真夏の夜の変な夢
昴が目覚めた時、甲板上は困惑の坩堝と化していた。
「おおお、お父様。お姉様の母親が、あの幼女とはどういう事ですかあ? もしや、お父様、あの幼女と浮気を……。」
「ふふふ、ふざけた事を言うな。ああっ、雛菊が、雛菊が、甦っていたなんて……。」
と、尊治父娘が怒鳴り合っているかと思えば、
「ひいいいぃぃぃ。許して、許しとうせ、雛菊ぅ。仕方なかったんや。仕方なかったんや。」
と、清江は今までの高慢な仮面をかなぐり捨て、怪しげな関西弁でブツブツ呟いているし、
「おかあたま、ひなぎくって どんなひと でちゅか?」
「だ、だめよ、プリちゃん。その名を口にしてはダメ。『例のあの人』って言いなさい。」
かたや、プリ様母娘は英国魔法使いの人達みたいな会話をしていて、
「リリスゥ、オクと、どんなプレイをしたの? もう、オンナになっちゃった?」
「プレイじゃないし、オンナにもなってないわ。鎧を剥ぎ取られて、お菓子の砂糖が付いている様なベトベトの手で、身体を触りまくられていたのよ。」
「…………。」
その隣では、紅葉がリリスに、オクにされた陵辱の詳細を聞き出そうとしていて、それを聞いた和臣が鼻血を流している、という混乱ぶりだ。
「あのぅ……、皆さん……。」
昴は意を決して話し掛けたが、そんな、か細い声は、誰の耳にも届いてなかった。
仕方なく、プリ様の背後に回り「プリ様あああ。」と、思いっ切り抱き付いた。
何故、仕方なく、そんな事をするのかは、永遠の謎である。
「うわっ、びっくりしたの。すばゆ、おきて へいき?」
「もう、すっかり。これもプリ様の愛のお陰ですぅ。」
昴はプリ様に頬擦りをしながら答えた。
恐らく、多分、母親の愛情を注いだのであろうオクの厚意は、全く伝わってないな。と、リリス、紅葉、和臣は思った。
「大伯母様も御無事でしたか?」
昴が(プリ様に抱き付いたまま)ニコニコしながら話し掛けると、清江は「うひぃぃぃ!」と悲鳴を上げ、尻餅をついた。
今迄、人から「愛らしい。」とか「美しい。」とか「可愛過ぎて、いぢめたい。」などという感情しか受けた事のない昴には、この清江の反応は理解し難いものであった。
「恐れ。」という感情だ。
驚いた昴は、思わずプリ様から離れ、清江に近付いた。彼女は腰を抜かしたまま後退り、何とか昴から逃れようとしていた。
そんな様子を見兼ねて、尊治が声を上げた。
「六連星、伯母様を送ってやってくれ。私も今日は帰る。色々、疲れた。」
尊治は本当に憔悴しきった表情をしていた。昴はそんな彼を心配し「お父様……。」と、その袖を引いた。父は幼いままの娘の顔を見下ろし、堪らず、両の腕で搔き抱いた。
雛菊は自分を恨んでいる。当然だ。あの傲慢極まりない妹が、最後の最後に、自分の手をしっかと握り「昴をお願い……。」と、頼ったというのに、守ってやる事が出来なかったのだ。無能と謗られても、何も言えない。
「胡蝶蘭……。すまん、昴を頼む。」
彼はそれだけ言うと立ち去ろうとしたが、ふとリリスの姿が目に入って、硬直したみたいに立ち竦んだ。
「天莉凜翠、申し訳ない。お前も災難だ。雛菊に目を付けられるなんて……。」
あの光極天の皇帝が、目下である美柱庵の小娘の私に謝る?
