純真な乙女の涙
渚ちゃんの手の指が、ビキニの紐に掛かり、グッと力を入れて引っ張った。だが、水着は外れる様子もなく、イタズラにリリスの胸をプルプルと揺らすだけだった。
『柔らかい……。』
魅惑的な手触りに誘われて、無意識の内に、その豊かな膨らみを揉み続ける渚ちゃん。
「ちょっと……、止めてくれる? 段々、おかしな気分になってくるから。」
「ご、ごめんなさい。あまりに気持ち良い触り心地だったから……。」
でも、本当かしら? と、渚ちゃんは思っていた。
『このエッチな水着のせいで動けないなんて……。』
何かの呪いがかかっているとでもいうのだろうか? そんなの、とても信じられる話ではなかった。
『実はリリス動けるんじゃ……。』
身動き取れない振りをして、自分を誘っているのかもしれない。「抱いて。」と素直に言えないから……。
それならば、彼女の真意に、応えて上げるのが、親友というものではないだろうか。
渚ちゃんは、酔い潰れた女友達を、介抱しながら悶々としている、送り狼さん達と、同じ思考パターンに陥っていた。
「渚……、何か悪い事考えてない?」
「へっ? いいい、いいええ。考えてませんことよ。」
動揺で、語尾がおかしくなる渚ちゃん。
「言っときますけど、無理矢理エッチな事をするのは犯罪ですからね。」
「ままま、まさかあ。そんな事、微塵も思ってない、ない、ない。ないよ。」
心臓をバクバクとさせながら、渚ちゃんは再び作業に戻った。
「うーん。これ、マジでとれないよぉ。まるで、肌に吸い付いているみたい。」
オクめ〜。どこまで、私に迷惑をかけるつもりなの〜。
渚ちゃんの呟きを聞きながら、リリスは怒りに唇を噛んだ。
ピチョーン。
その時、リリスの耳が、天井から滴り落ちて来る、水滴の音を拾った。
『浸水でも、しているのかしら?』
急がなければ。焦りが、彼女の胸中に、広がっていた。
合体を完了したロボは、頭頂部十メートル位の、人型になっていた。
かなりの数を、和臣&紅葉に潰されていたので、部品となる蟹型ロボが足りなかったのか、強化スーツ部分が全長に比して大き過ぎる、小さなボディに、短い足と長い腕、という頭でっかちな体型となっていた。
『ふねが かたむかないの。』
プリ様が首を捻った。歪な形とはいえ、これ程の大きさの物が甲板上に存在すれば、重量バランスは悪くなりそうなものなのに……。
良く見ると、ロボの足が、少し浮き上がっていた。
この世界では、重力をコントロール出来る者は、プリ様以外には存在しない。ロボは、オフィエルが生体ユニットパージ前に作った翼で浮いていた。
「おふぃえゆ……。ふねが しずまない ようにしてゆの。やさしいの。」
「あっーははは。おろかな ぷり ですわ。ふねが しずめば、じょうきゃくを ひとじちに できないから ですわ。おまえの ぐらびてぃうぉーるを ふうじる ための。」
オフィエルの返答にショックを受けるプリ様。
「おふぃえゆが せんりゃくを かんがえてゆの。もっと ばか だと おもってたの。」
「たんじゅんな おまえとは ちがうの ですわ。」
ファレグちゃんに、知恵を授けられたくせに。
と、オクは思っていた。
「いわば、ぷりきらーさくせん。ここが おまえの はかば ですわ。」
プリキラー作戦!? 格好良い。
プリ様は目を輝かせた。
……。良いのか? プリ様。キラーされてしまうのだぞ。
「ふん。こざかしいの。ちからで ねじふせて やゆの。」
回ってない舌で、男前の台詞を吐く、幼女プリ様。ミョルニルを握る、ヤールングレイプルに覆われた腕に力が篭った。
渚ちゃんは、もう半泣きであった。どうやっても水着を脱がせる事が出来ないのだ。
しかも、背後で、急かすように水滴の音が聞こえ、益々焦りが酷くなっていた。もし、水没したら、動けないリリスは溺れてしまうだろう。
「もう、良いわ。貴女だけでも逃げて。」
「嫌だ。嫌だよ。リリスを置いてなんて行けない。」
そう言われると、リリスも焦った。自分のせいで、渚ちゃんを死なせる訳にはいかない。
「あらぁ? どっちがリリスちゃんかしら?」
