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裕一郎様と一通り話したあと、隼人に代わってもらって礼を言ってから電話を切った。
本当に良かった!!
きっとこれを知ったら華穂様もお喜びになる!
早く宗純に知らせて・・・・て、さすがにこの時間じゃ無理か。
明日の朝一で伝えて、裕一郎様がいってた空太の居場所の確認とって、華穂様には次の教室で伝えてもらって・・・・。
上機嫌な私とは反対に、一弥はやや不機嫌だ。
「仕方ないでしょう。
裕一郎様から口止めされてたんだから。
それがなかったらきっと真っ先に一弥に連絡くれたはずよ。
隼人様だって謝ってたでしょう?」
「そうだけどねぇ・・・・。」
一弥は隼人が異変の原因を知っていたのに黙っていたことを拗ねているようだ。
「ほら、機嫌なおして。
明日も仕事あるんでしょう。
私もう帰るから、すぐに寝なさいよ。」
立ち上がった私に『はぁ?』っという声が飛んでくる。
「泊まっていったらいいじゃん。
今何時だと思ってんの?
こんな時間に女の子ひとりで帰せるわけないでしょ?
俺が送って行けるもんなら送って行きたいけど、さすがに飲酒運転はできないし。」
こっちを『ありえないわー』という顔で見ている一弥を同じ顔で見返す。
「言ってることは正論だけど、むしろ夜道よりあんたの方が危ない。」
「なぁに?そんなに俺のこと男として意識してくれてんだ。
女の子は危ない男大好きでしょ?」
・・・・何言ってんだこいつ。
「じゃ、お邪魔しました。」
しらーっとした目を向けてドアに向かうと、慌てた一弥が追い縋ってくる。
「冗談!冗談だよっ!!
マジで危ないから!
今回のことで俺がどんだけ心配したと思ってんの?
桜井くんみたいにじーさんに攫われないとも限らないし、ひとりで外に出す俺の気持ち考えてくれない?」
うぐっ・・・・・。
さすが一弥、痛いところをついてくる。
「仕事とはいえ御曹司のところにも泊まったんでしょ?
だったらそれと同じだって考えればいいじゃん。
絶対、今日は唯ちゃんに手ぇ出したりしないから、ね?」
じっと見つめ合う(睨み合う?)こと数十秒、折れたのは私だった。
「・・・・・・・・わかった。」
これ以上話して今も流のところに泊まっているとバレたらまずい。
それこそ『じゃあ俺のところでもいいよね?』という話になる。
それは避けたい。
なんだか最初の電話の時にも同じやり取りで私が折れた気がするが、もういい。
今日は一弥の言う通りにしておこう。
「じゃあ、ソファー借りるわ。予備のブランケットかなんかある?」
私の発言に一弥は顔をしかめる。
「俺、女の子をソファーで寝かせるような奴に見える?
世の中ではフェミニストで通ってるんだけど。」
「いや、だって布団とかないでしょう?」
浅く広いうっすーい人間関係の一弥が客用の寝具を揃えてるとは思えないのだが。
それとも隼人が泊まりにきたりするのだろうか?
「唯ちゃんは俺のベッド使って。
最近はずっとソファーで寝てたから、使ってないし綺麗だよ。」
「いや、さすがに家主を追い出すのは・・・・。」
「寝室だったら鍵ついてるけど、リビングは鍵ついてないよ?
夜中、水を飲みにきた時についうっかり何かしちゃうかも・・・・ね?」
いや、そんな色気たっぷりに『ね?』っと言われても。
さっきの『絶対』はどこいった。
「手ぇ出さないんじゃなかったの?」
「もちろん。そこは守るよ。
けど、手を出す以外にも色々できるよねぇ。
寝顔眺めたり写真撮ったり・・・・、ベタに落書きでもいいけど。」
・・・・はぁ。
冗談だとは思うが、譲る気はないということだろう。
ここは甘えておくか。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます。」
なんとなく一弥の寝ているベッドで寝るというのは気恥ずかしい気がするが、ソファーだってその事実は変わらない。
だったら、無駄な言い合いをして時間を消費するより快適な方を選ぼう。
「じゃあ、案内するよ。」
前回来た時に入っているから場所はわかるのだが、ご丁寧に案内してくれるらしい。
「どうぞ。」
一弥に続いて寝室に入る。
「あれ?一弥、模様替えした?」
なんだか年末に来た時と違う。
全体的に物が増えたような気がする。
「この間みたいに動けなくなったら困るからねぇ。
とりあえずこの部屋から動かなくても大丈夫なようにしてみた。」
なるほど。
確かに部屋にはこの間は置いていなかった小さめの冷蔵庫やウォーターサーバーがある。
「冷蔵庫の中のものは好きに飲んでいいよ。
シャワーはどうする?」
・・・・正直にいえば入りたい。
が、さすがにお風呂はなしだと思う。
そんな私の思考はわかっているだろうに、ニヤニヤしながら聞いてくるのは意地が悪い。
「・・・・・・・・遠慮しとく。」
「そ。ざぁんねん。
濡れ髪の唯ちゃんもセクシーだと思うんだけどなぁ。」
「・・・・・・・・殴るよ?」
「こわいこわい。じゃあ、クレンジングシートと汗拭きシートはそこのチェストに入ってるから。
あと何か必要なものは?」
「これだけあれば十分よ。」
たった一晩。
しかも寝るだけ。
シャワーの代わりになる物があるだけで十分だ。
「じゃあ、俺はリビングで寝てるから、なんか気になることあったら声かけてね。」
「うん、ありがとう。」
扉から出ていく一弥を見送っていると、急にくるりと一弥が振り返った。
そのまま大きく詰められた距離に、思わず後ろに飛び退る。
「!?」
「・・・・不意打ちだったらおやすみのキスできるかと思ったんだけどねぇ。」
・・・・・・・・本当に油断も隙もないな。
「子供じゃないんでおやすみのキスなんていりません。」
「仕方ないねぇ。おはようのキスを期待しようかな。」
諦めた一弥は今度こそ本当に出て行くようだ。
扉をでて半身で振り返るが、今度はその距離が詰められることはない。
「・・・・・・・・おやすみ。俺の女王様。」
・・・・っっ!!
流し目で告げられたおやすみに心臓がドクンと跳ねる。
女王様に反論する暇もなく、扉が閉まるガチャンガチャッという音がした。