リリスは事の重大さに戦慄し、思わず胡蝶蘭の方を見た。
「聞いた覚えがあるわ。雛菊叔母様は無類の女好きで、御三家中から美少女を集めて、ハーレムを作っていたって……。」
どんな変態なの。
胡蝶蘭の言葉に心中で突っ込みを入れるリリス。
「彼奴の許容範囲は三歳から十七歳までだ。出来れば五年間、アマゾンの奥地にでも隠れて過ごすのを勧める。」
変態だ。まごうかたなき変態だ。
「尊治様。お言葉は有難いのですが、私には幼女神聖同盟の侵略を阻止する使命がありますので……。」
「そうか。」と、尊治は残念そうに言い「天莉凜翠の事も頼む。」と、胡蝶蘭に言い残して、去って行った。
昴は名残り惜しそうに父の姿を見送っていたが、自分の手をキュッと握る、小さなお手手に気が付いた。
「プリ様ぁ。昴を慰めてくれるんですか?」
「うん。ぷりの むねで おなき。すばゆ。」
「プ、プリ様ぁぁぁ。」
男前のプリ様の台詞に、瞳を潤ませる昴。
「やっぱり、大好き〜。好き好き、プリ様〜。」
抱き付き、頬擦りをし、愛撫を繰り返し、プリ様のお鼻の頭を舐める昴。
始まってしまったプリ様ラッシュに、やれやれと、身を任せるプリ様であった。
やっとの思いで船を降りると、招待客達は居なくなっていたが、大桟橋には、笠間親子、宮路さん、舞姫と操が待っていた。
事態収拾の報告の為に都内に戻るという、胡蝶蘭のストレッチリムジンに彼等は便乗した。
「叔母様、報告なら私もご一緒します。」
リリスも乗ろうとしたが、胡蝶蘭にやんわりと押し戻された。
「冒険者のパーティって、戦いが終わったら、仲間と宴会なんじゃないの?」
微笑む胡蝶蘭。今日一日、大変だったリリスに対する、彼女なりの労いだった。
「お腹減ったあ。なんか食べに行こうよ、皆んな。」
ストレッチリムジンを見送った後、紅葉が言った。渚ちゃんが居るので、若干猫を被り気味だ。
その言葉に、渚ちゃんは目を輝かせた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
「あー、うるせえ。お兄ちゃんは一回だと言っているだろ。」
「プリちゃんパーティの宴会なんでしょ? 私も一緒で良いの?」
「良いのよ。渚には世話になったものね。」
和臣への質問に、リリスが答えた。
「そ、そうだよね。一緒に戦ったもんね、リリス。」
「あらあら、戦うなんて……。『ガス爆発』くらいで大袈裟な……。」
えっ? と渚ちゃんの頭に疑問符が浮かんだ。
「ついてないわよね。折角の花火大会で『事故』に巻き込まれるなんて……。」
「まあ、良いじゃないか。『避難している間』カラオケ大会も出来たし。」
あれ? お兄ちゃんと紅葉ちゃんは避難してないよね?
二人の会話に、益々、渚ちゃんは混乱した。
「ええっと、リリス? あのスライムみたいなオバケは……。」
「スライム? オバケ? 水漏れの事かしら? 怖かったわね。船が沈むかと思ったわ。」
あれ? あれ? あれ? 何だか、私の記憶と違う。でも、そうだ。プリちゃんが空を飛んでた。
渚ちゃんは、和臣に負ぶわれている、プリ様の方に向き直った。
「プリちゃん、空飛んで、ロボットと戦っていたよね。」
「ウニャウニャウニャ。ウニャニャーン。」
プリ様の肩にしがみ付いている、ピッケちゃんが代わりに答えた。プリ様はおネムだった。
「ゆ、夢を見たんですよ。渚さん、途中で気を失っていたから……。」
「あらあら、渚ったら寝ぼけちゃって。」
「うふふ。でも、そんなところも可愛いわ、渚ちゃん。」
「お前、あんまり変な事言うな。俺まで恥ずかしいだろ。」
「ウニャーン。」
プリ様以外の四人+ピッケちゃんにダメ出しされて「あれ、夢だったのか?」と、渚ちゃんはグラついた。
その時、道路で待っていた彼等の元へ、神王院家の白いストレッチリムジンが到着した。皆は「渚ちゃんの夢の話はこれで終わり。」とばかりに、一斉に車に乗り込んだ。
そして、車が走り出しても首を捻っている渚ちゃんに、隣に座っていたリリスが耳打ちした。
「動けなくなって、水没しそうになってた時、渚が来てくれて助かったわ。ありがとう。」
そう言って、彼女の頰にキスをした。
「リ、リリス! 私達、もう恋人同士ね?」
「いや、親友でしょ?」
恋愛関係は、さり気無く否定されていた。
不憫な奴、と和臣は憐れみ、紅葉は嫉妬の炎を、リリスに対して燃やしていた。
「ニュースやってますよ。」
運転手のカルメンさんが、車載テレビのスイッチをいれてくれた。
そこでは、首相さんがインタビューに答えていて、やっぱり事故だと話していた。これで、渚ちゃんは完全に信じた。
「あれぇ。しゅしょうさん、なんだか かみがたが へんなの。」
車の揺れで、目を覚ましたプリ様が、寝惚け眼で口にした。鬘がズレているのだ。
オク由来のIPS細胞を、根こそぎ根絶させられてしまった阿倍野伸次郎さんこそ、この事件の最大の被害者であった。
来週は多忙で、また更新期間が空いてしまいそうです。
ごめんなさい。
今回でサマーバケーションの章は終わりです。
その後、少し幕間の様な短編を挟んで、次の章に向かう予定です。
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