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「唯ちゃんは相変わらず、天然の悪女だねぇ・・・・・・・・。」
は!?
聞き捨てならない台詞に思わず一弥の顔を見る。
その表情に息を呑んだ。
感情を押さえ込むような、耐えるような顔。
私にはそれが泣きそうな顔に見えた。
「あんなに切ない目で俺を見ておいて、口にするのは他の男の名前とか。
しかもどっちも華穂ちゃんのことを好きな男。
華穂ちゃんが好きすぎて、華穂ちゃんを好きな男は全部よく見える?」
せ、切ない目!?誤解が・・・・。
というか、このパターン、私また一弥のヤンデレスイッチ踏んだ!?
冷や汗が流れる。
蛇に睨まれたカエルよろしく動けない私を見つめた後、そっと目を閉じた一弥は軽く頭を振って『ちょっと電話してくる』と言って出ていった。
緊張から解き放たれてどっと疲れが出てくる。
そのままパタリとソファーに横になった。
“切ない目”
まったくの無意識だった。
“自分にないものをもつ人々が羨ましい”
それが顔に出ていたのかもしれない。
さっきの一弥の顔が頭から離れない。
また傷つけてしまった。
どうして華穂様と隼人のように上手く出来ないのだろう。
いっそ本当に悪女だったらこんなに悩まずにすむのに。
どのくらい時間が経っただろうか。
ガチャリという音に体を起こす。
「ごめんね。電話長引いちゃって。」
戻ってきた一弥はいつもの一弥だった。
そのことにホッとする反面、罪悪感も芽生える。
電話をかけてくるなんて言葉が、私に気を使わせないための嘘だということくらいわかる。
クールダウンしてきてくれたのだ。
以前のように噛み付いたりと感情に任せて振舞うことは辞めたらしい。
これもまた変わったということだろうか。
「唯ちゃん、寝てたの?」
「え?」
確かに寝ていたが、扉が開く前に座りなおしたから見られてはいないはずだ。
「ここ、赤くなってる。」
左頬を包み込むように一弥の手が触れる。
一気に頬以外も赤くなってしまうのを感じる。
「俺相手でもまだ赤くなってくれるんだ。」
揶揄う口調ではない、ホッとしたような嬉しそうな顔と声に、ぎゅっと胸が苦しくなる。
一弥の手はそのままするりと左頬を撫でると少し止まった後、名残惜しそうに離れていった。
そのまま一弥は先ほどまで自分が座っていたソファーに戻る。
「唯ちゃん、お茶、おかわりもらえる?」
「あ、うん。」
空気を変えるための一言に乗ってお茶を入れ直す。
頬の赤みはなかなかひかない気がした。
まったりとお茶を飲みながら近況を話し合う。
最初の微妙な空気が嘘のように穏やかな時間になった。
気がつくと一弥が来てから3時間が過ぎていた。
「今年にライブは・・・・・」
一弥の言葉はテーブルの上に置かれた携帯の音に遮られた。
同時に私の内ポケットに入れている携帯も振動する。
おそらくグループメッセージだろう。
メッセージを開くと華穂様からのメッセージだった。
『一弥、まだうちにいる?
まだいるんだったら一弥に渡すものがあるから、唯さんから受け取って。
唯さん、物は書斎の机の上にあるから。』
『かしこまりました。』
返事を返してから立ち上がる。
「じゃあ、ちょっと取ってくるからここで待ってて。」
「りょーかい。」
書斎の机の上に置かれたものを見て頬が引きつった。
そこにあったのは先日華穂様とともに作ったお菓子だった。
ご丁寧に、子供達に渡したものより豪華にラッピングしてある。
しかも・・・・・・
「2つある・・・・。」
がっくりとその場に膝をつきたくなった。
ひとつが一弥用だとすれば、自ずともうひとつの行き先もわかってくる。
華穂様から何も言われなかったが、一弥と同じくこの後流のサプライズがあるに違いない。
机の上のお菓子をひとつとる。気が重い。
自分に好意を寄せている相手に義理チョコを贈るなど嫌がらせではなかろうか。
大晦日に流にお菓子を渡した時の顔を思い出す。
・・・・本当に嬉しそうに受け取ってくれた。
あの時、クリスマスのお返しとして準備していた一弥の分は、結局渡す機会がなく私のお腹に消えていった。
・・・・・・・・これを渡したら、流と同じように一弥は喜んでくれるだろうか。
憂いも皮肉もない笑顔を見せてくれるだろうか。




