228
華穂視点。
「はっ?」
バサバサッ
びっくりし過ぎて手に持ってた新聞を落っことした。
開かれたまま落っこちた新聞にはでかでかと
『高良田グループ 槙嶋コーポレーション関連会社に大規模TOB』
って書いてある。
拾う時間も惜しくて這いつくばって記事を読む。
『高良田グループは槙嶋コーポレーションの関連会社数社に対してTOB-株式公開買い付けを行うと発表した。
取得目標は今回の買い付けで50%以上。
子会社化を目指す。
関係者によるとこの買い付けについての高良田グループから槙嶋コーポレーションへの事前の打診は全くなく敵対的買収とみられる。』
流の所に買収を仕掛けたっ!?
高良田グループはもちろん大きなグループだけど、槙嶋コーポレーションだって負けないくらい大きな会社だ。
どれくらいすごい会社なのかはこの一年、経済や経営学を勉強してきて十分わかった。
その槙嶋コーポレーション相手に事前通告なしで公開買い付け・・・・。
新聞が書いてるように敵対的・・・・・・・・喧嘩を売ってるとしか思えない。
「今日の秀介さんの予定はっ!?」
ドアを勢いよく開けて、警備と言う名の見張りに聞く。
突然ドアが開いてびっくりしたのか、はたまたわたしの剣幕に気圧されたままなのか、目を丸くした警備員は呆然としたまま「今日は部屋にいらっしゃるはずですけど・・・・」と呟いた。
「ありがとうございます!
すぐに会いたいので部屋まで案内してください。」
この人の仕事はわたしの見張り。
だったら、この人を置いてわたしは部屋を出るわけにはいかない。
・・・・・・・・秀介さんの部屋の場所を知らないっていうのもあるけど。
警備員に案内されてついた部屋はおじいちゃんの部屋の向かいだった。
「すみません、秀介さん。華穂です。
少しお話したいことが。」
コンコンッというよりはドンドンッに近い勢いでドアをノックする。
少しするとドアの向こうで慌てたような足音が聞こえて、秀介さんが顔を出す。
「華穂さんがわざわざ部屋を訪ねてくれるなんて珍しいね。どうぞ。」
にっこりと優しい笑顔を返してくれた秀介さんは、整備員にお手伝いさんへお茶の準備をしてくれるよう伝言を頼むと、わたしを部屋に入れてくれた。
「華穂さんとこうして自分の部屋にふたりでいられるなんて、なんだか夢みたいだな。
結婚したら毎日ふたりでゆっくりする時間を作りたいね。」
嬉しそうに微笑む秀介さんに、つい赤くなっちゃいそうになる。
違う違う!!ここで赤くなってる場合じゃない!!
「えぇぇっと、今日はこの記事のことで聞きたいことがあってきました。」
持ってきていた新聞を広げて、さっきの記事を指差す。
「あぁ、このことか。」
秀介さんは驚いた様子もなく、ただ一言そういった。
「これは秀介さんが・・・・お祖父様の指示でやってることですか?」
「・・・・・・・・そうだよ。
これが僕が年末から走り回っていたことの結果。
もう槙嶋コーポレーション以外の大株主には話はつけてあるんだ。
あとは小規模な個人投資家のもつ株をある程度買収すれば、こちらの子会社に出来る。
予測だと60%保有になる予定だね。」
「・・・・・・・・!!!
どうしてっ!!どうして敵対的買収にする必要があるんですか!?
流は・・・・ビジネスマンとしては一流です。
ちゃんと話せば提携だってきちんと考えてくれるはずです。」
初めて会ったとき、流はわたしと結婚して企業規模を拡大したいと思ってるって話だった。
つまり、流にとって高良田は魅力的なはず。
こんな無茶なことしなくても、うまく話はまとまるのに。
穏やかに微笑んでいた秀介さんが、少しだけ眉をへの字にして困ったような顔になる。
「その槙嶋CEOが一番の問題なんだ。」
「・・・・問題?」
そりゃあ流の性格はかなり問題だ。
破天荒だし、人の気持ちぜぇんぜん考えてないし。
でも、仕事に関してはなにも問題ないはずだ。
「槙嶋CEOと源一郎様は経営者として同じタイプだ。
カリスマ性があって判断力や決断力が優れている。
このふたりが提携した時に同じ方向を向いて入ればいいけれど、もし意見が食い違った時はどうなるかな?」
「・・・・・・・・・・・・。」
・・・・・・・・基本的にふたりとも人の話を聞かない上に頑固。
たぶん真っ正面から思いっきり衝突する。
どうなるかは火を見るよりも明らかだ。
「そうなるのがわかっているのに提携の打診をしても無意味だから、今回の方法をとったんだ。
高良田グループではこのままじわじわと買収規模を拡大して、最終的に槙嶋CEOを退任させてから吸収合併する予定。」
穏やかな瞳でそう語る秀介さんが怖い。
お祖父ちゃんや秀介さんの意思で、たくさんの人の運命が変わるのに、どうしてそんなに淡々とそんな話ができるの?
「このタイミングで発表したのは源一郎様の復帰と華穂さんと僕の婚約について、取締役会への手土産にしたいから。
高良田家の皆様には昔からよくしていただいているからもちろん親交はあるけれど、大切な一人娘の華穂さんと結婚するのとグループを継ぐのに実績があったほうがいいからね。」
「・・・・・・・・秀介さんはそれでいいんですか?
わたし、秀介さんがお医者さんになったのはもともとお家が病院だっていうのもあるけど、秀介さんが医者っていう仕事を好きだからなんだと思ってました。
お祖父様の意志に沿って、お医者さんを辞めてもいいんですか?
・・・・・・・・・・・・今回、お祖父様に協力したのだって病院を守りたかったからでしょう?」
秀介さんの目が見開かれる。珍しく秀介さんが動揺してるのがわかる。
「お祖父様から聞きました。
秀介さんが病院を守るためにお祖父様に協力してるって。
お祖父様は大切なもののために非情になれるところを買ってるって言ってました。
・・・・・・・・医者は秀介さんにとって大切なものじゃないんですか?」
動揺していた秀介さんは落ち着くと同時に寂しげな・・・・諦めたような表情で笑う。
「大切だよ・・・・。
でも、僕の手に抱え切れるものには限界がある。
たくさんのことを望めばなにも残らないかもしれない。」
すっと秀介さんが目を閉じる。
次に開かれた目には強い意志が宿っていた。
「だから、僕は僕が選んだものだけはどんな手を使っても守り抜く。
たとえ、どんな手を使っても。」




