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「うーん。」
「どうなさいました?」
ソファーに座って携帯を睨んでいる華穂様に声をかける。
「お父さんから返事がないの。
いつもならもう来てるはずなのに。」
「いつ送られた分ですか?」」
裕一郎様は一週間前からヨーロッパへ出張に行っていた。
ヨーロッパの提携先を複数訪問するということで、あちこちの国を移動中だ。
相思相愛の華穂様親子は毎日メッセージのやり取りをしている。
「今朝。」
「朝、お時間がなくてメッセージに気付かれずお仕事に入ってしまわれたのかもしれませんね。」
ヨーロッパとの時差は約9時間。
寝ている時にきていたメッセージに気づかず仕事に行き、相手方と話が弾んで携帯を見る時間がないのかもしれない。
「そうかなぁ・・・・。」
華穂様は釈然としない顔で携帯をポケットにしまった。
次の日もその次の日もメッセージへの返事はなかった。
返事どころか、華穂様からの新しいメッセージにも私が送っている毎日の報告にも既読がつかない。
「ねえ、絶対変だよ!!
お父さんが全然スマホ見ないなんて!」
「そうですね。会社の方に一度問い合わせてみましょう。裕一郎様に繋がらなくても秘書の方が付いているはずですから、状況が聞けるでしょう。」
華穂様の前で社長秘書室への直通番号へかける。
話を聞いてみたが、日本に残っている秘書の話は『特に変わった報告は受けていません。同行の秘書からは予定がつつがなく進んでいると連絡を受けています。』ということだった。
念のため同行の秘書の電話番号を聞いて話を終える。
「唯さん、早くかけて!!」
切羽詰まった顔をしている華穂様に思わず頷きそうになるのをグッと堪える。
「落ち着いてください華穂様。
向こうは今夜中の3時です。
電話をかける時間ではありません。」
「でも・・・・・・・・っ」
「秘書の方に繋がったとしても時間が時間ですので、裕一郎様までは繋がらないでしょう。
それでしたら、向こうが朝になるまで待って裕一郎様と直接お話した方が安心できるのではないですか?」
「・・・・・・・・わかった。」
渋々といった様子で諦めた華穂様に安堵すると同時に、胸がチクリと痛む。
おそらく裕一郎様への連絡は繋がらない。
最後のイベントが始まったのだ。
結局、5時間後に電話をかけたが裕一郎様どころか秘書にすら繋がらなかった。
華穂様の落ち込みようは見ているだけで胸が痛くなるほどで、なんとかしてあげたくなる。
「華穂様、明日が裕一郎様のご帰宅の予定日です。
それに間に合わないようであればきっと会社の方にも連絡があるはずなので、きっと大丈夫ですよ。」
口だけの励ましの言葉が上滑りしていく。
それがわかっていても今私にできることはこれくらいしかない。
「・・・・うん。
ごめん、ちょっと具合が悪いから休むね。」
華穂様の目の下には大きなクマができている。
裕一郎様と連絡が取れなくなってからあまり眠れていないようだった。
「かしこまりました。今日の予定は全てキャンセルしておきますので、ゆっくりとお休みください。」
「ありがとう。ごめんね。」
うな垂れたまま寝室に向かう華穂様の背中を、自分の無力を痛感しながら見送った。
裕一郎様に関しては何もできないけれど、なんとか華穂様を元気付けられないだろうか。
空太に連絡する?でも、なんと言って??
裕一郎様と連絡が取れないことを空太に話していいものか。
話すことで今後の展開に影響はないのか。
仕事をしつつもずっと同じことが頭のなかをまわっていて答えが出ない。
「・・・・おかさん、平岡さん!!」
「はい!?」
考えに没頭していてお手伝いさんの声が聞こえていなかった。
「大丈夫?なんだか深刻な顔してたけど?」
「すみません、少し考え事をしてました。」
邸の人々には裕一郎様と連絡が取れないことは伝えていない。
普通に出張中だと思っている。
「華穂様にお客様がいらっしゃってるんだけど、やっぱりお会いするのは難しいかしら。」
「お客様?」
「進一様よ。この間お会いできなかったから、またいらっしゃったのかしら。」
なんでこんなタイミングで・・・・・・・・!!
お引き取りいただきたいところだが、主家の親族相手に門前払いもできない。
「わかりました。一度私が話を聞いてみます。」
活動報告にお詫びとお知らせを載せています。
よろしければご覧ください。