不意に、渚ちゃんの後ろ、部屋の吹き飛んだ壁の近辺で声がした。それは、水滴が落ちていた場所だ。
二人が其方に目を向けると、水溜りが上方向に膨れ上がり、徐々に人の形を成していった。
裸の女の人がいる。
と、渚ちゃんは思ったが、何か違和感があった。月明かりを浴び、腰に手を当てて、モデルの様なポーズをとっている彼女は、背景が透けて見えていた。
「スライム?」
「ざーんねん。私は、サキュバスとスライムの合成魔物、サキュバスライムよ。」
リリスの疑問に、小馬鹿にする言い方で、女は答えた。
『合成魔物? 前世で、魔王国に入ってから、度々現れていた、あいつらか……?』
サキュバスとスライムなら、それ程手強い相手ではないが、合成されると、ちょっと厄介だった。もちろん、強い魔物同士が合体すると、幹部クラスの強力さだ。
「ふむ……。」
サキュバスライムは、値踏みする様に、リリスと渚ちゃんを見比べた。
「貴女がリリスちゃんね……。」
そして正確にリリスの方を指差した。
「おどき。そっちの貧相な身体の女。」
貧相な身体……。女の子に、もっとも言ってはいけない一言だが、突然の化物の出現に怯える渚ちゃんは、パニック状態で、それどころではなかった。
「逃げて、渚。あいつの狙いは、私だけだから。」
「そ、そんなぁ。リリスはどうなるの?」
それを聞いて、サキュバスライムが代わりに答えた。
「少し痛めつけて、大人しくしてから、従順なオモチャになるよう、躾けて上げる。何故なら私は……。」
ここで、彼女はニヤリと笑った。
「リリスちゃんを調教するために造られた、専用の合成魔物だから。」
「オク」が「自分」を「調教」するために「専用」の「合成魔物」を造った。
その不快な事実は、リリスの身体に、途轍もない悪寒を走らせた。まるで、肌の下を尺取り虫が這い回っているみたいな、身体中を掻き毟りたくなる、むず痒さだ。
「さあ、どきなさい。さもなければ、貴女から痛めつけるわよ。」
パニックに陥りながらも、此奴にだけは、リリスを渡してはいけないと、渚ちゃんは悟っていた。
「リ、リリス。待ってて。今、自由にして上げる。」
どこうとしない渚ちゃんを見て、サキュバスライムはイラッと顎を上げた。そして、両手を水平に広げると、掌の形が崩れ、腕の先は長い鞭になった。
「痛いわよお。お嬢ちゃーん。」
両手を床に叩きつけると、ビシッという激しい音が響いた。
「もう、良いのよ。渚。早く逃げて。」
「イヤだ。イヤ、イヤ。どうして、どうして、こんな水着が外せないのぉぉ。」
渚ちゃんの目から大粒の涙が零れて落ちた。
次の瞬間、サキュバスライムの鞭状の手に、渚ちゃんの軽い身体はなぎ飛ばされて、床に転がった。
「リリスちゃんが好きだったの? 可哀想ね。」
渚ちゃんは朦朧とした意識の中で、サキュバスライムの嘲笑を聞いていた。
「今度会った時には、あの身体に宿っているのは、貴女の知っている、リリスちゃんではないわよ。」
リリスを助けなくちゃ……。
渚ちゃんは、必死の思いで手を伸ばし……、気を失った。
「さあて……と。楽しい時間の始まりよ、リリスちゃん。最初はちょっと痛いかもしれないけど、最後には、もっと痛めつけてと頼むようになるわ。」
サキュバスライムは、余裕の顔で、鞭を振り上げた。
「ゴールデンランス!」
リリスが叫ぶと、黄金のランスが、サキュバスライムに向けて迫って来た。驚いた彼女は、後ろに跳びのき、間一髪逃れた。
「貴女、動けるの?」
「ええ。純真な乙女の涙には、魔を祓う力があるのよ。渚の私を想う必死の願いが、オクの邪悪が形となった、あの水着を消滅させたの。」
いつの間にか、ドレスも着て、完全装備になっているリリス。
「動けるようになったぐらいで、何をはしゃいでいるのかしら。貴女が痛めつけられて、オク様のオモチャにされる運命は、変わらないのよ。」
「運命? 自分の運命は……。」
リリスはランスをドリルの様に回転させながら、一気に間合いを詰め、突っ込んで来た。その、あまりの早さに、サキュバスライムは反応出来ず、回転するランスをモロに食らって、身体を四散させた。
「自分で決めるわ。」
リリス必殺の一撃であった。