という事は、ピッケちゃんの弱点は、翼の付け根の辺りなのか……?
屋敷に入ったリリスは、沐浴をし、服を着替えるよう指示された。
六連星は、八畳ほどの畳の間に通され、座卓の前に座り、出されたお茶を啜っていた。座卓以外は何も無い部屋であった。
「何なの? この着替えは……。」
暫くして、リリスが憤懣遣る方無いといった様子で、部屋に入って来た。
「乱橋さんが車内待機で良かったわ。」
「ア、アマリちゃん……。」
エッチな格好ね。と言い掛けて、六連星は口を噤んだ。
「よ〜く、お似合いじゃ〜わい。」
次の間から、小柄な老婆が入って来た。
「お似合いも何もないわ。これ、肌襦袢じゃない。」
生地が薄くて、若干、肌が透けて見えていた。
「あら? オババ様って、雲隠島に居なかったかしら?」
老婆に目を留めたリリスが尋ねた。
「ありゃ〜、妹じゃ〜。」
あらあら、クローンかと思ったわ。
リリスは心の中で呟いた。
「次はの、こぉぉ、三つ指をついての。」
意味が分からないながらも、リリスはオババ様の言葉に従った。
「『不束者ですが、夜伽の相手をさせて頂きます。』と、御挨拶するんじゃ〜わい。」
「不束者ですが、夜伽の……。って、何で、私が夜伽の相手をしなければならないの。」
「おんやぁぁ? 新しく雛菊様の閨に入る娘じゃないのけぇぇ?」
リリスは食い付かんばかりの形相で、六連星を睨んだ。光極天家からの紹介で、この屋敷に来たからだ。
「貴方達。私を生贄として、オクに差し出すつもりじゃないでしょうね?」
「い、いや、違う……。少し呆けているのよ、このお婆さん。雛菊叔母様が亡くなった事も、忘れているみたい……。」
責任を感じた六連星は、必死でオババ様に説明をした。
「初夜の作法じゃあ、ねえのかい?」
「違うの。雛菊叔母様に対抗する手段が知りたいのよ。」
オババ様は、リリスの顔を眺めていたが、暫くして口を開いた。
「そんなもの、にゃあ〜わい。」
「……。対抗手段はないと……。」
「おおよ。全くにゃあ〜わい。」
リリスは頭を抱えた。
「嬢ちゃっ、心配せんでも、ええ。手篭めにされた娘でも、最後には、雛菊様にぞっこんになっちょった。」
手篭めにされて堪るか。
思わず握り締めた拳を、プルプルと震わせるリリス。
しかし、その言を信じるのなら、雛菊という人物は、かなりカリスマ性を持った人間だったみたいだ。
「うちの親戚の娘もよぉ、雛菊様を恋い慕うあまり、三年前にポックリ逝っちまった〜よ。」
そんなに?
リリスは、本当にほんの少しだけ、オクを見直した。
「何ちゅ〜とったかの? あの娘は……。」
オババ様は頭を捻った。
「おお、そうじゃ。月読じゃ。不憫な事じゃったの……。」
オクと月か……。
不思議な符合ね、とリリスの胸の中に、その話が落ち込んで行った。
テレビ放送を見た後は、録っておいたディスクを見直し、日曜日は魔女っ子デーになるのが、プリ様の習慣だった。
今、一番お気に入りの玩具、ミラリンミラミラステッキを、プリ様は構えた。これから、昴を相手に、リビングは戦場と化すのだ。
「みらりんみらみらすてっき なのー。え〜い、すばゆ〜、まいったか なの。」
「うわー。やられましたぁ。」
脳内がすっかりプリプリミラリンになったプリ様は、仮想敵昴に向かって、ミラリンカーネーションを放った。まあ、玩具のボタンを押して、ピコピコ音を鳴らすだけだが……。
昴もノリ良く、アニメの敵の真似をした。その降参した昴を見て、満足気にステッキを下ろすプリ様。だが、それは、昴の罠だった。
「と、見せ掛けて。え〜い。」
隙を突いて、プリ様に抱き付く昴。頬擦りをしたり、顔中にキスをしたり、やりたい放題だ。
「やめゆの、すばゆ〜。もう、やっつけたの。」
「そうです。昴はやられました。プリ様にハートを射抜かれたのです。」
「それなら はやく じょうか すゆの。」
そう言われた昴は、渋々プリ様から離れると「浄化なり〜。」と言って、倒れた。プリ様の完全勝利であった。
「ぴっけちゃん。ぷり かったの。」
プリ様は、自分の肩にしがみ付いているピッケちゃんに、戦勝報告をした。
『そういえば、あの猫は何なのかしら?』
プリ様と昴が遊んでいるのを眺めていた胡蝶蘭は思った。
「ぴっけちゃんにも おやつを あげゆの。」
プリ様が無造作に昴お手製クッキーを食べさせたのを見て、胡蝶蘭は慌てた。
「ダメよ、プリちゃん。猫さんに人間の食べ物を与えちゃダメ。」
「おかあたま。だいじょぶなの。ぴっけちゃんは まかいのらねこ なの。」
魔界野良猫?
