万死に値するのよ。
今回、プリ様は出ません。
全編リリスの戦闘シーンです。
痛いのが苦手な人は、後書きの粗筋をお読み下さい。
ゴールデンランスを消したリリスは、少し膝を落として、内股に構えていた。いわゆる空手の三線立ちである。
「ふっふっふっ。さすがに騙せないわね。」
先程、サキュバスライムが四散した床の辺りから声がした。
「合成魔物が、そんなに呆気ない訳がないわ。前世では、皆、魔王軍の幹部クラスだった。」
リリスは緊張した構えを解かずに答えた。すると、バラバラの水滴になっていたサキュバスライムの身体が集まって来て、再び元の女の姿に戻った。
「素敵よ、リリスちゃん。貴女みたいな小生意気な娘を捩じ伏せて、屈服させるの大好き。考えただけで、ゾクゾクしちゃうわ。」
リリスはその戯言を黙って聞いていたが「ふうぅ。」と一つ溜息を吐いた。
「よくいる、量産型の変態っていう思考形態ね。つまらないわ。」
心底、つまらなそうに言った。
「それ、私を馬鹿にしてるの?」
サキュバスライムは不快そうに顔を顰めた。
「偉そうな口は、勝ってから叩きなさい。」
彼女は両手をリリスの方に向けて、マシンガンの様に、水滴を飛ばし始めた。
「ゴールデンウォール。」
リリスが叫ぶと、その前面に黄金の壁が出来た。
「私は自分の一部を飛ばしているのよ。そんな単純な防御が効くかしら?」
ゴールデンウォールに阻まれた水滴は、壁を滑って登り、後ろにいるリリスに、頭から襲い掛かった。
「ああっ、熱い!」
リリスは咄嗟に避けたが、何滴かが身体にかかり、当たった所に、焼け付くような熱さを感じた。
かなり酷い火傷を負ったのではないかと思ったが、肌には何らの痕も残ってなかった。
「安心して、リリスちゃん。その綺麗な肌には、染み一つ付けないわ。でも……。」
両手から再び水滴が打ち出された。
「味わう『感覚』は本物よ。」
壁が役に立たないのなら、避けるしかない。しかし、避けきれずに、また何滴か身体に当たった。
「ううっ、いっ……たぃ。」
我慢していたが、つい、声を漏らしてしまった。
「ふふふ。今度は切られたみたいに痛むでしょ。」
「まさか、貴女の能力って……。」
触れただけで、人間の感覚をコントロール出来るのか。
これは、厄介だな。とリリスは思った。だが……。
「触れなければ良いのよ。」
オクが出来るのならば、私だって……。
リリスは全身を覆い尽くす鎧をイメージした。賢者の石の力を借りてはいるが、同じ事が出来る筈だ。
鎧で身を堅めたリリスを見て、サキュバスライムは明らかに動揺した。
「ぼ、防御は完璧って訳ね。でも、どうやって私を倒すの? 切っても、突いても死なないわよ。だって私、スライムだもの。」
和臣ちゃんの炎か、紅葉ちゃんの凍結なら、簡単に倒せるのにな。
と、サキュバスライムの言葉を聞きながら、リリスは思っていた。彼女の戦闘方法とトコトン相性が悪い相手を、厳選してぶつけて来ているのだ。
自分を調教するという、オクの本気を感じて、身震いが起こった。
「賢者の石で作った鋼鉄製の箱に閉じ込めて、海の底に沈めてやるわ。」
「おお、怖い。それじゃあ、貴女に近寄らないようにしないと……。」
「もう、遅い。」
リリスは真正面からサキュバスライムに向かって行った。水滴をまともに食らっているが、今度は平気だ。でも、リリスは先程の「近寄らないようにしないと。」というサキュバスライムの台詞に違和感を感じていた。
『それって逆に、私を近寄らせる為に言ったんじゃ……。』
「ねえ、そんなに水滴浴びて大丈夫?」
サキュバスライムがニヤニヤと笑いながら言った。その途端、リリスは全身を何箇所も槍で貫かれた様な、強烈な痛みを感じた。
「あああっ。うぐぅぅ!」
あまりの痛みに悲鳴を上げた。
「あっはは。それよ。そういう叫びを聞きたかったわ。」
そう言った後、慌てて、手で口を隠した。
「ごめんなさい。量産型の変態みたいな台詞を言って。」
「ど、どうして……。」
「肌に触れなければ感覚を操れないなんて言ってないわよ。」
なるほど、充分に近付けば、夢を操る要領で、感覚を自由に出来るのか……。
「だって私、サキュバスだもの。」
とにかく、水滴を身に纏っているのはいけない。
リリスは水滴の付いた鎧を、なるべく遠くに弾き飛ばした。
