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華穂視点。
お祖父ちゃんに促されてソファーに座る。
話を始める前に扉がノックされる。
扉から入ってきたのは初めてお祖父ちゃんにあった日に車椅子を押してた女の人だった。
茶器を持って入ってきた彼女はわたしとお祖父ちゃんにお茶を入れると、自然な仕草でお祖父ちゃんの斜め後ろに立った。
「さて、お前の結婚のことだったな。」
「はい・・・・。その前にお祖父様、そちらの女性は?」
「こやつのことは気にするな。
お前の執事と同じようなものだ。
わしの身の回りの世話をさせておる。」
女性に視線をやるとぺこりと頭を下げられた。
わたしも軽く会釈を返してお祖父ちゃんに視線を戻す。
「そういえば、お前の執事は逃げたようだな。」
「はい。邸を出たと秀介様から今朝お伺いしました。」
「仕事ぶりは優秀だったが、数日で逃げ出すなど根性はなかったな。」
「・・・・・・・・唯さんは自分で考えることができる人です。
そして、主人のことを一番に考えてくれる人です。
唯さんはここではなく外にいた方がお祖父様やわたしのためになると思ったんだとおもいます。」
「わしのため?」
「はい。お祖父様が数日前、ご自分で唯さんに自分に仕えるようおっしゃったではありませんか。
唯さんの今の主人はお祖父様です。
お祖父様から逃げたりなどしません。」
まっすぐお祖父ちゃんの目を見て断言する。
お祖父ちゃんにつけって言われた時、唯さんはかしこまりましたって返事をしようとした。
それは、唯さんがお祖父ちゃんに仕えることにしたってこと。
そりゃあ、あの空気じゃ断るに断れなかったのかもしれないけど、一度言ったことは必ず守る人だもん。
わたしだけじゃなくてお祖父ちゃんのためにもなることを見つけてくれるはず。
わたしはそう信じてる。
「・・・・・・・・ずいぶん信頼しておるな。」
「はい。わたしがこちらに来てからずっと支えてくれた人ですから。
家族と同じくらい信頼しています。」
「・・・・・・・・そうか。」
お祖父ちゃんは少しだけ何かを考える素振りをした後、わたしに向き直った。
「話が逸れたな。秀介との結婚についてだったか。」
「はい。」
「聞いてどうする。お前に拒否権はないぞ。」
お祖父様の言葉にぐっと奥歯を噛みしめる。
ここで引き退っちゃダメ。
「わかっています。
それでも、ただ言われるまま・・・・流されるままになるのは嫌なのです。
わたしはこちらに来てたくさんのことを学びました。
今もお祖父様の計らいで学ばせてもらっています。
なんのために学ぶのか、それをどう活かしていくのか。
それを考え続けることが、学ばせてくださったお祖父様やお父様、ご教授くださった先生方への恩返しと義務だと思っています。
それに、医師の妻になるのとそれ以外では勉強の内容も変わってくると思います。
そもそもなぜ秀介様なのですか?
秀介様は医師で大病院の嫡男です。
お祖父様ならばわたくしの結婚相手に高良田グループを継ぐ方を選ばれると思うのですが。」
「あやつが望んだからだ。」
「え?」
「裕一郎に奪われた椅子を取り戻すのに協力するように言った時、あやつはわしが提示した条件の他にもう1つ要求してきよった。
それがお前との結婚だ。
秀介は病院の跡取りとして教養はもちろん経営もある程度仕込まれておる。
頭の回転も早い。
わしの後継者としてベストとは言えぬがベターだと判断した。
お前と結婚したら、病院は弟に継がせると言うておる。
何の問題もない。
そもそも要求をのんであやつの協力を得なければ、裕一郎を追い出せぬしな。」
「・・・・相手が秀介様になった経緯はわかりました。
けれど、わたくしとの結婚の前にお祖父様が秀介様に提示された条件はなんですか?
秀介様がお金で動くとは思えないのですが・・・・。」
「ふんっ。金で動く人間など二流よ。
そのような者にわしの後継は務まらん。
わしの後継者に必要なのは、何をしてもグループと高良田家を守り抜くという強い意志と、それができる能力だ。
あやつは裕一郎を引きずり下ろす手伝いをしてでも、病院を守る道を選んだ。
守るべきもののためならば非情な判断も出来る。
わしはあやつのそういうところを買って後継者として認めた。」
お祖父ちゃんの言葉からわかった、秀介さんの言ってた“たくさんの人”。
やっぱり秀介さんにはお祖父ちゃんに協力する理由があった!
お祖父ちゃんへの協力がどう病院を守ることに繋がるのかわかんないけど、それを突き止めれば秀介さんがお祖父ちゃんに協力する理由がなくなる。
「お祖父様のお話、よくわかりました。
わたくしも自分でお祖父様のお話をじっくり考えてみようと思います。」
「殊勝なことだな。
お前と秀介の婚約は、今度行う緊急の取締役会で裕一郎の解任とともに発表する予定だ。
そのあと、取締役との顔合わせにも同席してもらう。
それまでに勉強も見た目もしっかり準備しておけ。」
「・・・・・・・・かしこまりました。」
お祖父様に向かってぺこりと頭を下げて退室する。
時間が・・・・・・・・ない。
ここの主従はお互いに相手を過大評価している模様。




