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「どういう・・・・ことですか?」
少しだけ険しくなった華穂様の視線が源一郎様に注がれる。
「今の話の流れでわかるだろう。
わからぬのなら、随分察しの悪い娘だ。」
「お父さんに何をしたんですかっ!?」
「不要なものを捨てた。ただそれだけだ。」
「っっっっ!!!」
祖父の口から出てくる実の息子への衝撃的な言葉に、華穂様が息を呑む。
「お前には高良田の娘としての役目がある。
もともと期待しておらんが、愚かな発言でこれ以上がっかりさせるな。」
ギリギリという音が聞こえてきそうなほど歯をくいしばる華穂様の姿に胸が痛む。
「おい。」
源一郎様の視線がこちらにくる。
「お前が華穂付の執事か。」
「はい。」
「秀介から優秀な執事だと聞いている。」
「ありがとうございます。」
「まずは華穂の学習状況を説明してもらおう。」
秀介から普段の華穂様の様子を聞いているのだろう。
源一郎様は華穂様に家庭教師が付いているのを知っているようだ。
学習スケジュールと進捗状況を簡潔に説明する。
「毎日あと1つ勉強を増やせ。
土日の休みもいらん。
マナーを、特に言葉遣いを改めさせろ。」
「かしこまりました。」
言いたいことは山ほどあるが、ここでそれをしても華穂様への風当たりが強くなるだけだ。
今は大人しく従っておくべきだろう。
「華穂の世話は別の人間にさせる。
今日からお前はわしに付け。」
・・・・・・・・そうきたか。
「・・・・・・・・かしこま」
「ダメッ!!!」
返そうとした了承の返事は華穂様によって遮られた。
まるで私を守るように大きく手を広げて、源一郎様の前に立ちはだかる。
「お父さんに酷いことをした人に、唯さんは渡せない。」
「渡さぬ・・・・といったところでどうする。
お前に何ができる?
その執事を雇っていたのは裕一郎だろう。
私が雇わなければそこの執事は雇い主をなくしてクビになるだけだ。
それともお前が雇い直すか?
裕一郎がいくら払っていたかは知らんが、優秀な人物なら月200・・・・いや、300万は固かろう。
お前にそれが払えるのか?」
華穂様の体が微かに震えだす。
仕事への正当な評価として対価は重要なことだが、私はそれだけで華穂様に仕えているわけではない。
華穂様相手なら無償でも、むしろこちらから対価を払ってでもお仕えしたいくらいだ。
震える華穂様の肩にそっと手を置く。
びくり肩を震わせた華穂様が不安の揺れた瞳でこちらを見る。
「私は大丈夫です。
雇い主の命に従い、雇い主のあるべき姿への手助けをすることが執事の仕事です。
私は私の役目を全うします。
華穂様は華穂様のすべきことをなさってください。」
“裕一郎様の娘として”
最後の一言は華穂様にだけ聞こえる声で。
ここまでできることは全てやった。
淑女教育のステータスも万全のはずだし、空太との親密度も問題ない。
あとは華穂様の頑張り次第だ。
離れていてもできることはある。
ここでクビになって追い出される方がずっと問題だ。
絶対ハッピーエンドにする。
その為ならば敵の懐にだって飛び込んでやる。
華穂様のそばから離れて源一郎様に近寄る。
「執事の平岡唯と申します。
よろしくお願い致します。旦那様。」
「ふむ。ちゃんと状況は読めるようだな。
では、報酬に見合った働きを期待している。
もし期待外れのようであれば容赦はしない。
覚悟しておけ。」
「はい。」
尊大に構えるその姿と声にプレッシャーを感じる。
これが数十年巨大グループを率いてきた人物。
象と蟻ぐらいに格の違いを感じるが、負けるわけにはいかない。
正念場だ。
「秀介。」
「はい。」
名を呼ばれた秀介はスッと身を硬くした華穂様のそばを通り過ぎると、テーブルの上に置いてあった華穂様の携帯を手に取った。
「あっ!」
「悪いけど、これは預からせてもらうよ。」
そのまま手に取った携帯を里美さんに渡してしまう。
「わしは少し疲れた。後のことはお前に任せる。
平岡、お前もついてこい。」
「はい。」
こうして、私は源一郎様について華穂様と秀介を部屋に置いたままその場を離れた。




