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華穂様は空太に上手に甘えられているだろうか。
一晩華穂様についていたがずっとうなされていた。
繰り返される『お母さん』『お父さん』という言葉にお母様の死がどれほど辛かったのかを痛感する。
私じゃ足りない。
裕一郎様がいなくなった穴を他の人間が埋めることはできない。
けれども寄り添うことはできる。
それにはずっと華穂様の家族で、これからもっと家族になる空太の方がいい。
そう思って華穂様が目覚める前に電話をかけたら、今日の仕事は遅番だからと飛んで来てくれた。
本来のシナリオ通りならこの時期に空太を邸に入れるべきではない。
それはわかっているがもう今更だ。
進一様の登場であの人が出てくるタイミングはさっぱりわからないし、シナリオには無かった邸での空太の料理修行だってある。
タイミングによっては鉢合わせることもあるだろう。
それを全部警戒するというのは無理な話だ。
大切なのは華穂様に少しでも心穏やかに過ごしていただくこと。
できうる限りのセーフティーネットは張った。
あとは何か起こってから足掻くしかない。
華穂様を空太にお願いしている間に私は私のできることをやる。
先程から私は警備室で監視カメラの記録をチェックしていた。
見ているのは裕一郎様と連絡が取れなくなってからの数日間のものだ。
裕一郎様がいなくなってから普段と違う行動をしている者がいないか。
見慣れない搬入物はないか。
ある映像を見て目を眇める。
少しだけ思案した後、私は警備室を後にした。
コンコンッ
華穂様に部屋のドアをノックする。
「はーい。」
聞こえてくる声がいつも通りであることに安堵する。
空太はしっかり華穂様の支えになっているようだ。
「失礼いたします。華穂様、お茶と電話をお持ちしました。」
私の言葉に華穂様は一瞬顔を歪めるとちらりと空太を見た。
・・・・・・・・これは話してないな。
華穂様の反応から、空太に裕一郎様のことを話していないことに気づく。
空太が来てから1時間は経っている。
時間がなかったわけではなく話す気がないのだろう。
大方、高良田家だけの話だということを気にしているのだろう。
「華穂様、そろそろかけませんとまたあちらからかかって来てしまいます。」
「あぁ・・・・、うん・・その・・・・そうなんだけど・・・・。」
空太を気にするような仕草をする華穂様に空太の機嫌が急降下していく。
「俺に聞かれたら困る電話なのか?」
あからさまに不機嫌な声に『いや・・・・えっと・・・・そのっ』っと華穂様がオロオロし始める。
・・・・・・・空太が一番まともなんだけどなぁ。
常識人だし対人能力も高いのに嫉妬深いのだけが玉にキズだ。
これで心が広ければ完璧なのに。
今回に関しては気を利かせて『電話が終わるまで部屋の外に出てる』なんて言われると困るのでその嫉妬心もありがたいが。
「華穂様、昨日の私の言葉を覚えていますか?」
「え?」
オロオロしていた華穂様がこちらに視線を向ける。
「華穂様にとって空太様は、私以上に私の言葉が当てはまる方ではありませんか?」
困惑した空太の横で華穂様が決心をした顔をする。
そこから華穂様は涙を堪えながら裕一郎様についての話をした。
最初こそ驚いていたものの静かに話を聞き終えた空太は強い目をしていた。
頼もしい。華穂様を守る顔だ。
「頑張ったな。」
ぽすんと空太の手が華穂様の頭に乗る。
「辛いのに言われたことをちゃんと守ろうとしたんだな。
真面目で頑張り屋なお前らしいよ。
お前のそういうところもいいところだけど、お前が無理してると俺も唯さんも気が気じゃねぇんだ。
だから俺たちになんでも話せ。
俺も唯さんも何があってもお前の味方だ。」
涙がこぼれないように顔をくしゃくしゃにしながら懸命に頷く華穂様とそれを優しく見つめる空太。
久々に見るスチルに出て来そうな光景に胸が暖かくなる。
ふと、流のことを思い出した。
辛いときに慰めてくれる暖かい手。
それはとても心強く、安らぎをくれる。
たとえ直接力になれることがなくても、その暖かい手で、そばに居てくれるだけで強くなれる。
あの時の私と同じように、華穂様も空太に支えられて強くなる。
私の主人は優しくて可愛くて強い、惹かれずにはいられない人だから。




