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扉を出るとすぐに一弥は離れてくれた。
そのことにホッとしつつもいぶかしく思う。
なんだか一弥らしくない。
華穂様も同じだったようで微妙な顔で一弥を見ていた。
「なぁに、華穂ちゃん。どうかした?」
同じことを思っていても表情に如実に出る分、質問は華穂様にいく。
「唯さんだけじゃなくてわたしも驚いちゃって。
うちの新年会に来てくれたのは唯さんがいるから?」
華穂様、そんなどストレートに聞きます・・・・?
「もちろん。声をかけてくれたのは高良田社長だけど、年末の宣言を実現させるためにはチャンスはしっかり活かさないとねぇ。」
「? ・・・・だったらくっついてなくていいの?」
せっかく解放されたのに一弥にそのことを思い出させないでくださいぃ!!
「俺もできればくっついてたいんだけどねぇ。
華穂ちゃんは俺と実際に会うの久しぶりだから知らないかもしれないけどさぁ、俺と2人の時の唯ちゃんってすごぉく素っ気なくって。
毎回毎回冷たい目で『離して』って言われるのも凹むから、言われる前に離れておこうかなぁって。」
とても寂しそうに言っているが同情の余地はない。
そもそも恋人でもない女に許可なく勝手に抱きつくことがおかしいのだ。
「あ〜・・・・・・うん、それはなんとなく・・・普段のグループメッセージでの態度でわかる・・・かも。」
「わかる!?わかってくれる!!??
やっぱ華穂ちゃんは優しいねぇ。唯ちゃんは男心が繊細だってわかってないんだよねぇ。」
・・・・繊細?腹黒の間違いでは?
「一弥以外の男性が繊細なのは知ってる。」
「・・・・・・・・繊細だって申告してるのにこの仕打ち。」
いかにも『トホホ』という効果音がつきそうな顔をした一弥に華穂様がくすりと笑う。
「廊下で立ってるのも寒いからゲストルームに行こう。唯さんはどうする?」
「そうですね・・・・。華穂様は案内の後はすぐに会場に戻られますか?」
「一弥さえよければ、久しぶりだしもう少しおしゃべりしたいなーと思ってたけど。」
華穂様が一弥の方を見ると一弥は『もちろん!』という顔で笑った。
「では、わたしもゲストルームに一緒に行きます。
迎えの人間に何部屋も回らせるのも申し訳ないですし。」
それにいくら自宅のゲストルームであっても華穂様を男と2人きりにするわけにはいかない。
別に何があるとも思っていないが、それを空太が知ったらやきもちを焼くだろうし。
結局、3人でゲストルームでお茶をすることにした。
話をするために手に持っていたティーカップをソーサーに置く。
「そういえば華穂様。
一弥がこちらに来ることはご存じなかったのですよね?」
「?
うん、そうだよ?一弥出てきてびっくりしたって言ったでしょ?」
「では、途中で言われた『頑張って』はどこからきたんでしょう?
華穂様にはその後の展開がわかっていたように思えたのですが・・・・。」
「あー、あれねー・・・・・・・・」
ちょっと困ったように笑って華穂様が一弥を見る。
それに一弥もまた苦笑いを返した。
「まー・・・・気づいてもらえなかったんなら仕方ないし、俺から言うのも変だから、華穂ちゃんから説明したげて。」
「あのね、今日のステージ、曲数は少なかったけど、わたしと唯さんが行ったライブと同じ曲で同じ順番だったんだよ。一弥ってロマンチストだよね。」
照れたように華穂様は笑っているが、私にはおっしゃりたいことがさっぱりわからない。
「一弥はやり直したかったんだよね。あのアンコールを唯さんと。」
「そーいうこと。
あのアンコールは俺にとっても特別だったから、俺の“特別”な唯ちゃんとの思い出にできたらなぁと思って。」
「いいよねー。
今回観る方だったけど、キュンキュンしちゃった!
絶対恋人同士であの演出はドキドキする!!」
はにかむように笑う一弥。
きゃっきゃとはしゃぐ華穂様。
確かに自分に好意を寄せてくれるイケメンがあのシチュエーションで『特別な思い出』を作ってくれるのなら、うっとりする場面なのだろう。
だが、なんだか釈然としない。
あの現実主義者の一弥が?
ロマンチックなんてイメージがなさ過ぎて違和感しかない。
そういえば、さっきの自分から私を解放したのも一弥らしくない。
「唯さん、深刻そうな顔してどうかしたの?」
「いえ、ちょっと考え事をしていました。
失礼しました。」
ここでいうべきことじゃない。
私は違和感に蓋をして華穂様のおしゃべりに耳を傾けた。
ご心配くださった皆様、ありがとうございます。
体調はだいぶん戻ってきました。
が、一番大事な妄想力が戻ってきません!
完全復活までもうしばらくお待ちください・・・。
おそらく一弥ミニライブ編は次回でおしまいです。




