219
ゆさゆさ
体が揺れる感覚に沈んでいた意識が浮上する。
「こんなところで寝ていたら風邪を引きますよ。」
柔らかい女性の声が聞こえる。
・・・・・・・・。
女性っ!?
がばりと顔を上げると優しく微笑む老婦人の顔。
「紫乃様・・・・?」
「うふふふ。お久しぶりね、唯さん。
また会えて嬉しいわ。」
そうか、今日は紫乃様がくる日か。
「それにしてもこんなところで寝ているなんてどうしたの?
坊ちゃんに部屋はいただいているのでしょう?」
「ご無沙汰しております。
今は流様の執事をしているわけではないので、部屋はいただいておりません。
流様に相談があってお伺いしたのですが、もうご出社された後でしたので、待たせてもらっていました。」
「あら、じゃあ坊ちゃんは戻られるの?
坊ちゃんに会うのも久しぶりねぇ。」
嬉しそうに笑う紫乃様に申し訳ない気持ちになる。
「いえ、流様には何も連絡していないのでお戻りは夜になるかと・・・・。」
『どういうこと?』と不思議そうな顔で紫乃様がこちらを見る。
「実は携帯のアドレス帳が全て消えてしまいまして、連絡が取れなかったのです。
どうしようもないので直接きてしまいました。」
「あらぁ、それは災難だったわねぇ。じゃあ坊ちゃんには私から連絡しておくわ。」
そういうと紫乃様はすぐに電話をかけ始めた。
「お仕事中に失礼いたします。紫乃でございます。
実は今坊ちゃんのお部屋に唯さんが・・・・・・・・、何かご相談があるよう・・・・・・・・あら?坊ちゃん??坊ちゃん??」
携帯を耳から離した紫乃様の顔がこちらを向く。
「切れちゃったわ。」
そういうとそのままクスクス笑い出した。
「坊ちゃんのあんなに慌てた声を聞くのは何年ぶりかしらねぇ。」
「慌てた?」
「えぇ。こちらの話が終わる前に『唯が!?』とか『すぐ戻る!!』って言って電話を切ってしまわれたわ。
本当はそのまま唯さんと電話をかわろうと思っていたのにねぇ。」
クスクスとした笑いが優しい微笑みに変わる。
「やっぱり私の最初の考えは間違っていなかったみたいね。」
最初?
そう言われて紫乃様と初めてお会いした時を思い出す。
たしか、叫ばれて倒れられて、倒れた理由が私のことを流の恋人・・・・・・・・
そこまで思い出して顔が赤くなる。
「いっ、いいえっ!流様とはっ、そのっ・・・・」
流の恋人ではない。
でも、ただの友人というわけでもない。
なんと言っていいのかわからず言葉に詰まる。
「あら、内緒の恋なのかしら。
そういうのも燃えるものね。
若いっていいわねぇ。」
「本当に付き合っているわけではないんです。」
誤解を解かなければならない。
けれど、言葉が出ずに困った顔になる私に、また紫乃様が微笑む。
「付き合っていなくても、あなたが坊ちゃんの大切な方なのは違いないでしょう?」
全てを見透かすような瞳。
私の何倍も生きてきた女性には、全てがお見通しなのかもしれない。
あれだけ『特別だ』と言われて否定できるはずもなく、それでも素直に返事をするのも躊躇われて小さく頷く。
「よかった。
この歳まで生きてきてこんなに嬉しいことがあるなんてねぇ。」
紫乃様が涙が流れるのを止めるように目尻を拭う。
「ごめんなさいねぇ。
ずっとずぅっと坊ちゃんのことが心配だったから、ホッとしてしまって。
坊ちゃんは条件につられることなく、きちんと人を好きになれたんだねぇ。
唯さんみたいなお嬢さんを好きになるなんて、坊ちゃんの見る目が確かでばあやは安心だわ。」
遠回しに褒められて面映ゆい。
「流様は男女問わず本質を見ることのできる方です。
きっとこの先、紫乃様を心配させることはないと思います。」
この一年で流は金銭や身分には変えられない友人を得た。
それの大切さがわかれば、今後それを見失うことはないだろう。
「そうだといいわね。
唯さんがお嫁に来てくれれば一番安心だけど、それは坊ちゃんの努力次第かしら。
今後が楽しみね。」
う・・・・
「さぁ、せっかく坊ちゃんが帰ってくるんだからお昼の準備をしましょうか。
唯さんはお料理できるの?」
「簡単なものならば。」
「じゃあ、お願いしちゃおうかしら。
坊ちゃんもきっと喜んでくれるわね。」
楽しそうに笑う紫乃様の笑顔はどことなく流に似ていて、流が紫乃様になついていたんだろうなと想像できる。
「さぁ、坊ちゃんが帰ってくる前に作ってしまいましょう。」
紫乃様の声に促されて私は台所へ向かった。
ここ数話、糖分がない。
糖分が必要なシーンじゃないんですが、なかなか筆が進まないのは糖分が足りないからではと思う今日この頃。
やっぱ糖分たっぷりの話と唯がたんかをきる(!?)話を書くのは楽しいのです。
さて、本編次回はやっとこさ流登場。
ちょっとは糖分取り戻せるかな。
でも、その前の次回の更新は拍手お礼の予定です。




