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私は隼人の『素敵な彼氏さん』発言の直後からさりげなく秀介の様子を伺っていた。
発言を聞いた後もこれといって驚いたり悲しんだりしている様子はない。
・・・・・・・・恋人の存在はすでに知られていた?
それとも私がいない間に気づいたか。
「毎週会ってるのに華穂さんに恋人がいたなんて初耳。
教えてほしかったな。」
これは惚けているのか本音なのか・・・・。
「だっ、だって・・・・その・・・報告とかって惚気てるみたいで恥ずかしいじゃないですかっ!」
「そうかな?
でも、女の子って恋の話は好きでしょう?
患者さんからもよく相談を受けるよ。」
・・・・・・・・それは秀介がアピールされてるだけなんじゃぁ。
「メンタルケアも医者の仕事だからね。
悩みや心配事があれば僕に相談してね。
恋の悩みも歓迎だよ。
コックコートを着ていたけれど、桜井くんはこちらのお屋敷で働いてるのかな?」
「いえ、普段は銀鱗軒っていう洋食屋さんで働いてるんですけど、うちの料理長に料理を教わってて、休みの日とかこういう人手が必要な時は勉強を兼ねて手伝いに来てくれるんです。」
「僕はいったことがないけれど、銀鱗軒は美味しいっていう評判は良くきくよ。」
「はい!オムライスがとってもオススメなんです!!
ふわふわとろとろで、とーっても美味しいんです!
あ、今度一緒に食べに行きますか!?」
「オムライス・・・・、俺も食べに行きたかったです。」
「ふふふ、隼人くんは日本に帰って来たときに一緒に行こうね。
雛ちゃんたちもきっと喜んでくれると思う。」
和気あいあいとした会話。
秀介にも変わった様子は見られない。
「何、気にしてんの?」
耳に吹き込まれるささやき声に飛び上がらんばかりに驚く。
「い、一弥・・・・」
び、びっくりした・・・・。
一弥のささやきは不意打ちだと本当に心臓に悪い。
「邪魔しないでって・・・・・あ。」
そうだ。
一弥には秀介はどう見えるのだろう。
一弥は表情を読むのに長けている。
私の気づかないものに気付くかもれない。
「秀介様を見てて。」
顔は前を向いたままで、一弥だけに聞こえるボリュームで告げる。
それだけで伝わったのか、一弥が離れるのを感じた。
途中でデザートにつられてエビフライを持ってくるのを忘れていた雛ちゃんが戻って来たり、隼人がチームメイトに浴びるほどお酒を飲まされたりとどんどん賑やかになっていき、宴もたけなわといったところでお開きになった。
自然と散らばっていた攻略対象者たちが華穂様のもとに集まってくる。
「おい、隼人、大丈夫か?」
ぐでんぐでんの隼人を一弥が支えている。
「すいません、一弥さ・・・・うっ。」
「隼人くん、部屋で休む?準備してもらおうか??」
「ごめんなさいねぇ、迷惑かけて。
大丈夫よぉ。もう連れて帰るからぁ。」
息子の醜態に母は眉を顰めている。
「平岡さん、五苓散とスポーツドリンクあるかい?」
「はい、準備してもらいます。」
「では、若宮選手はそれを飲んで、今日は水分をたくさんとってゆっくり休んでくださいね。」
「はいぃぃぃ。」
「もぉ・・・・こんなんで海外なんてやっていけるのかしらぁ。」
「隼人くん優しいから、きっとお酒断れなかったんです。
大目にみてあげてください。」
「最後の締めの挨拶もこんなぐでんぐでなのに気合い入れて頑張ってたしねぇ。
酒のせいか緊張もしてなかったし、隼人にしちゃ上出来だったんじゃないの?」
「それもそうねぇ・・・・。」
ぷりぷり怒る隼人母をみんなで宥めている間に薬がやってきた。
コップにドリンクを注いで、薬を近づける。
「隼人様、コップ持てますか?」
隼人に手渡そうとするが、どうにも危なっかしい。
「隼人様、飲ませますから少し顔をあげてください。」
支えている一弥のこめかみがピクリと動くが気にしない。
大目にみるといったばかりなのに忍耐が足りない。
なんとか隼人に薬を飲ませると、隼人はふぅっと息をついた。
「こんな状態ですいません・・・・。
きょ・・・うっ・・は、本当にありがとう・・・・・・ございました。」
「隼人くん、無理しなくていいよっ」
「いえ・・・・、言わせてください。
俺、頑張って・・・・きます。
だから、見ててください。
いつか世界のトッププレイヤーだって言われるようになってきます。」
酔って気が大きくなったのだろうか、隼人にしては強気な発言に自然に拍手が沸き起こる。
「うん!頑張って!!
今の言葉、お父さんもすっごく喜んでくれると思う!
隼人くんの世界での活躍、絶対見に行くから!!」
「はい。ありがとうございます。」
華穂様にふんわりとした笑顔を返した隼人の顔が一気に歪む。
「うっ・・・・吐く・・・・っ」
「はぁ!?待て隼人!!」
「せせせせせ洗面器〜〜〜〜〜〜!!」
こんな感じで騒々しくも賑やかに見送られ、隼人はドイツへと旅立っていった。




