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『では、俺は一度社に戻り調べる手配をしてくる。
お前はここで大人しく待っていろ。』
私が落ち着くまで抱きしめてくれていた流は、しばらくすると、優しい笑顔を浮かべながらくしゃりと私の頭を撫でて部屋を出ていった。
流を見送ると一気に肩の力が抜ける。
まだ解決に向けて動き出したばかりなのに、なんだかもう大丈夫な気がしてくるから不思議だ。
きっとそれだけ、私は流のことを信頼しているのだろう。
テーブルに置かれたメモとお金、携帯電話を見つめる。
携帯電話の電源はGPSでの探知を懸念にして邸を出るときに切ったままだ。
メモには何かあった時のために流の携帯番号と執務室への直通電話の番号が書いてある。
お金も何かあった時のために(流は好きに使えといっていたが)置いていってくれたものだ。
これで流には繋がった。
宗純とは流が帰ってくれば連絡が取れるだろう。
問題は一弥と隼人だ。
どうやって連絡を取るか・・・・・・・・。
どちらか1人だけでも連絡がつけばもう1人にも繋がるが、どちらも簡単にはいかないだろう。
2人とも家はわかっている。
が、一弥は仕事上いつ家にいるかわからないし、家の前で待とうにもあそこの前にはいつも記者が張っている。
隼人の実家は確実に人がいるが、この件に隼人の家族を巻き込むつもりはない。
連絡先を聴きに行けば必ず理由を聞かれるだろう。
あとは一ノ瀬社長か、一弥の事務所か・・・・・・。
ピンポーン
どのくらい考え込んでいただろうか。
インターホンの音に思考を中断させる。
インターホン??
以前来た時は一度も鳴ることがなかった。
普段、この時間流は仕事をしているから客が来るとは思えない。
宅急便なら宅配ボックスが設置されている。
不思議に思いモニターを見ると、そこに写っていたのは予想外の人物だった。
慌てて通話ボタンを押す。
「本田さん!?」
『いつもご利用ありがとうございます。
本日は槙嶋様のご用命で、平岡さんに必要なものをお持ちいたしました。』
流・・・・・・・・。
置いていってくれたお金だって、かなりの額だというのに、さらに手配してくれるなんて・・・・。
流の気配りが細かすぎてなんともむず痒い。
エントランスのドアを開け、来客用の扉の前で本田さんを待つ。
チャイムと同時にドアを開け、本田さんとその後ろにあるものに顔が引きつった。
いつものトランクが10個・・・・。
なんだか回を追うごとに増えている。
「こんにちは。
素直に開けてくださるということは、今日は快く受け取ってくださるということでしょうか?」
クスクスと笑う本田さんにチクリと刺される。
「・・・・いろいろ必要なものが多いので。
お金は後日自分で支払います。」
「かしこまりました。」
おや?なんだかあっさり引き下がられた。
ちょっと違和感があるが、わざわざ蒸し返すのもおかしな気がする。
「本日は槙嶋様から『女性が新生活を始めるのに必要なもの一式』というオーダーを受けましたので、一通りお持ちしました。」
そう言って本田さんが開けたトランクの中から大量のものが出て来る。
服に靴やバッグ、アクセサリーなどの小物類。
下着にナイトウェアに歯ブラシ、歯磨き粉。
メイク道具一式とヘアアイロンからシャンプー、トリートメントなどのヘアアイテム。
その他諸々。
流の家になさそうなものがぎっしり詰まっていた。
・・・・うん、これだけ揃ってれば間違いなく何不自由ない生活が出来る。
「こちらの中からお好きなものをお選びください。
ただ、こちらは必ずお受け取りをお願いします。」
そう言って本田さんが出して来たのは、真新しい燕尾服だった。
それを見て思わず小さく歓声をあげる。
燕尾服は私にとって執事の象徴。
たとえお側にいられなくても私は華穂様の執事なのだと、そして流はそれを尊重してくれているのだと感じて胸がいっぱいになる。
「ありがとうございます。」
自然とこぼれ出た言葉に本田さんは首を振る。
「こちらを選ばれたのは槙嶋様です。
どうぞその笑顔は槙嶋様に見せてあげてください。」
「はい。」
「あとはこちらを。」
次に本田さんが出して来たのは携帯電話だった。
薄いパールピンクのカラーはいかにも流好みのデザインだ。
「こちらは槙嶋様のお名前で契約されている携帯電話です。
平岡さんに自由にお使いいただくようにとのことです。」
至れり尽くせり過ぎて、流にはなんと礼をしていいかもわからない。
とりあえず今日の夕食は頑張って作ろう。
本田さんに広げてもらった物の中から必要なものをいくつか選ぶ。
持って来てもらった服は相変わらず流好みのセレクションだ。
うーん・・・・とりあえず3つコーディネート出来ればなんとかなるだろう。
本田さんに見立ててもらってなんとか選ぶ。
・・・・・・・・このスケスケひらひらなナイトウェアや下着は本田さんの見立てだろうか。
流ではないと思いたい。
装飾華美なものを避けて動きやすいものを選ぶ。
あとはメイク道具と・・・・。
そうこうしているうちにあっという間に時間は過ぎ、選んだものは結構な量になっていた。
「全部でおいくらになりますか?」
コーヒーを飲みながら、選んだものの最終確認をする。
「あら、プレゼントの金額は教えられませんわ。」
え"?
「私、最初に自分で支払うって言いましたけど・・・・。」
「はい。
槙嶋様より『絶対に自分で払うというから、不要な遠慮をさせないためにもそこは頷いておけ』と言付かっておりました。」
ああああああ・・・・、そんなとこまで抜かりない!
「あとはこちらも。」
本田さんが出して来たのは選ばなかった服だった。
「本日はお選びにならなかった中でも、よくお似合いだったものを選んでおります。ぜひこちらもお召しください。」
「いや、必要な・・・・」
「収納に困らなければ服は多ければ多いほど良いものです。」
結局、ニコニコした本田さんにそのまま押し切られた。
・・・本田さんには敵う気がしない。
「では、今回のぶんとは別に他に欲しいものがあるんですが、それは私からの注文ということで受けてくれますか?」
「はい、もちろん。」
「では・・・・」
必要なものを伝えて本田さんを見送る。
「先ほどご注文いただいた分は、明日の朝お持ちいたします。」
「お願いします。」
「それからこれは、いつも御贔屓頂いてる平岡さんへのプレゼントです。」
紙袋でラッピングされた何かを受け取る。
「とてもお似合いになると思いますので、ぜひ着てみてくださいね。」
バッチンと大きなウィンクをすると本田さんは去っていった。
似合うということは服だろうか?
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
開けてみて思わず紙袋を取り落す。
そこには選ばなかったはずのスケスケフリフリのナイトウェアが入っていた。
本田さん、何か絶対勘違いしてる!!




