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華穂視点。
『華穂、ごめんね。あなたを1人にしてしまって。』
「大丈夫だよ。もうわたし中学生だから。
もともと掃除も洗濯もしてたし、1人で家のこと全部できるよ。」
『強い子に育ってくれてお母さん嬉しいな。』
「お母さんの子だからね!」
ううん、ほんとは全然強くなんてないの。
置いて行かないで、ひとりにしないでって泣き叫びたい。
でも、そしたらお母さん困るから。
骨と皮だけになっちゃった細い腕。
お母さんにこれ以上心配させたくない。
・・・・・・・・一緒にいられる残り少ない時間は笑ってて欲しい。
痩せ細ったお母さんの姿はかき消えて元気だった頃のお母さんになる。
その隣にはお父さん。
ふたりで仲良く微笑み合ってる。
見たことがない、けど、ずっと見たいと思ってた光景。
「お父さん!お母さん!!」
それが嬉しくてふたりに向かって走っていくんだけど、ちっとも近づかない。
それどころかふたりともこっちに背を向けてどんどん離れて行っちゃう。
「待って!!!!!」
・・・・・・・・自分の大声で目が覚めた。
心配そうに覗き込む唯さんの顔。
夢だった・・・・けど、夢じゃなかった。
お父さんが行方不明だなんて夢だったらよかったのに。
唯さんが差し出してくれた水をコクリと飲む。
唯さんは気を使ってくれてるのか、何も聞かない。
「お父さんについて、連絡は?」
無言で唯さんは首を振る。
「そっか・・・・・・・・。
ごめんね唯さん。そばにいてくれてありがとう。
もう大丈夫だから部屋に戻って。」
よく見たら唯さんの目の下にクマができてる。
きっと寝ないでそばにいてくれたんだ。
「ありがとうございます。
少し用事を済ませてから戻ります。
朝食は少しでも召し上がれますか?」
首を振る。全身だるいし食欲も全然ない。
「かしこまりました。
では、私が戻ってから進一様に電話をかけましょう。
それまでもう少しお休みください。」
綺麗なお辞儀をして部屋を出る唯さんを見送るとベッドに潜り込む。
さっき見たのはただの夢。
不安になったからあんな夢見ちゃっただけ。
そう思いたいのにじわじわ涙が溢れてくる。
お母さんの命が残りわずかだと知って、毎日胸が張り裂けそうに痛かった。
でも、お母さんに笑ってて欲しかったから毎日頑張った。
ずっとそばにいたいのを我慢して休まず学校にも行ったし、1人で生活していけるように家事もちゃんとやった。
・・・・・・・・・・・・今度は誰のために頑張ればいいの?
親はいつか自分より先にいなくなる。そんなのわかってる。
でも、こんなに突然なのって、ない。
まだ何も心の準備ができてない。
こんなんじゃ笑えない。
まだお父さんが死んだって決まったわけじゃないのに悲観的な想像ばっかり出てくる。
進一様に電話するのが怖い。
全てを遮るようにすっぽりと掛け布団をかぶって亀のように丸くなる。
いい知らせ以外何にも聞きたくない。
ポンポン
びっくりした!!
痛くなかったけど、突然布団の上から叩かれて軽く体が飛び跳ねた。
・・・・・・・・布団から出なきゃ。心配させちゃう。
そう思うのに体はいっこうに動こうとしない。
ポンポン
一定のリズムで叩かれるのが気持ちいい。
お母さんにトントンされてるみたい。
唯さんに心配かけてるなぁ。
それはわかってるけど、もうちょっとだけ・・・・。
「布団から顔出せないほど具合悪ぃのか?」
んん!?
慌ててばさりと布団から出る。
「ななななななんで!?」
なんで空太がっ!?!?
「唯さんから今朝電話もらったんだよ。
お前が体調崩してるから見舞いに来て欲しいって。
熱は・・・・無いみたいだな。」
大きな掌がわたしのおでこを包み込む。
あったかい。
それだけで涙が出て来た。
「ううっ・・・・・・・・。」
「はっ!?ちょっどうしたんだよ!?!?
泣くほど腹が痛いとかか!??」
オタオタする空太になんとか言わないと行けないけど、次から次に涙が出て来てそれができない。
「うっううっうぇぇぇぇん!!!」
子供のように泣きじゃくるわたしを空太はぎゅっと抱きしめてくれる。
わたし、ずっと泣いてばっかり。
「あー・・・・・・・・よくわかんねぇけど、泣きたいんだったら好きなだけ泣けよ。
落ち着くまでそばにいてやるから。」
困ったような、でも優しい声でそう言ってくれる空太にまたホッとしてまた涙が溢れる。
わたしは空太にしがみついて泣き続けた。




