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『これ以上ここにいると我慢できそうにないから』



そう不穏な言葉を残して一弥は帰っていった。

我慢・・・・・・・・たしかにわがまま放題ではなくなったと思うが、頑張って我慢しているということだろうか?

・・・・・・・・考えても仕方ないことを深く掘り下げるのはやめよう。






「平岡さん、大変!!」


慌てたようにお手伝いさんが駆け寄ってきたのは昼遅く・・・・夕方に差し掛かろうという時間だった。



「どうしました?」


「し、進一様がいらっしゃったの!」


「は?」



進一様??



「進一様って、あの進一様ですか?」


「そう、辰二郎様の孫の進一様!!」


「なんでまた・・・・・。」



訪問の約束など無かったはずだ。



「それが近くに来たからご挨拶にって・・・・。」


「 ・・・・・・・・わかりました。私が対応します。応接室ですか?」


「えぇ。」



私はお茶の準備を頼んで急いで応接室に向かった。






「失礼いたします。」



応接室のソファーで待つ進一様の隣には何故か大きな花束が置いてあった。



「進一様。先日は新年会への参加、ありがとうございます。

申し訳ございません。

本日当主は不在でして、ご用件は僭越ながら私がお伺いいたします。」


「こちらこそ先日はお世話になったね。

裕一郎様がいらっしゃらないのはわかってるよ。

今日は華穂さんに会いに来たんだ。」



・・・・・・・・華穂様?



「申し訳ございません。

華穂様も本日は外出なさっておいでです。」


「そうなの?

平日は家で家庭教師つけて勉強してるって聞いたんだけど。」



・・・・誰に聞いた。


内心警戒レベルをあげながら顔には出さぬよう受け答えをする。



「普段はそうなのですが、本日は別の予定がありまして。ご足労いただいたのに申し訳ございません。」


「いやいや、いないんなら仕方ないね。

華穂さんにはまた会いにくるよ。

これ、手土産。華穂さん渡しておいて。」



そういってテーブルの上に乗せられたのは花束ではなくお菓子の包みだった。



「じゃあ残念だけどひとりで源一郎様のお見舞いをしようかな。案内してくれる?」



動揺が顔に出そうになるのを抑える。

この場をどう切り抜けるべきか・・・・。



「源一郎様ですか?」


「えぇ、お正月もお会いでき無かったですから。」


「かしこまりました。可能かどうか確認をとって参りますのでしばしお待ちくださいませ。」



遅れてやって来たお手伝いさんにお茶の給仕を頼むと、私は電話をかけるべく退室した。




ドクドクドクドク



心臓が嫌な音を立てる。

どうしたらいい?

裕一郎様からは何も聞いていない。

私が勝手・・に知っているだけで。



お願いします。出てください・・・・!!



必死の思いでかけた電話に裕一郎様は出てくださった。

それだけで少しだけ動揺が治る。



『もしもし?唯くん?』


「お仕事中に申し訳ございません。裕一郎様。

今、お時間大丈夫でしょうか?」


『・・・・何があった?』



私の深刻な声に裕一郎様の声音も変わる。



「実は今、進一様が邸にいらっしゃっているのですが、源一郎様のお見舞いに来たとおっしゃっておらるのですが・・・・・・。

対応のご支持を仰ぎたくお電話いたしました。」



なんのことだか皆目わからない。


という風な声を出す。

裕一郎様にとって私は何も知らない存在のはずだから。


しばしの沈黙の後、固い声で返事が返ってくる。



『進一くんには、父は具合が悪く会うことができないと伝えなさい。

華穂は今出かけているね。

このことは絶対に華穂には言わないように。』


「かしこまりました。

進一様はまた華穂様に会いに来るとおっしゃってます。

進一様の来訪については報告しても?」


「・・・・・・・・あぁ、必要最低限だけでいい。

詳しいことは君にも華穂にも時期が来たら話す。」


「かしこまりました。」



執事は詮索せずに黙って主人の意向に従うのみだ。

・・・・・・・・たとえその秘密を知っていても。



固い空気の通話を切り、私は気合を入れて進一様の元へ戻った。




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