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「華穂様、隼人様のご実家、本当に私もご一緒してよろしいのですか?」
屋敷に帰ってきてから確認を取る。
「う・・・・うん。ガールフレンドって言われるとなんか身構えちゃって。
緊張しすぎて変なことしちゃうかも。
唯さんがいてくれた方がいつも通りの自分が出せる気がするの。」
うーん、ガールフレンドと言われるのが嫌なわけではなさそうだ。
「だからお願い。一緒に来て。」
華穂様にお願いされて否やを言えるはずがない。
もちろん喜んでお供するのだが・・・・・。
ため息がこぼれそうになるのをぐっと堪える。
ついに先送りにしてきた問題に触れなければならない。
「華穂様、もちろんご一緒できるのは嬉しいですが、その・・・・・隼人様のお母様とどのようなお話をなさるおつもりですか?」
「ど・・・どのような??」
「お家にお邪魔したら、“ガールフレンド”として、いろいろな質問をされるかもしれませんが・・・・。」
華穂様の顔色がどんどん悪くなっていく。
「や、やっぱりそうだよね・・・・・。」
「・・・・・・隼人様のことはお嫌いですか?」
華穂様は俯き無言で首を振る。
「隼人様のガールフレンドだと思われるのは嫌ですか?」
「わかんない・・・・・。」
俯いたままの華穂様から小さなため息が漏れた。
「みんな、恋とか好きとかどうやってわかるの?
漫画や小説みたいにドキドキしたら?
いろんな人にドキドキしたら、その相手の全員好きってこと??
流に抱き上げられたり、秀介さんの顔がすぐそばにあってドキドキしたけど、じゃあわたしはこのふたりのことが好きなの?」
華穂様は感情を抑えるように表情を歪ませて言葉を紡ぐ。
「空太のことも隼人くんのことも好きだよ。
でも、それってお父さんや唯さんが好きなのと何が違うの??
恋愛の『好き』がわからないから、それにどう返したらいいかわかんないよ。」
華穂様は華穂様でいろいろ悩んでいたらしい。
『好き』には色々ある。
それをしっかり把握することは他人にはもちろん自分にだって難しい。
「唯さん、昔は恋人いたんでしょう?
どうやって好きだってわかったの??」
うぐっ
・・・・・・また答えにくいことを・・・・・。
しかし、華穂様は真剣に悩んでいる。なんとか力にならねば。
「そうですね・・・・。
こう言葉に表現するのが難しいのですが、だんだんと・・・・といった感じです。
私がお付き合いした男性はひとりなんですが、あちらから告白されました。
告白されるまでは友達としか思っていなかったので、驚きました。
華穂様と一緒ですね。
最初は恋愛の好きではなかったと思います。
恋人というものに年齢的に興味もありましたし、彼のことも嫌いではありませんでした。
だからとりあえず付き合ってみたんです。
一緒に勉強したり出かけたり、手をつないだりしているうちにだんだんともっと一緒に居たいと思うようになりました。
彼が笑ってくれるとドキドキしたりするようになって、振り返ってみると私はゆっくり彼に恋をしていったように思います。」
ドキドキする運命の出会いなんて、漫画やドラマの中だけだ。
しかし、ヒロインである華穂様には本人が望む望まざるに関係なくドキドキする胸キュンイベントが待ち構えている。
恋愛経験値のない華穂様が、ドキドキ=恋愛??と思うようになっても仕方ないのかもしれない。
華穂様にイケメンオーラは効かないようだが、あの甘いセリフや距離感に無反応で居られる女性はそいないだろう。
「だから、今は好きかどうかわからなくても、付き合っていくうちにわかるかもしれません。」
「付き合っていくうちに・・・・」
選択肢がありすぎて誰と付き合い始めるかという問題があるが。
「そうですね。ちょっとイメージしてみましょう。
その考えを実行することが嫌でなければ付き合ってみてもいいいと思います。」
「イメージ・・・」
「1週間ふたりでと旅行に行くと仮定しましょう。
朝から晩まで同じところに行き同じ部屋で寝起きします。
恥ずかしいという感情は抜きで考えてください。
華穂様が一緒に居て楽しいか、ずっと近くにいることで疲れたりしないか。」
「わかった。」
そういうと華穂様はじっくり考えたいのか、黙り込んでしまった。
一時間くらい経っただろうか。
華穂様から再び声をかけられた。
「あの・・・・・、本当は聞いちゃいけないことだと思うんだけど、どうしても教えて欲しくて。
唯さんはどうして彼とお別れしたの?」
「・・・・・・・・私は自分の夢を優先したんです。」
どうしても執事になりたくて海外に行くことを決めた。
彼は遠距離恋愛でもいいと言ってくれたけれど、全力で夢に取り組みたかったからさよならを告げた。
彼は寂しそうに笑って、別れを受け入れてくれた。
彼の方がどう思っていたかはわからないが、穏やかに始まって穏やかに終わった恋だったと思う。
いろんな恋愛小説があるように、恋は人それぞれ、いろんな形がある。
私みたいに穏やかな恋もあれば、身を焦がすような激しい思いをする恋もあるだろう。
始まりも一目見た瞬間ビビッとくることがあるかもしれない。
どれも『恋』という一言で纏められるのに、一つとして同じものはない。
だからその感情が恋かどうかは誰にもわからない。本人にだってわからないかもしれない。
あぁ、華穂様と話していて気がついた。
一弥の私に対する執着も彼の中では『恋』というカテゴリーに入っているのかもしれない。
たとえそれが余人に理解し難いものであっても、本人が『恋』だといえば恋なのだ。
他人に否定することはできない。
ギラギラとした一弥の眼を思い出して体が震える。
きっとアレに捕まったら昔の恋とは全く違う世界が待っているのだろう。
私は一弥が好きなわけではないから、そこに踏み出す訳にはいかないが、たとえ一弥のことが好きだったとしても怖くて踏み出せないかもしれない。
華穂様も自分の気持ちに確信が持てないから、未知の世界に踏み出すのが怖いのか。
もしくは踏み出して失敗し、今の関係が崩れるのが怖いのか。
人間、誰しも経験したことがないことは怖い。
恋愛に踏み出すことのできない華穂様と、踏み出さないことは決めているのに正面から向き合わない私は実は似ているのかもしれない。
次回更新は小噺の七夕後日談の予定です。
更新が今日の夕方になるか、明日になるかは未定です。




