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愛憎の銀座駅

 銀座駅の灯りが見えた時、プリ様、和臣、紅葉の頭の中は、当然駅に居るであろう魔族をどうやってスルーするかでいっぱいだった。


 列車内では、ゴブリン達は一つの車両内から別の車両に移ったりはしていなかった。どうやら、自分達のテリトリーの外には行かない(行けない?)らしい。だとすると、ホーム内に居る魔族はそこから動けない筈だ。


 洞窟内は地下鉄の名残りが残っていて、上下線の区切りの柱が大きな石柱になっている。銀座駅はその石柱の並びの先、洞窟の真ん中に島としてあった。


 隠れる所はいくつもあったし、見た感じ線路だった領域には誰も立ち入っていない。規則を守る日本人の真面目さは魔族になっても健在みたいだ。その線路内を隠れて進み、万が一見付かっても全速力で駆け抜ければ、銀座駅を越えて追って来る者はいないだろう。


 つまり、交戦は充分避けられたのだ。むしろ、戦う気満々でホームの中に斬り込んで行かなければ、戦闘状態になどなりようがなかったし、三人の中では、戦力をなるべく温存しつつ新橋へ向かうというのは、常識以前の当たり前だった。なので、事前の申し合わせなどしないし、駅に近付くと、鵜の目鷹の目で安全なルートを探し、アイコンタクトで確認し、侵入しようとした。


 ここで唯一責任を問えるとすれば、昴の鎖を引っ張っていた紅葉だろう。だが、三人の内誰がその役目を担っていたとしても、結果は同じだったと思われる。


 まさか、駅に着いた途端「もう、自由の身ですぅ。」とか言いながら鎖を外し「いっちばーん。」と叫びながら銀座駅の中に駆け込んで行くバカがいるとは想像もしないだろう。だが、そのバカがいたのだ。


 昴にしてみれば、ベンチがあれば休めるし、ちょっと汚れてしまったプリ様のお手手とお顔を水道で洗って上げられる、待望の休息地に着いた感覚だった。認識の違いも甚だしい、平和ボケここに極まれりである。何度も他の列車やホームにも魔物がいる可能性があるという会話をしていたのに、これっぽっちも聞いてやしなかったのだ。


 銀座駅も変わり果てた姿だった。売店やベンチのあった場所は大小の石筍になっている。天井には光のオーブが等間隔で並べられ、暗い洞窟内で此処だけが明るく輝いていた。そして、昴の探している水道は間欠泉になっていた。


 駅構内に入った時、ちょうど、その間欠泉が噴き上げたのも間が悪かったのだろう。周りにはゴブリンやオークがウロウロしていたのに、全く目に入らなかったみたいだ。「お水~。」と歓喜の声を上げ、トコトコとそちらに向かって歩き始めた。


 だが、三人は気が付いた。魔物達の何人かは、明らかに昴の方を見ているのに、特に敵意を示してはいないという事に。


『そうだ。あいつ、今魔族だよ。』


 ひとまず、ホーッと胸を撫で下ろした。落ち着いて物陰から様子を伺う。ホームには五十体程の魔物がいるが、いずれもゴブリンやオークで、際立って強そうな奴はいない。それでも戦うとなれば一苦労だろう。ただ、一番新橋寄りの方に三メートルくらいの蜘蛛に女の上半身が付いている奴が居て、あれとは戦いたくないな、と和臣は思った。おそらく銀座駅のボスだろう。


「プリ様~?」


 昴は漸く皆がついて来ていないのに気付いた。

 エロイーズは依存体質で、本人は自覚がないが、トールに骨の髄まで依存して生きていた。五秒でも視界からトールが消えると、もう半泣き状態だったのだ。それは昴になってからでも変わってないと三人は思っていた。多分、プリ様の半径五メートルから離れれば、不安になって戻って来るだろう。よーし良いぞ。そのまま、ゆっくり此方に来るんだ。全員、手に汗を握って待っていた。


 ここで、また彼等は誤算をしていた。


「エロイーズは魔族だから襲われない。」


 しかし、すでに彼女はゴブリンにも稲妻ネズミにも攻撃を受けていた。その理由は二つあった。

 一つは弱いという点だ。魔族は弱肉強食なのである。弱い奴は強い奴に逆らってはいけない。邪魔をするなら容赦無く排除する。稲妻ネズミが昴を攻撃した理由はこれだった。すると昴(=エロイーズ)は魔族としてネズミより弱いのかという事になるが、実際そうなのだから仕方ない。


