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「お待たせいたしました・・・・・。」
おずおずと応接室の中に入る。
ソファーにかける流と目が合うと、その顔が一瞬して花がほころぶような笑顔になった。
「お前は本当になんでも着こなすな。贈った甲斐がある。」
「あ、ありがとうございます・・・・・・・・。」
手離しの賞賛に、なんと返事をしていいのか困る。
これは華穂様の腕で表現されているものであって、私自身の力で着こなしているわけではない。
こちらの困惑など気にせず、手を取られて応接室を出ると車に乗せられた。
この後どこに行くのだろう。
車がついた先は、立派な外観の店だった。
「流様!この格好でこの店には入れません!!」
そこは大物政治家が海外からのお客様をもてなすのにも使うことがある一流フランス料理店だった。
「気にするな。その格好もよく似合っていると言っただろう。」
「そういう問題ではありません!!」
一流の店。もちろんドレスコードがある。
流の出現に驚きすぎて、頭が回ってなさすぎた。
着替える前に行き先を聞いていれば、ちゃんとそれに相応しい格好をしてきたのに。
言い合っている間に車は玄関に着く。
制服を着たドアマンがドアを開けてエスコートしてくれる。
ああぁぁぁぁぁぁ、今更降りませんなんて言える空気じゃない。
トレンチコートはドレスコードに引っかからないのでドアマンは何も言わない。
流は車の鍵をドアマンに預けると、私に腕を差し出しエスコートして歩き出した。
どうしよう。なぜ流は根拠のない自信があるのだ。
これでコートを脱いだ瞬間、やんわり断られたら私はまあいいとして、流に大恥をかかせることになる。
流ともなればこういう店も頻繁に使うはずで、恥をかかせて今後に差し支えるようなことになってはならない。
いっそ何か派手に服を汚して入れなくなってみるとか?
それともわざと転んでヒール折ってみるとか・・・・・・・・・。
何かないかとキョロキョロ視線を彷徨わせていると、隣から押し殺したような笑い声が聞こえてくる。
「気にするなと言っているだろう。
今日は個室を取ってある。
お前のコートの中を見るのは俺だけだ。」
いや、ドレスコードは個室だと許されるというものではない。
怪訝な私の表情に補足説明が入る。
「この店のモットーは『様々な人間に美味い料理を』だ。
本当ならドレスコードなど設けたくないらしいが、ここは上流階級の接待でも使われる。
ドレスを着た人間とジーンズを履いた人間が同じ空間にいれば、無駄な軋轢や劣等感を産む。
それを防ぐためにドレスコードを設けたとオーナーが言っていた。
よって他人の目を気にする必要のない個室ならよほどの格好でない限りどんな格好でもいいらしい。
わかったか?」
「はぁ・・・・・・・・。」
わかるにはわかったが、だったら先にそれを教えておいてほしい。
車内からここまで挙動不審な私を何も言わずに見ていたのかと思うと、ついつい怨みがましい視線を向けてしまう。
「そうむくれるな。
ここの料理は本当に美味いから機嫌を直せ。」
個室に案内されてギャルソンにコートを渡すが、確かに何も言われなかった。
席に座りメニューを渡される。
もうコースを頼んであるようで今日出てくる料理だけが書かれていた。
お酒も飲まないと伝えてあるのか、ソムリエは来ず炭酸水を供される。
「お前の酔った姿を高良田社長や桜井に見せるわけにはいかないからな。
お前が今日、家に泊まるというなら俺のイチオシを呑ませてやるが。」
「・・・・お言葉だけ、有難く頂戴いたします。」
目が覚めて目の前に流がいるなんてドッキリ一度で十分だ。
「どれも凄く美味しいです。」
料理は流のいうとおりとても美味しかった。
バレンタインの特別コースなのか、随所にハートが飾られていて見た目も楽しい。
・・・・・・・・カップルではないのにハートというのに若干のプレッシャーを感じるが。
「気に入ったか?」
「えぇ、とても。」
「少しは気が晴れたか?」
え?
思いもよらぬ言葉に思わずマジマジと流の顔を見る。
「元気がなかっただろう?少しはマシになったか??」
・・・・・・・・よく・・・・見てるなぁ。
確かに進一様の件があってから気分が落ち込んでいた。
けれど表面には出していなかったはずだ。
現に華穂様は何も言わなかった。
「よく気がつかれましたね。」
「立場上、人間観察は得意だからな。
他ならぬお前のことならば尚更だ。」
こういうところもまたトップに立つ者の実力なのだろう。
あとは年の功・・・という年齢ではないが、経験の差か。
その観察結果が俺様対応により反映されないのが面白いといえば面白いが。
「話くらいなら聞いてやる。」
弱っている心に流の言葉が優しく響く。
口調は俺様なのに。
「ちょっと・・・・仕事で失敗してしまいまして。
少し落ち込んでいたんです。」
あの時もっと上手く対応できていれば、裕一郎様のお心を騒がせることも、次の進一様の訪問を止めることもできたのではないだろうか。
今日の対応は裕一郎様に問題を丸投げし、先送りしただけで何も解決していない。
今でも何も思いつかないけれど、何かあったのではないかという思いがずっと胸の奥に凝っていてモヤモヤしている。
中身を話すことはできないけれど、例えばあの場にいたのが流ならば何か策があったのではないだろうか。
自分の力不足が苦しい。
それを流に読み取られたのかもしれない。
「無駄だな。」
ばっさりと切り捨てた言葉に、私は固まった。




