尋ねた。すると、リリスはニヤリと笑った。
「六連星の相手をして貰いましょう。人懐っこい渚なら、彼女の懐にも、スルリと入れるでしょ?」
六連星も所詮は光極天の人間である。彼女の目を盗んで何かする時、渚ちゃんが相手をしてくれていればちょうど良い。
と、リリスは判断したのだ。
「渚、ちょっとお願いがあるのだけど……。」
「何々? 何でも言って。」
「実は今日は、友達の居ない六連星の為に、皆んなでお家に遊びに行って上げるの。だから、渚も、なるべく六連星を構って上げて……。」
リリスからの頼みに、渚ちゃんは俄然張り切った。
任せてよ。と、鼻息も荒く、腕を捲る渚ちゃん。
軽く手玉に取られている妹が不憫で、和臣はソッと目頭を抑えた。
皆を乗せた光極天家のストレッチリムジンが走り出した。
渚ちゃんは、アッという間に、六連星に取り入り、彼女の着ている服のデザインの話なんかをしていた。
その隙に、プリ様パーティは、今日の打ち合わせをした。
「要するに、未だに光極天内部に雛菊のシンパが居るのよ。」
リリスは、オババ様との会話を思い出しながら、言った。
「なるほどな……。コチョちゃん達も、嫌っているというより、恐れている感じだったし……。」
和臣の言葉にリリスも頷いた。
「恐ろしくカリスマ性のある人物みたいなのよ。」
オクと話している時の、あの瞳の中に吸い込まれるみたいな感覚を、リリスは忘れてはいなかった。その上で、人の心の弱い部分を巧みに突いてくるのだ。
雲隠島では、危うく自分も奴隷の契約を結んでしまうところだった。
「雛菊さんか……。」
昴がポツンと呟いた。
「どうしてかな……。その人の名前を聞くと、胸が熱くなる気がするんです。」
心の何処かで、母親を覚えているのか……。
プリ様は、我知らず、昴の頭を撫でて上げていた。
頭が痛くて食欲がないです。
完全に体調を崩してしまいました。
今回の文章、何度か読み返しはしましたが、おかしな日本語になっていたら、ごめんなさい。
……。こう、考えたらどうでしょう。
私は実はオジさんではなく、サナトリウムで療養中の美少女なのです。
いつも仕事が忙しいとか言っているのも、手術や検査の事なのです。
お友達のアイちゃん(仮名)というのも、本当は脳内のお友達。
そんな儚げな少女が、何とか世の中と繋がりを持とうと、一生懸命拙い小説を書いているのです。
ほら、何となく、熱に浮かされたグダグダの文章が、そこはかとなく愛しく感じられはしませんか?
感じられませんか。そうですか。まあ、どんなに足掻いても、私はオジさんですしね……。




