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「おかえり〜。」
なんとなく恥ずかしくて、お菓子を背中に隠したまま客間に入る。
「華穂ちゃんが言ってたものあった?」
「う、うん・・・・。」
そのまま渡すだけなのに、なぜだか緊張してお菓子を前に出せない。
「どうかした?」
不思議そうな顔をして一弥がこちらを見ている。
そりゃあ不思議だろう。
自分に渡すものを取りに行ったはずなのに、取りに行った相手は物を渡さずに挙動不審なのだから。
「だ、大丈夫!なんでもないから!!その・・・・・・・・っ」
今手に持っているお菓子は華穂様からの頼まれ物!
私が渡すものじゃない!!
仕事仕事!!
「これ、華穂様から!!」
そういうことにして思い切って差し出す。
華穂様からの贈り物のはずなのに恥ずかしくてぎゅっと目をつぶり俯いたまま渡してしまう。
・・・・・・・・・・・・反応がない。
恐る恐る目を開いて一弥の顔を伺う。
・・・・見事なまでの無表情だった。
これは予想していなかった反応だ。
喜んでくれるか、もしくは義理チョコであることを怒られるかの二択だと思っていた。
いや、華穂様からという名目だから義理で当然なんだけど。
「あの・・・・一弥?」
私が声をかけると一弥は一瞬にして表情を切り替え、ニコッっと笑った。
見事なまでの好青年の爽やかスマイル。
・・・・これは誰だ?
一弥を知っている人間が見たら胡散臭いことこの上ない。
「ありがとっ。華穂ちゃんには後でお礼のメッセージしとくね。」
「あ、うん・・・・。
それ、隼人様の分はないから、グループメッセージじゃなくて個別で送ってね。」
「そーなの?
それを聞くと逆に自慢したくなっちゃうねぇ。」
「お願いだから潔く諦めようとしてる隼人様の傷口に塩を塗り込まないで。」
「そう思うんなら、隼人の分も準備してやりゃ良かったのに。」
「・・・・・・・・振られた相手からの義理チョコってトドメ刺しに行ってない?」
「どうかなぁ。」
一弥はまだ好青年スマイルで笑っている。まるで貼り付けたように。
「人それぞれだとは思うけど、ケリをつける覚悟してる隼人なら嬉しいかもね。」
今日の私の目はおかしいのかもしれない。
笑っているはずなのにやっぱり一弥が泣きそうに見える。
「・・・・・・・・一弥は?一弥は・・・嬉しい?」
その顔に、問うてはいけないことを問うてしまった。
「俺?そりゃあ唯ちゃんから貰えるものだったらなんでも嬉しいよ。」
ニコニコ笑いながら言われる軽い口調では、それが本心なのかはわからない。
それでも、嘘でもそうだと言うのなら。
「じゃあ、それ・・・・私からの分も入ってるから。」
恥ずかしさから俯いて小さな声で呟くように伝える。
「ん?ごめん、よく聞こえなかったんだけど。」
「だから!それっ・・・・私の分も入ってるから!!もちろん義理だからね!!!」
もうヤケクソだ。
ケンカを売るような勢いで言い放つ。
キッと睨みつけた一弥は笑っていた。
今度は憂いも皮肉もない・・・・私が望んでいた笑顔だった。
「ありがとう。すごく嬉しいよ。」
「・・・義理だっていったからね。」
「義理でも嬉しい。」
自分が望んだ笑顔なのに、眩しくて見ていられない。
赤い顔をしたまま再び俯くと、暖かい手が頭にのった。
そのまま優しく撫でられる。
・・・・・・・・なんなんだ。今日の一弥は。
今までこんなことはなかったはずだ。
・・・・・・・・調子が狂う。
しばらくされるがままになっていると、急に額がひんやりする。
いつも前髪で覆われている額は、髪が搔き上げられ空気に触れていた。
何事かと上を向くと同時に、そこに触れる柔らかく暖かい熱。
目を見開くとゆっくりと一弥の顔が離れていく。
「お礼。」
思わず額を抑えて一弥を睨みつける。
まだ一弥は嬉しそうに微笑んでいて、怒鳴ったり投げ飛ばしたりできる雰囲気ではない。
「義理チョコの御礼がこれなんて聞いたことない。」
「おでこへのキスは親愛の証でしょう?海外ではよくやってる。」
「ここは日本です!」
「いいじゃん。唯ちゃん海外にいたんだし。」
「よくない!」
口では文句を言いつつも、心の中では本当はあまり怒っていない。
今回は笑顔に免じて許してやろう。
正しいツンデレが書けただろうか・・・・?
この話はそのうち一弥視点を書きたいです。
唯側のみだと?な点も多かったと思いますし。
次回は拍手御礼更新です。