胡蝶蘭の頭に警告音が鳴り響いた。
「プリちゃん。その猫さん、ちょーと、お母様に抱かせてくれないかしら?」
「……。だ、だめなの。おかあたま、おかおが こわいの。」
しまった。魔界と聞いて、少し顔が引きつっていた。
胡蝶蘭は無理に口角を上げたが、それは、益々、プリ様に警戒心を抱かせるだけだった。
「良いから……。ねっ、プリちゃん。ちょっとだけ……。」
近付く胡蝶蘭、後ずさるプリ様。不穏な空気を感じて、ピッケちゃんも「フッー。」と唸った。
正攻法ではダメだ。
そう思った胡蝶蘭は、一旦退き、戸棚からキャビアの缶詰を取り出した。普通に戸棚にキャビアの缶詰があるあたり、セレブな家は侮れないのである。
「ピッケちゃん、これを上げよう。」
見せ付ける様に、胡蝶蘭が缶詰の蓋をパカっと開けると、目を輝かせたピッケちゃんが「うにゃあああ。」と雄叫びを上げ、身体を反らした。その瞬間、ピッケちゃんの背中に、黒い翼が生えた。
ピッケちゃんは、プリ様の肩からフワリと飛び上がり、キャビアに向かって、パタパタと飛んで行った。
「すごい! ぴっけちゃん、つばさが しゅうのうしき なの!」
あまりの格好良いギミックに、プリ様も瞳を輝かせた。
「うにゃうにゃうーにゃ。ふにゃ、ふにゃにゃ。」
胡蝶蘭の腕に降り立ったピッケちゃんは、ご機嫌な鳴き声を出しながら、キャビアをピチャピチャと舌で掬い取っている。
胡蝶蘭は背中を撫でて上げながら、そっ〜と、掌から、外道照明神霊波紋を流した。
説明しよう。外道照明神霊波紋とは、清く正しい霊力を波紋として対象に流し込む事によって、それが、どれだけ邪悪な存在なのかを調べる能力である。
対象が邪悪であればある程、反応は激しく、悶え苦しむのだ。
だが、ピッケちゃんはピクリともせず、無心にキャビアを食べ続けていた。
『……? おかしいわ。仔猫とはいえ、魔界の生き物なら、少しは外道照明神霊波紋に反応する筈なのに……。』
例えば、人間でも、あまりに邪悪な心を持っていれば、ピリッと電気が流れるくらいの痛みは感じるのだ。
このピッケちゃんの反応だと、魔物というより、むしろ聖獣に近い……。
「うにゃああ。」
食べ終えて満足したピッケちゃんは、再びパタパタと翼をはためかせて、プリ様の肩に戻り、ウニャウニャと言いながら、お昼寝に入った。
「おかあたま。ぴっけちゃん、おいたげても いいでちょ?」
そう言われて、少し考えたが、邪悪さの欠片も感じられなかったので『大丈夫かな……?』と、胡蝶蘭は頷いた。
「ちゃんと、お世話するんですよ。」
「ありがとなの、おかあたま!」
プリ様は、眠るピッケちゃんを、目を細めて眺めていた。
一方、ここはAT THE BACK OF THE NORTH WIND。
ベッドで眠りこけるオフィエルの横で、椅子に座ったオクが途方に暮れていた。
花火大会から、此処に帰った後も、怒って自分を捜し回るオフィエルの後ろから、ソッ〜と近付いて、ケーリュケーオンで眠らせたのは良いのだが、この後の展開をどうしようかと考えていたのだ。
『やっぱり せいかくを かきかえる しか ないか……。』
自分にベッタリと甘えて来る、今迄の性格は気に入っていたのだが、その反面、此処まで嫉妬深いと、これからの活動に支障が生じる恐れがあった。
「なにせ、わたしには『だいさんじ りりすちゃん りょうじょくけいかく』という すうこうな もくひょうが あるのだもの。」
恥ずかしい計画を臆面も無く口にしていると、クスクスと笑いながら寝室に入って来る者がいた。
七大天使の一人、フルであった。
今回のサブタイトル、物凄く悩みました。
最初は「外道照明神霊波紋。あっ〜、バレたか〜。」にしようと思ったのですが、さすがに、オジさん以外わからないだろう。
いや、そのオジさんでも、ごく一部のマニアしかわからないだろう、と思い、止めました。
次は「ピッケちゃん、スクラン○ルダッシュ!」にしようかと思ったのですが、著作権に抵触するかもと思い、これも止めました。
で「という事は、ピッケちゃんの弱点は、翼の付け根の辺りなのか……?」になったのですが……。
これも、良く考えたら、一部のマニアのオジさんしかわかりませんね。
考え過ぎると、余計分からなくなるという、不思議なお話でした。
不思議なお話で済ます気か?
と言われると、何とも心苦しくはあるのですが……。