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華穂視点
「おはよう、華穂さん。」
「おはようございます。秀介さん」
秀介さんがうちで暮らすようになってから、秀介さんは毎朝、朝食の時間にわたしの部屋にくるようになった。
秀介さんはうちから病院に通勤してるみたいで、早出の時はおしゃべりだけ。
そのほかの時は朝食を一緒に取ってから出ていく。
食欲もないし、今の状態の秀介さんと何を話したらいいかわからなくて、わたしはこの時間が苦痛。
秀介さんは前の優しい秀介さんと何にも変わらなくて、おじいちゃんが出て来たのは夢なんじゃないかって混乱しそうになる。
でも、唯さんがいないことや新しいお手伝いさんを見て現実に引き戻される。
「華穂さん、朝から平岡さんがいないみたいなんだけど、何か知らないかな?」
秀介さんの言葉にドキッとする。
「えっ!?唯さんが??」
驚いた顔、ちゃんとできてるかな。
昨晩、唯さんと話し合って唯さんが出ていくことをわたしは知らないということにした。
いろいろ追及されて余計なことを言わないように。
唯さんも挨拶には来てくれたけど、何処に行くか具体的な場所は出さなかった。
「わたし、あれからずっと唯さんに会ってないんですけど、何があったんですか?」
頑張って、真剣に秀介さんに聞く。
「・・・・・・・・・・・・やっぱり華穂さんは素直で可愛いね。」
「???」
にっこりと笑う秀介さんに戸惑う。
「僕を騙したいならもう少し演技力が必要かな。
でも、そんな可愛い華穂さんが僕は好きだよ。」
かーっと自分の顔が赤くなるのがわかる。
自分ではちゃんとできてると思ってたのにバレバレだったみたい。
あっさり嘘が見破られたことと『可愛い』とか『好き』とかいう言葉に恥ずかしくて秀介さんの顔が見られない。
「可愛い華穂さんが見れたお礼に、今回は騙されたことにしてあげようかな。」
・・・・・・・・恥ずかしいおもいをした成果はあったみたい。
「でもね、あまり無茶をしてはいけないよ。
僕が見逃してあげても、源一郎様がそうだとは限らないからね。
源一郎様は僕よりもっと嘘を見破るのがうまい方だから、逃げられないし、僕も源一郎様相手では庇えない。
そうなった時に辛い思いをするのは華穂さんのまわりにいる人たちだよ。」
「・・・・・・・・お父さんは邸で働く全員を大切にする人でした。
お年玉だって働くみんなへの感謝を込めた新年会だって、高良田家の伝統だって聞いてました。
お祖父様はちがうんですか?」
「・・・・・・・・・・・・お年玉も新年会も源一郎様が当主の時も行なっていたよ。
けれど、源一郎様は厳格な方だ。
主人として使用人に感謝することはあっても、華穂さんみたいに家族のような感覚はないんじゃないかな。
それに利用できるものは最大限利用なさる方だ。
華穂さんの無茶が過ぎれば、十分な支払いを約束して退職ということもあるかもしれない。
平岡さんがいなくなって、仲のいい使用人に去られるのは華穂さんも辛いでしょう?」
「そうですね・・・・。」
うん、これ以上知らない人に囲まれたら辛い。
今だって、唯さんのかわりにお茶を入れてくれるお手伝いさんとのおしゃべりが、唯一ホッとする時間になってる。
でも・・・・
「おじいちゃんがみんなに酷いことする人じゃないって知って安心しました。
みんな、最悪クビになってもちゃんと補償はしてくれるんですよね。
だったら、わたしは平気です。」
えへへっと笑うと、なんだか秀介さんは辛そうな顔になった。
「華穂さんは強いね。
僕にもその強さが少しでもあったらよかったのに・・・・・・・・。」
「え?」
「源一郎様には使用人をクビにしても華穂さんには効果がないって伝えとくよ。
これで華穂さんの心配事がひとつ減ったかな?」
言葉の意味を聞き返す暇もなく、秀介さんはいつもの優しい表情に戻っていた。
「はい。」
「それは良かった。
婚約者としても主治医としても華穂さんの体調管理は僕の役目だからね。
でも、1つだけ忠告しておこうかな。
源一郎様は使用人に酷いことはなさらない。使用人たちの身は安全だ。
けれど、心はどうかな?
華穂さんがみんなを心配するようにみんなもまた華穂さんのことを心配してるんじゃないかな。
そんな時に邸をでなければいけなくなったらどんな気持ちだろう。
そこまで考えて行動するんだよ。」
「・・・・わかりました。」
唯さんの顔が浮かぶ。
お手伝いさんと話しても心配してくれてるのがわかる。
ご飯もわたしが好きなものばかりで、それでいて消化がいいもので、厨房のみんながわたしのために考えてくれたのを感じる。
一番わたしを心配してくれる唯さんは心配しながらも、なんとかするために邸を出た。
それはきっと、わたしのことを信じてくれてるから。
唯さんが戻ってくるまで、わたしだけでも大丈夫だって。
みんなにこれ以上心配かけないためにもみんなには元気なわたしを見てもらわなきゃ。
唯さんが戻ってきたときにがっかりさせちゃう。
秀介さんにも。
「秀介さんは優しいですね。」
返ってきたのは苦笑い。
「本当に優しかったら華穂さんにこんなことをしたりしないよ。」
「いえ、優しいです。
秀介さんはいつ会っても、こんな状態でもわたしを気遣ってくれます。
お祖父様の命令に従って結婚するだけなら、こんなに気を使う必要はないはずです。
それにわたしは秀介さんがここまでくるのにとても悩んでたのを知ってます。
悩んでた内容がまさかこんなことだとは思わなかったけど・・・・。
お祖父様に従うのはなにか理由があるんですよね?
わたしに話してもらえませんか?」
秀介さんはちょっと考えるそぶりをした後、ゆっくりと首を振った。
「話しても華穂さんに重荷を背負わせるだけだよ。
これは僕が背負うものだから、君は知らなくていい。
華穂さんは被害者だ。
父を失い、恋人と引き裂かれた哀れなお姫様。
君は何も考えずにその傷を癒していて。
それを見守るのが僕のせめてもの贖罪だから。」
『ごちそうさま』
秀介さんは手を合わせると、わたしと目を合わさずに部屋を出て行った。




