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30分かけて掃除を終えると一弥から声がかかった。
「唯ちゃん、掃除ありがと。」
酔っているせいか、にへらっと笑って言われて毒気を抜かれる。
「どういたしまして。
スーパーの袋に入れただけだから、明日ゴミ袋買ってきて移し替えてね。
あと、飲んでもいいけどほどほどにね。
酒焼けしたら歌えなくなるわよ。」
そういって水の入ったコップを渡すと、一弥はそれを一気に飲み干した。
コップを回収しようとのばした手首を掴まれる。
痛くはない。
けれど、簡単には外せないような強さで。
「唯ちゃんが戻って来てくれたから、もう酒なんていらない。
・・・・・・・・なんで、いなくなったの?」
まっすぐこちらを見つめてくる一弥の目を見つめ返す。
瞳が揺らいでる。
まるで泣くのを堪えているように。
「いなくなったわけじゃないけど、ちょっといろいろあって。
今日はその説明をしにきた。
・・・・・・・・心配かけて、ごめんなさい。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
わずかに手首を掴む力が強まったが一弥は何も言わなかった。
返事を待たずに話を続ける。
「実は、裕一郎様が・・・・」
裕一郎様が行方不明になっていること。
祖父である源一郎様に華穂様が軟禁されていること。
空太が行方不明なこと。
秀介と華穂様の結婚のこと。
協力者を得て、それについて調べていること。
「だから、一弥や隼人様にも協力してもらえないかと思って・・・・。」
「なんで連絡できないのかはわかった。
・・・・で、その協力者って、誰?」
・・・・やっぱり聞かれるか。
一弥の目を見る。
まっすぐ見すかすような目。
一弥の反応が怖いのであまり流の名前は出したくない。
が、へんに濁したり嘘をついてバレた場合の方がリスクが高いか・・・・。
「華道花柳流家元の花柳宗純様と槙島様。」
「ふーん・・・・。」
一弥は面白くなさそうに息を吐くと、私の手首を解放してソファーにもたれかかった。
「まぁ、仕方ないか。
確かにあっちの方がこういうことには詳しそうだしねぇ・・・・。
で、協力って、俺に何をして欲しいの?」
「まずは、一弥と隼人様の連絡先を私に教えて欲しいのと、最近、高良田関係で気になることがあったかどうか教えて欲しい。」
「見返りは?」
「謝礼については金銭でよければ、この件が解決した後にいくらでも。」
「俺がそんなもの要求すると思ってる?」
色っぽくわらう一弥に同じ笑みを返す。
「私がそれ以外の要求をのむと思ってる?」
「いや、全然。」
くすりとわらう一弥。
実のないやりとり。
私がうなずくわけがないと知っているのに、どうして一弥は毎回こんなことを繰り返すのだろう。
・・・・いっそ、冗談でもうなずいてみたら何か変わるのだろうか。
『言質をとった』なんて言われたら困るから、絶対にうなずかないが。
「じゃあ、まずは連絡先。」
アドレス帳を表示されて携帯を手渡される。
それを受け取り、自分の携帯に入力していく。
・・・・のだが、一弥の視線が痛い。
ジーッという音がするんじゃないかというくらい見られている。
「・・・・なに?」
「いや?珍しいもの持ってるなぁって。」
珍しいもの??
「それ、唯ちゃんの趣味じゃないでしょ。」
そういって指されたのは手の中にある携帯だった。
っっっ!!目ざといっ!!
仕事柄、黒を着ることが多い私は携帯も浮かないように黒にしている。
パールピンクも可愛らしく嫌いではないが、まず自分では選ばない。
「急ぎで必要だったから。
色も機能も指定せずにあるものをお店の人に持ってこてもらったの。」
嘘はついていない。
色も機能も私は指定していない。
一弥は私の回答に『ふーん』と返事をしただけだった。
納得いく回答だったのか、思うところがあるのか、私はそれを読み取れなかった。
「はい。ありがとう。」
無事、入力が終わって携帯を返す。
2人の電話番号は入れたし、メッセージアプリの方もフレンド登録と申請はできた。
おそらく隼人は今ドイツで練習中だろう。
フレンド申請が許可されてから、電話をしよう。
「で、次は高良田関係の話だっけ?」
一弥の言葉にうなずく。
「仕事関係では特には。
高良田社長はCM撮影によく来てくれてたけど、あくまで俺たちに仕事を依頼してくるのは広告代理店だからねぇ。
スポンサーの内情まではこっちには降りて来てない。」
・・・・まあ、そうだろうな。
広告代理店挟んで一弥の耳に入るくらいお家騒動が広まっているのだとしたら、それはそれで由々しき問題だ。
なんの情報も得られなかったが、予想通りだ。
「で、ここからは俺個人の話。」
「一弥個人?」
「ここ最近さ、俺毎日華穂ちゃん家に様子見にいってたんだよね。」
は?
予想外の言葉に思考が停止しそうになった。
そんな私に構わず、一弥は話を進めていく。
「唯ちゃんたちと連絡が取れなくなってしばらく様子見てたんだけど、唯ちゃんひとりならともかく華穂ちゃんもでしょ?
おまけに隼人も連絡が取れないって言ってたし、いくらなんでもおかしいなーと思って。
様子見に行ったんだよね。華穂ちゃん家に。
そしたら、いつもは顔パスなのに守衛さんに止められて。
『唯ちゃんに会いに来た』って言ったら、『出ていった』って言われるし。
『華穂ちゃんに話を聞きたい』っていったら、『ご多忙のため誰ともお会いになれません』って。
申し訳なさそうな顔してたけど、取りつく島もないような対応で。
唯ちゃんが出ていったんだったら屋敷に用なんてないんだけど、唯ちゃんがどこにいくかなんて検討もつかないし、華穂ちゃんだぁい好きな唯ちゃんが華穂ちゃんを置いていくとも思えないしで、何かわからないかと思って仕事の空き時間とか終わった後とか見にいってたんだ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・。
もう、どこからツッコンでいいのかわからない。
心配かけたのは申し訳ないと思っている。
連絡できなかったこちらが悪いのもわかっている。
でも、これ、はたから見たらストーカーなんじゃ・・・・。
門を見張る一弥をイメージすると背筋を寒いものが駆け抜ける。
「結局華穂ちゃんには会えなかったんだけど、ちょっと変なもの見ちゃって。」
「変なもの?」
「俺とおんなじように毎日門を見張ってバレて追い返されてる男。」
・・・・・・・・それは遠回しに自分が変だと認めてるのか?
「もうちょっとうまく隠れればいいのに、バレッバレの隠れ方で毎度毎度見つかって追い払われて、その度に『私は高良田家者だぞ!はとこに会いに来て何が悪いっ!!』って騒いでてさぁ。」
・・・・はとこ・・・・進一様???
予想外の人物に私の頭は?で埋め尽くされた。




