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会いたい 会いたい 会いたい 会いたい
切ない歌声と視線に胸が焦がれる。
まるで歌のヒロインになったように離れた距離がもどかしい。
今すぐ近くまで走っていきたい衝動にかられる。
本当はどんな顔して会ったらいいかわからなかったくせに。
すっと一弥が目を閉じ顔を背けられる。
それだけで心臓が締め付けられ、目の前が真っ暗になったような気になる。
“私はここにいる!私に気づいて!!”
間奏に入り再び一弥が客の方を向く。
先程よりもっと大きく胸が高鳴った。
私を見た時の一弥の表情。
恋人を見つけた驚きと、次の瞬間に溢れ出す至高の喜び。抑えきれない愛おしさと熱。
今までに見たことのない表情だった。
冗談でも病んでもいない心の底からの恋情。
その顔がなんだか泣きたくなるくらい嬉しい。
ーーーーーーーーーーカシャンッ
突然響いた金属音に我に返る。
隣のいたお手伝いさんが夢見心地の表情のまま手にしていたフォークを床に落としていた。
・・・・・・・・・・・・はっ!?
わわわわ私、いったいさっきまで何考えて・・・・!!!
完璧に歌に呑まれてヒロイン気分だった!
き、気がついてよかった・・・・・・・・。
内心汗を拭いつつ、未だに隣で夢見心地のお手伝いさんのフォークを拾う。
きっと彼女も今、フォークを落としたことに気がつかないくらい歌にのめりこんでヒロイン気分なのだろう。
・・・・・・・・・・・・私もさっきまでこんな顔をしていたのだろうか。
呑まれていたとはいえ不覚・・・・!!!
とりあえず拾ったフォークを給仕に渡そうと思うが、みんな一弥に釘ずけで誰も動いていなかった。
仕方ない、後方のテーブルに持って行こう。
ダッダッダッ
大きな足音が聞こえてきたのは私が後ろを向いた瞬間だった。
何事かと再度振り返る。
・・・・!!
目の前に一弥の顔があった。
退く間も無く、きつく抱きしめられる。
「なっ・・・・・・・・っ!!」
慌てて引き離そうとすると、耳のすぐ上から声が聞こえてきた。
歌・・・・・・・・最愛の恋人との再会を喜ぶパートだ。
う・・・まだ歌の途中だった。
抱きしめられたままなんとか周りを見るとなんだかみんな感動した表情でこちらを見ている。
華穂様からは生暖かい視線が・・・・・・・・。
さっきの『頑張って』はこれか・・・・!!!
さすがにこの空気の中、腕の中を抜け出して場をぶち壊す勇気はない。
歌っているせいか一弥の腕は暖かかった。
仕方なく大人しくしているとゆっくりと一弥の身体が離れた。
私に蕩けるような笑みを向けてそのままその場に跪く。
こ、これもやるの・・・・!?
顔がひきつりそうになるのをなんとか抑える。
予想通りまるでガラス細工を扱うかのように繊細な手つきで左手を持ち上げられる。
真摯な瞳で上目遣いで見つめられドギマギしてしまう。
歌に浸ってる時は気にならなかったが、さすがに我に返るとこの状態は恥ずかしい。
・・・・・・・華穂様、よく耐えたな。
こちらの心情そっちのけで曲は進んでいく。
永遠の愛を誓う
これはあの宣言の続きなのだろうか。
一弥の唇がそっと肌に触れる。
・・・・・・・・そこは手の甲ではなく、薬指。指輪のはまる場所。
演出だけではない一弥の本気がそこに混ざっている気がして背筋が震える。
口付けと同時に曲は終わり、広間中が拍手に包まれた。