 もう一つ、それは彼女の類稀なる美しさ…………、もそうなんだけれど、ぶっちゃけ言っちゃうとエロさだ。モデルも萎縮するような完璧に均整のとれた肢体。余分な肉は一切ないというのに、硬さを感じさせない柔らかな肉の質感。そして、その身体の艶かしい陰影を際立たせる真っ白な肌。もう、先程から駅中の魔物達の目が釘付けなのだ。ただ、迂闊に手を出して、自分より強い魔物であれば殺される。逆に弱ければダッシュでむしゃぶりついてやる、そう思っていた。


 だから、ここで昴は怯えたりしてはいけないのだ。冷たい視線を投げ掛けながら、悠然と三人の所まで戻らなければならない。間違っても「キャー、魔物がいっぱいいますぅ~。」などと叫んだりしてはダメだ。


「キャー、魔物がいっぱいいますぅ~。」


 やっと辺りの状況に気が付いた昴が悲鳴を上げた。


『あ、怯えている。』『こいつは弱い。』『弱いね。』『襲って良し。』『順番ね?』『早い者勝ちね?』


 あっという間にホームに居る魔物達にコンセンサスが出来上がった。


「いやー、この人達目が血走っているー! プリ様、プリ様、プリ様ぁぁぁ。」


 事此処に至ってはやむなし。三人は覚悟を決めた。プリ様が背中から飛び降りるのを合図に、和臣と紅葉が昴に群がっている魔物共をぶちのめし始めた。オークやゴブリン相手なら、彼等が現世で使っている超能力で充分だ。見る見る死体の山が出来上がっていく。その間、プリ様は線路側を走り、昴に来いと手を振った。


「プ、プリ様ぁぁぁ~。」


 安心した昴が声を上げた為に、和臣と紅葉に注意がいっていた何人かのオークが向かって来た。距離は充分あった筈なのに、どんくさい昴はホーム際、プリ様の手前でオークに追い付かれた。彼等はいやらしい手つきでジリジリと迫って来る。頭の中は卑猥な妄想でいっぱいだ。


 プリ様が、自分の目の前での、そんな狼藉を許すわけもなかった。ポンとホームに跳ね上がると、昴の前に立ち、彼女を庇った。だが悲しいかな、昴の胸元しか見ていなかったオーク達は、ちっちゃなプリ様の存在には全く気付いてなかった。それはもう全く。


 なので、最初にぶっ飛ばされた奴は自分に何が起こったのかわかってなかった。いきなり仲間を飛ばされて、慌てた彼等はやっと足元のプリ様を視認した。しかし、まだ半信半疑だった。このチビっこいのに何が出来るんだという思いだ。


 一人が試しに蹴ろうとしたら、プリ様はスプリングで弾かれたかの如く、そいつに向かって頭から突っ込んだ。『どうして、こんなに重いんだ。』と思いながら、彼は絶命した。鉄球が鳩尾に当たったような衝撃だったのだ。


 残りは二人だが、さすがに彼等はこの幼児が只者ではないとわかった。顔を見合わせ、頷き合うと、二人同時に拳を振り下ろした。しかし、その拳は空振りし、大きく体勢を崩した。プリ様が天井近くまで飛び上がったからだ。そのまま一人の頭に落ちた。彼は頭蓋骨を砕かれ、倒れた。


 そこで予想外の事態が起こった。自分に向かって来ると思っていた最後の一匹が、昴の方に行ったのだ。どうせ死ぬなら一度だけでもあの気持ちの良い柔らかそうな身体を抱き締めて昇天しよう、という捨て身の作戦だった。


 前世の身体なら、腕をブンと振り回せば、相手の頭を直撃出来る間合いだった。その感覚で短い腕を振って、全然届かなかった。もう、オークは昴に抱き付こうとしている。醜いオークの顔面が接近して「みぎゃああぁぁ。」と変な声を上げていた。抱き締められでもしたら、精神に深刻なダメージを受けるかもしれない。焦ったプリ様はつい叫んでしまった。


「とやのお!」


 本人の意思とは関係なく、昴の左手がオークに向かって伸びた。掌から黒光りする(やいば)が飛び出し、彼の顔面を貫いた。『ズルい。』とか思いながら、彼は文字通り昇天した。


「トラノオ?」


 トラノオはオークを倒した後、床に突き刺さっていた。昴は、震えながらその柄に触ろうとし「きゃっ。」と声を上げ、手を引っ込めた。


「どうして、私の掌からこんな物が飛び出してくるの? 私は? 私は……エロイーズ……?」


 昴は頭を抱え、蹲った。


「思い出した。私はエロイーズ。」


 エロイーズは立ちあがり、トラノオを抜いた。普通ならば武器を持つのも嫌がるくらいの怖がりなのに、激情に駆られてわかってないみたいだ。


「私はエロイーズ! トール、絶対に許さない。」


 エロイーズはトラノオをプリ様に突き付けた。




遂に抜刀された最終兵器「虎の尾」。

それを突き付けられたプリ様。

次回、過去編です。

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