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「唯さん、どうかした?」
送り出すはずの扉を閉めた私を華穂様が怪訝そうに見ている。
「申しわけございません。
少しおかしなものが見えた気がしまして・・・・。」
幻まぼろし。
気を取り直して扉を開ける。
・・・・・・・・・・・・。
残念ながら幻ではなかった。
「あ、一弥!早かったね。」
私越しに開いた扉の向こうを見た華穂様が相手に声をかける。
・・・・・・・・どういうこと?
「こんにちは、華穂ちゃん。お招きありがと。」
「いえいえ、こちらこそお越し下さりありがとうございます。
ゆっくりしてってね。
じゃあ唯さん。出かけてくるからお客様のおもてなしよろしくね!」
?????????!!!!!!
混乱する私の横をするりと抜けて華穂様と空太は出かけていった。
一弥は私の側で『いってらしゃい』とふたりに手を振っている。
え・・・・これ本当にどういうこと??
「あれ華穂ちゃんの彼氏?ああいうのが華穂ちゃんの好みかぁ。
また正反対のタイプだねぇ。隼人がフラれるわけだ。」
華穂様がまた良からぬことを画策したのはわかる。
でもこのパターンは初めてだ。ここからどうしろと!?
「唯ちゃん、扉閉めないと体冷えちゃうよ?」
そうそう扉を・・・・・・・・このまま中に入れずに閉めていいかな?
ふっとそんなことが頭を過ぎるが、主人におもてなしを言い渡された身。
そういうわけにもいかない。
「失礼いたしました。皇様。ご案内いたします。」
一弥を連れて歩き出すが、そもそもどこに連れていけばいいのだろう。
要件がわからない以上、案内しようがない。
とりあえず無難に客室に向かう。
客室に通してからお手伝いさんにティーセットを持って来てもらいお茶を淹れる。
「ん・・・、美味しい。」
そう言って一弥は微笑みながらお茶を飲んでくれるが、この先どうしたらいいのだろう。
どうしていいかわからず沈黙が落ちる。
「唯ちゃん、座らないの?」
「ソファーはお客様の為のものです。」
「そのお客様が座って欲しいっていっても?」
「申し訳ございません。」
「仕方ないなぁ。」
そう言うと一弥はどこかへ電話をかけ始めた。
「もしもし、華穂ちゃん?
デート中にごめんね。唯ちゃんが執事の仕事から離れてくれなくってさぁ。座っておしゃべりもできないんだよねぇ。
・・・・・・・・・・・・うん。ありがとう。
じゃあ、かわるね。」
そのまま一弥は私に携帯電話を渡してきた。
『もしもし、唯さん?』
「はい。」
『ごめんね。急でびっくりしたよね。
あのね、唯さん驚かせようと思って内緒にしてたんだけど、わたしが出かけるから唯さんの今日の予定なくなっちゃったでしょ?
だから1日退屈かなって思ってオフの一弥に来てもらったの。
今日は一日、一弥とゆっくりしてて。
あ、電車きた!また夜にねっ!!』
そこで電話は切れてしまった。
微妙な顔で一弥を見る。
「つまり、今日俺は唯ちゃんの遊び相手として華穂ちゃんに招待されたってこと。
だから執事の仕事に徹されると、俺の役割も無くなっちゃうんだよねぇ。」
はぁ〜〜〜〜〜
大きなため息をついてソファーに座り込んだ。
「忙しいんじゃないの?
新年会もそうだけど、わざわざこんなところまで来て・・・・。
今日もイベントとかあったんじゃない?」
今、一弥は『蕩ける口づけ』というキャッチフレーズのチョコレートの宣伝キャラクターで、ハート形のぷっくりしたチョコレートに一弥が口づけるCMに世の多くの女性が魅了されている。
「バレンタインのイベントなら日曜日に終わったよ。
やっぱり女の子の熱気ってすごいねぇ。
今日の華穂ちゃんみたいにみんなキラキラしてた。」
キラキラ・・・、一弥の口からキラキラなんて単語が飛び出すとは・・・・。
はっきり言って私が思う一弥から一番縁遠い言葉だ。
捻くれ者の一弥ならキラキラの女子など口ではなんと言おうと『単純でかーわいい』と心の中では明らかに馬鹿にしているイメージだ。
しかし、今の一弥からはそんな雰囲気が感じられない。
それどころかキラキラした女子のことを好ましく思っている雰囲気すらある。
・・・・・・・・一弥は変わると言った。
それは本当なのだろうか?
闇に堕ちるのは容易く、そこから這い上がるのは容易ではない。
もし今の一弥が本当なら、闇に堕ちかけていた一弥はそこから少しだけでも這い上がって来たのだろうか。
きっかけに心当たりはない。
もうゲームが終わるからだろうか。
華穂様が私の元を離れる時、一弥も私なしで明るい世界を歩いていくのかもしれない。
そう思うと、なぜだか胸にぽっかり穴が空いた気がした。
ブックマークありがとうございます。
小話にクリスマスのお話を2つ(3話分)投稿しています。
よろしければそちらもお楽しみください。
次回は拍手御礼話を交換予定です。
交換完了後、いつものように活動報告で報告します。




