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「お父さん!!」
そう華穂様が叫んで飛び起きたのは夜中に近い時間帯だった。
「気がつかれましたか。どこか具合の悪いところは?」
「あ、あれ・・・・?わたし・・・・。」
「進一様との会話の最中に倒れられました。覚えていらっしゃいますか?」
「あっ・・・・」
その時のことを思い出したのか大きく目を見開いた華穂様はカタカタと震え始める。
「し、進一様は・・・・?」
「華穂様がお目覚めになられたら連絡するとお約束して、お帰りいただきました。
2度ほど心配をされてお電話をくださいました。」
「そう・・・・。」
布団の縁を掴んでいた手がキュッと握りしめられる。
「・・・・・・・・進一様に何か嫌なことをされましたか?」
華穂様は無言で首を振った。
「・・・・・・・・では、裕一郎様のことですか?」
先ほどもそうだが意識を失っている間、華穂様は何度かうなされて裕一郎様のことを呼んでいた。
華穂様の口から言葉は出てこないが、目にはみるみるうちに涙が溜まっていく。
そっと震える手を包み込むように自分の手を添える。
「華穂様、私は華穂様の親族ではありません。
けれど、進一様よりも遥かに華穂様のことを大切に思っております。
高良田家の親族のみのお話を口外して華穂様の害になるようでしたら、決して口外いたしません。
私は華穂様を裏切りません。
ですから、どうか話していただけませんか?」
溜まりに溜まっていた涙が、華穂様の目から零れ落ちる。
「おとう・・・・さんがっ・・・おとう・・・・さんがっ」
「はい。」
つっかえながら話す華穂様を宥めるように背中をさする。
「行方不明になったって・・・・!!!」
華穂様が進一様から聞いた話によると、華穂様のメッセージに返信がつかなかったあの日、裕一郎様はオランダに滞在中で朝ホテルの部屋に秘書が迎えにいくと姿がなかった。
争った形跡などは無かったが携帯も財布も服も全部残されていて自分で部屋を出ていったとは考えにくい状況。
すぐに秘書は副社長である一臣様へ連絡し、混乱を避けるためにこのことは一部のグループで重役を占める親族のみに知らされ、表向きは通常の出張になっている。
地元警察に極秘捜査をしてもらっているが、今のところ一切手がかりがない状態らしい。
出張期間が終わる今日までに見つけだして華穂様に知らないうちに全てを終わらせようと思っていたが、それができなかったので進一様が知らせに来たらしい。
「どう・・・・しよっ・・・・どうしよう!!」
堰を切ったように泣きじゃくる華穂様を抱きしめる。
少しでも落ち着くように。涙が止まるように。
なんで進一様が・・・・。
“裕一郎様が行方不明”
これ自体はゲームのイベント内容と同じだ。
こうなることはわかっていた。
ただ、これを伝えに来るのは進一様ではなあの人の役目だった。
高良田家の親族も私と同じイレギュラーな存在だと思っていたが違うのだろうか。
それに本来の役目をするはずだったあの人はどうなっているのだろう。
まさか出てこない・・・・なんてことがあるとは思えないが、今まで以上に気を引き締めて掛からねばならない。
「私、あっちにいく。」
落ち着いた華穂様の第一声はそれだったよ
「いけません。」
「なんで!?お父さん探さないと・・・・っ。」
「華穂様、オランダ語は話せませんでしたよね?」
「そっ・・・・それは、そうっ・・・・だけどっ」
納得いかないという表情の華穂様を諭す。
「あちらにいけば日本に居るよりは情報は早く入るでしょう。
しかし、華穂様ご自身でお探しになるのでしたら足手まといになるだけです。
土地勘も言葉も通じない華穂様がどうやって探すのですか?
通訳や案内の人間をつけるくらいでしたら、その人数地元の方に捜索を頼んだ方が効果的です。」
不満げな顔が言葉を重ねるにつれうな垂れていく。
「それにまだ確定ではありませんが仮のこれが事件だった場合、犯人の狙いが裕一郎様だけとは限りません。
華穂様が狙われる可能性もないとは言えないのです。
もちろんどこに行かれても全力で私がお守りします。
けれど、セキュリティのしっかりしたここで空太様や使用人達に囲まれていた方がより安全なのです。」
「わかった。」
すっかりうな垂れてしまった華穂様をベッドに寝かせる。
「眠れないかもしれませんが、少しでも横になって体を休めてください。
私はこちらに控えております。
もう遅いので進一様への電話は明日にしましょう。
捜査についても何か聞けるかもしれません。」
「うん・・・・。ねぇ、唯さん。」
「はい。」
「そばにいてくれて、ありがとう。」
「・・・・ずっとおそばにおりますので、ご安心ください。」
「うん・・・・」
やはり負担が大きかったのか、あれだけ眠っていたにもかかわらず程なくして華穂様は眠りについた。




