215
華穂視点。
扉の向こうに唯さんが消えると体を満たしていた怒りの炎が萎んで一気に心細くなる。
ジワリと浮かびそうになる涙をぎゅっと堪える。
ダメダメっ!!泣いてる暇なんかないんだから!!!
“裕一郎様の娘として”
唯さんが言ったのはまだお父さんのためにわたしができることがあるってこと。
“高良田家の直系”じゃなくて、わたし個人でできること。
きっとお父さんだったら、こういう時には全力でみんなを守ろうとする。
わたしのことも、唯さんのことも、他の使用人みんなのことも。
お父さんがいない今、それをするのはわたしの仕事。
お父さんを助けて、みんなを守る。
お祖父ちゃんの思い通りになんてならない!!!
「秀介さん・・・・、どうしてこんなことを?」
まずは目の前にいる人と向き合うことから。
秀介さんが全部知ってるなら取りつく島のないお祖父ちゃんより、秀介さんから教えてもらう方がいい。
「ごめん。でも、こうするしかなかったんだ。」
秀介さんの顔が辛そうに歪む。
「前に華穂さんに『少しの人間の長く続く不幸と大勢の平穏と少しの人間の幸福と大勢の人間の短い期間の不幸だったらどちらがいい?』と聞いたことがあるんだけど、覚えてるかな。」
「!!!」
「源一郎様は止められない。
裕一郎さんには申し訳ないけど、たくさんの人のためにいなくなってもらうしかなかった。
でも、裕一郎さんや華穂さんの周りの人間が不幸になるだけで、たくさんの人が今のままでいられるんだ。
華穂さんの身の安全は保証する。
大人しくしてくれさえいたら、僕が君を守るよ。」
覚えてる。
そう聞かれて、わたしは確かに大勢の人の平穏を選んだ。
けど・・・・っ、長く続く不幸の中身がお父さんを失ってしまうことだなんて・・・・、そんなの聞いてないっ。
「少し待ってて。」
秀介さんは一度部屋を出ると、すぐに戻ってきた。
手に握られてるものは・・・・・・・・
「ゆっくりでいいから僕のことを好きになってくれないかな?」
その言葉と一緒に見せられた箱の中身に驚く。
中に入ってたのは繊細な細工のペンダントとお揃いのピアス。
プラチナの小さな花の真ん中には薄い水色のきらめき・・・・アクアマリンがついている。
『うーん、明るくて優しい感じの人ならアクセサリーだったら大振りのより、ちっちゃくて可愛いデザインの方がいいかも。
誕生石を使ったものも嬉しいかもしれないですね!』
前に、秀介さんの『好きな子にアプローチするための相談』に乗ったときに言った言葉を思い出す。
「いろいろアドバイスしてくれたのにこれしか出来なくて申し訳ないんだけど、今はこれで許してね。
もっと華穂さんが僕のことを好きになってくれたら、いろいろなところに行こう。」
穏やかに笑う秀介さんのことが理解できない。
この状況で、なんでこんなこと言えるの・・・・?
「・・・・っ、こんなことされて、好きになんてなれるわけないじゃないですかっ!」
わたしの言葉に、秀介さんは困ったような笑顔を浮かべる。
「自分でもずいぶん無茶なことを言ってるのはわかってる。
けど、そうしないと辛いのは華穂さんだからね。」
さっきから秀介さんは何言ってるの??
「好きでもない相手との結婚は嫌でしょう?
僕は華穂さんのことが好きだから問題ないけど、華穂さんにこれ以上辛い思いをして欲しくないんだ。」
何を・・・・。
「空太くんのことは諦めて。
彼との結婚を源一郎様は絶対に認めない。
源一郎様にとって結婚は家や会社を繁栄させるためだけのものだから、華穂さんが誰を好きでも関係ないんだ。」
秀介さんの言葉が耳を通り抜けていく。
聞こえてるけど、それを理解したくないとこころが拒む。
「華穂さんの一番の仕事は源一郎様の勧める相手と結婚して後継を産むこと。
それをするまではずっとここから出してもらえない。
それを拒むことができないなら、少しでも相手のことを好きになった方が楽だと思う。」
「・・・・っ、それはっ、わたしの結婚相手が秀介さんだっことですか?」
「うん。
華穂さんにとって僕はお父さんや空太くんを奪った憎い相手かもしれない。
でも、僕にも・・・・そして華穂さんにもそれぞれ背負わなきゃいけないものがある。
だから、僕のことは協力者としてでいいから、好きになる努力をしてくれないかな。
空太くんのこと以外なら、僕はできる限り華穂さんの望みを叶える。
華穂さんが従順なら源一郎様も華穂さんに何もしないし、平岡さんや他のみんなも守れるよ。」
「・・・・っ!!!」
考えたこともなかったことに何も言葉が出てこない。
秀介さんと結婚?
後継を産むことが仕事??
・・・・・・・・もう、空太に会えない・・・・?
「・・・・・・・・ひとりで考えさせてください。」
「そうだね。今日は一気にいろんなことが起こったから疲れてるはず。
ゆっくり休んで。
食事はこちらに持ってこさせるから。」
パタンと秀介さんが出て行く音がする。
泣いちゃダメ。
泣いちゃ・・・・ダメっ・・・・。
「ふっ・・・・っううっ・・・・っ」
泣いたって何にも解決しない。
そんなのわかってるのに涙が止まらない。
わたし、どうしたらいい!?
空太・・・・
お父さん・・・・・
唯さん・・・・・・・・っ
本編うんうん悩んでる間に、いつの間にか拍手御礼のストックが無くなってました。
次は拍手御礼話の交換です。