「あら。また、そんな無防備な格好になって。今度は盾でも作ってみる?」
嘲笑うサキュバスライム。
どうにも、分が悪かった。室内戦というのもリリスに不利に働いていた。
「まあ、何をしても、もうお終いよ。何の為に、私が水滴を部屋中にバラまいていたと思っているの?」
そう言われて背筋が凍った。いつの間にか、リリスの足元に、水滴が集まって来ていたのだ。
「!」
「逃がさないわ。」
水滴は一つに集まり、跳んで逃げようとしたリリスの身体に蛇の如く巻き付いた。
「さあ、捕まえた。ああっ、柔らかいわ。素敵な抱き心地。」
……。そうか、水滴も彼奴の身体の一部だから、離れていても、私の肌の感触が分かるのか……。
そこまで思い至って、リリスは気が付いた。今、変態に抱き付かれているのと同じだ。
総身に鳥肌が立った。
「散々、おイタしてくれたから、少し罰ね。」
サキュバスライムが、にこやかに笑いながら言うと、全身が針で刺されて、埋め尽くされたとしか思えない痛みに覆われた。さすがのリリスも、あまりの激痛にその場に膝を折って蹲った。
「そうそう。奴隷はそうやって、ご主人様の前で跪くものよ。」
サキュバスライムは、もうリリスの眼前に近付いていた。
「誰が……奴隷よ……。」
「まあだ強がれるんだ。」
リリスの頭を掴み、上を向かせたサキュバスライムの目が光った。
「あああっ。」
今度は無数の細い糸が、身体中の肌を切り、肉を裂いていく痛みが襲って来た。リリスは床をのたうち回っていたが、やがて、ピクピクと全身を痙攣させて、動かなくなった。
「良し。『痛め付ける』という指令は完遂したわ。今度は快楽漬けにして上げる。」
スキュバスライムは、失神しているリリスを、ズルズルとその体内に取り込んでいった。彼女より小柄なリリスは、スッポリと中に収まってしまった。
サキュバスライム内の液体の中で浮いているリリスは、まるで、透明な着ぐるみを被っているみたいだった。
「んっ……、ああっ。」
目を覚ましたリリスが、堪え切れない悦楽の声を出した。
「うふふ。気持ち良い? 全身を蝕む、発狂する程の快感を与えて上げる。これを味わったら、私無しでは生きていけない身体になるわ。貴女は魂まで私に平伏すのよ。」
「そんなの……いや……。」
リリスの目に涙が光った。
どす黒い悪に支配され、魂までも染められていく哀しみ。サキュバスライムは勝ち誇り、少女の涙を大声で嘲笑った。
そんな余裕綽々のサキュバスライムだったが、ふと身体に違和感を感じた。
いつの間にか、自分がドンドン大きくなっていっているのだ。
「な、何故? 体液が増えていってる……。」
彼女は体内にいるリリスを見た。その口元がニヤリと笑みを漏らした。
「量産型の変態は、最後には私を、自分の身体の中に入れるだろうと思っていたわ。」
「な、なんですと……。」
「賢者の石で、貴女の身体を構成する物質を、此処で作り続けているの。もう、私が自由に出来る物質の方が多くなっている。」
「……。」
「あらあら、どうしたの? 急に口数が少なくなったわね。私の言いたい事がわかった?」
その途端、サキュバスライムが、身を捩って苦しみだした。
「そう、私は今や思うだけで、貴女の感覚を操れるのよ。」
「いいい、痛い。熱い。寒いっ。痛い。熱い。寒いー。」
サキュバスライムは必死にリリスを体外に押し出そうとしたが、もはや、身体も動かせる状態ではなかった。
「た、助けて。許してぇぇぇ。ぐ、ぐるじいぃぃぃ。」
「あらあら、奴隷に許しを請うの? 情け無いご主人様ねえ。そんなに許して欲しい?」
「はいぃぃぃ。謝りまずぅ。奴隷にでも、何にでもなりますがらぁぁぁ。」
「でも、ダメよ。貴女は私の大切なお友達を踏みにじった。万死に値するのよ。」
サキュバスライムの手が、助けを求める様に、虚空に泳いだ。
「消えて無くなりなさい。その呪われた魂ごと。」
バアアン!
と、リリスを覆っていた身体が弾け飛び、散らばった水滴は、シュウシュウと音を立てて、蒸発していった。
「さ、さすがに、疲れた。」
リリスはその場にペタンと座り込んで、ハアハアと肩で息をしていた。
サキュバスライムは完全敗北し、消滅した。
粗筋です。
リリスはサキュバスライムに勝った。