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はぁ・・・・・・・・っ
足を止めて大きく息をつく。
そういえば最近持久力系のトレーニングしてなかったな・・・・・・・・。
邸を出て4時間。
休みなく歩き続けた足は悲鳴をあげている。
通勤途中であろうスーツ姿で通り過ぎる人々の視線が痛い。
まあ自分も同じようなものを見れば視線を投げるのだろうが。
源一郎様にすべて没収された私には何もない。
連絡できる携帯も財布も着替えも。
よって移動手段は徒歩しかなく、着ているのはとても目立つ燕尾服。
しかも脱走時にいろいろと無茶をしたためあちこち擦れたりヨレたりとボロボロだ。
注目するなという方が無理だろう。
もうちょっと何か方法は無かっただろうかと自分でも思うが、さすがに華穂様に『お金を貸してください』とは言えない。
空太に会えればもう少し楽になるだろう。
銀鱗軒の裏口の扉のそばでしゃがみこむ。
そこで空太を捕獲して今後のことを相談するつもりだった。
自宅にいっても良かったのだが出勤時間がわからないので行ってもすでにいない可能性がある。
しばらく待ってみて来なければ、通勤経路を遡っていけばいいだろう。
それまではちょっと休憩を・・・・・・・・。
「あれ?」
聞こえてきた声に振り返る。
そこには今出勤してきたであろう銀鱗軒の従業員が立っていた。
「空太の彼女さんのお友達の方・・・・ですよね?」
銀鱗軒に行くときは基本的に私服だ。
周りからみれば友人に見えるだろう。
それにしても華穂様は銀鱗軒の従業員にも彼女としてしられているのか。
空太が惚気たのか、それとも態度でバレバレなのか気になるところだ。
「はい。いつも美味しい料理を食べさせてもらいありがとうございます。
今日は桜井さんに用事があってきたんですが、何時頃ご出勤かご存知ですか?」
私の問いに相手は不思議そうな顔をする。
「空太だったら父親の具合が悪いとかで少し前から休んでますけど・・・・。
聞いてませんか?」
は?
父親って山中先生??
養護施設出身だということを言いたがらない人間は多い。
だから山中先生のことを父親だと言っていてもおかしくはないのだが、それにしても・・・・。
「そうなんですね。
友達にサプライズプレゼントをするのに恋人の桜井さんに協力してもらおうと思って、こっそり来たんです。
ちなみにいつまで休むとか桜井さん本人が言ってました?」
「いえ、自分もオーナーに『しばらく』と聞いただけなんで・・・・。」
「ありがとうございます。
また出直してきます。」
ぺこりと挨拶をしてその場を離れる。
やられた!!
私のところに山中先生が体調不良だという連絡は入っていない。
私のところに来る前にシャットアウトされている可能性もあるが、タイミングがタイミングだ。
十中八九、源一郎様が絡んでいる。
やはり空太の存在を秀介に知られたのは不味かった。
こんな時に頼れるのは1人しかいない。
私は痛む足を叱咤して歩き始めた。
ピッ
静脈と虹彩を読み込ませてエレベーターを呼ぶ。
2度ならず3度もこの鍵を使うことになろうとは・・・・。
エレベーターにのり直通で部屋に入る。
相変わらずスッキリと整えられた広い部屋。
家主の姿はそこにはない。
時刻は午前8時過ぎ。
重役出勤など考えたこともない流はいつも通り早い時間に家を出たのだろう。
さて、どうするか。
ぺたりと床に座って考える。
最初の予定では空太を確保して空太経由で流に連絡を取るつもりだった。
空太がいない今、連絡の取りようがない。
会社の代表番号ならばHPで確認できるが、かけたとしても絶対流までは繋がらない。
このままここで待つしかないか。
無断侵入だがいつでもきていいと言ったのは流だし、怒られないだろう。
ふっと張りつめていた緊張が緩む。
それと同時に疲労と睡眠不足から一気に意識が落ちていく。
こつんと体育座りしている膝にひたいを当てる。
私はそのまま睡魔に身を委ねた。




