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ぽっかーん
そんな言葉がぴったりな顔で『カッカッカ』と大笑いするお祖父ちゃんを見つめる。
隣にいる秀介さんからも困惑してる雰囲気が伝わってくる。
・・・・・・・・こんな大笑いされるようなこと言ったっけ?
というか、お祖父ちゃん大笑いとかするんだ・・・・。
なんか今の状況についていけない。
わたしたちを置き去りにしてひとしきり笑った後、お祖父ちゃんはまたニヤリと笑った。
「このわし相手によくぞそこまで言い切った!
お前は裕一郎よりよほど肝がすわっておるな。
あやつは策略ばかり張り巡らせおって、正面からわしに意見したことなど一度もなかったからな。
お前の方がよほど男らしい。」
ご機嫌なお祖父ちゃんとは逆に、わたしはちょっと微妙な気分・・・・。
頑張って頑張って淑女の皮被ってたのに男らしいって・・・・。
「不服そうじゃな?」
「男らしいは女性に対する褒め言葉ではありません。」
「そうかそうか。」
お祖父ちゃんはまた『クックック』って笑いをこらえてる。
なんなの・・・・。
「で、お祖父様はわたくしの意見を聞く気があるのですか?」
「・・・・聞く気がない。と、言ったらどうする?」
「こちらに座り込みをするか、警察に駆け込むか、どちらがよろしいでしょうか?」
「それはどちらも困るな。
こう耳元できゃんきゃん騒がれては仕事にならん。
お前の話は考えておいてやる。
それでいいだろう?」
いいわけない。
なんにも解決してない。
「お祖父様、せめて空太の開放を・・・・!!」
「考えておいてやる、と言っておる。聞こえなかったか。」
っっっ!!!!
急激に増した威圧感に思わず後ずさる。
さっきまでご機嫌で笑ってたお祖父ちゃんの姿はなくて、そこのいるのは初めて会った時のお祖父ちゃん。
険しい空気と威厳と威圧感の塊。
「退き時を間違えるな、交渉ごとは時に退くことも重要だと教わっておらぬか?
このわし相手に『考えておいてやる』という言葉を引き出したのは上々だ。
今はそれで良しとせよ。
あまり欲をかけば全てが水の泡だぞ。
それとも、まさかこのわしを一度で説得できるとでも思おておったか?」
お祖父ちゃんがちょっとやそっとで意見を変えないのはわかってた。
だから本当に座り込みでもストライキでも脅しでもなんでもやって、望む結果が得られるまで粘る気だった。
でも今、本気のお祖父ちゃんを前にしてわかる。
今のは最後通告。これ以上踏み込んだら本当に全部握りつぶされる。
「わしは言ったことは守る。
相手を信用できるか見極めるのも、交渉の極意だ。
覚えておくが良い。」
「・・・・わかりました。
では、3日後、お返事を聞きにまいります。」
今はここで退くけど、いつ結果がわかるかわからないなんて、進んでないのと一緒。
なにがなんでもはっきりした返事をもらう時を決めとかなきゃ。
「・・・・・・よかろう。
交渉ごとに期限はつきものだ。
3日後、お前の部屋に迎えをやる。
それまで待っておれ。」
「かしこまりました。
秀介さん、いきましょう。」
ソファーから立ってドアに向かう。
ドアから出る前にもう1つ言わなきゃいけないことを思い出した。
くるりとお祖父ちゃんの方を振り返る。
「あ、お祖父様。
わたくしは秀介様とは結婚しないので、秀介様をちゃんと病院に戻してあげてくださいね。
いくら秀介様が言い出されたからと言って、秀介様ほどの方を医療の現場から引き離すなんて、医療界の大きな損失です。
幸い弟さんが病院は継いでくれるそうですし、秀介様が望む限り第一線で頑張らせてあげてください。
お祖父様もわたくしも信頼できるお医者様がいらっしゃると助かりますから。
お願いします。」
ひとりでペラペラ言い切ってさっさと部屋を出た。
また怒らせたかなと思ったけど、秀介さんが部屋から出て扉が閉まる直前に、さっきと同じ笑い声が聞こえてきたからたぶん大丈夫。
「少し、さっきの件で話がしたいんだ。
僕の部屋に来てくれる?」
秀介さんの言葉にこくりと頷くと、秀介さんの後ろをついて、向かいにある秀介さんの部屋に入った。
「華穂さんは本当に強いね。
あの源一郎様相手に、あそこまで言い張れるなんて。
喋り通しで喉が渇いたでしょう?
コーヒーを入れるからソファーに・・・・っ華穂さん!?」
「あははははは・・・・・」
驚く秀介さんに情けなく笑うしかできない。
わたしは部屋に入ってすぐ、ドアの前にへたり込んでいた。
気が緩んで腰が抜けた。もう歩けない。
「強く・・・なんかないです。
ただ必死なだけです。大切なものを守るために。
秀介さんと同じです。
秀介さんが病院とわたしをいろんなものを堪えて守ってくれるように、わたしも自分の全てをかけて守りたいんです。
わたしの大切なものを。」
しゃがんで目線を合わせてくれた秀介さんに苦笑いを返す。
うー・・・・情けない。
最後まで凛々しくかっこよく・・・・唯さんみたいになりたかったのに。
「わっ!?」
急にふわりと浮いた感覚に、思わず秀介さんにしがみついた。
すみません、唯出てきませんでした・・・・。
もうちょっと華穂のターンが続きます・・・・。




