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『みんな、今日は楽しんでくれ。』
という裕一郎様の簡潔な挨拶とともに新年会が始まる。
今日は無礼講ということで本当は華穂様用にせっせと料理を取って来たりしたいのだが、華穂様から離れてお手伝いさんの1人とお喋りをしている。
主人からの気遣いを無駄にしてはいけない。
華穂様は華穂様で料理長を始めとした料理人数人と話している。
空太のことでも聞いているのだろうか。
華穂様の様子を伺っていると、その向こう側に見たことのない女性の姿が見えた。
歳はおそらく30代半ば。美味しそうに料理を食べている。
「すみません、あの、華穂様の向こう側にいらっしゃる女性ですが、どなたでしょうか?」
一緒にいるお手伝いさんに聞いてみる。
「あぁ、あれは里見さんね。おっ・・・・・その、時々手伝いに来てくれるのよ。」
明らかに何かを言いかけて言い直した。
それがわかるがそこを突っ込むのも酷だろう。
言えない理由があるのだ。
「初めて拝見しました。」
「こっちに来ることはほとんどないからね。」
『こっち』?普段いるところが言えない理由だろうか。
「では、ご挨拶を」
一歩踏み出そうとしたら慌てて止められた。
「里見さんとっても人見知りで話しかけたら萎縮しちゃうからほっといてあげて。
ああやってひとりで楽しんでるのが、彼女にとって一番なのよ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・。
なんだかだいぶ無理のある止め方だが、まあこれにも理由があるのだろう。
基本的には華穂様にくっついている私だが、執事の職務としてある程度は屋敷のことは把握している。
時々しか来ないとはいえ、手伝いに来る使用人に会ったことがないなどありえない。
意図的に会わせられなかったと考えるべきだ。
私に会わせたくなかったのか・・・・・・・・・・それとも華穂様に会わせたくなかったのか。
じっと里見さんを見ていると、彼女は料理の皿を持ったまま広間の前方に簡単に設けられたステージに近づいて行った。
ステージではマジシャンがマジックを披露している。
ちょうど山場だったようで、マジシャンの手の上から大きな火柱が上がったかと思うと、それが花束に変化していた。
ステージを見ていた人々から拍手が上がる。
『見事なマジックありがとうございます。
さーて、続きましてはスペシャルゲストのご紹介です!!!!』
イベント会社からきたのだろうか。
ステージを盛り上げようと司会者がマイク片手に声を張っている。
しかし、ステージイベントまであるとは本当に至れり尽くせりだ。
お手伝いさんによると去年は、テレビで人気がで始めたコンビ芸人が来ていたらしい。
福利厚生がこんなに豪華な職場があっていいのだろうか。
高良田グループの社員よりは確実にいいと思われる。
同じトップなのに申し訳ない。
『まさかまさかのこの方です!
いやー、わたくし今まで様々なイベントの司会をやってきましたが、今までお会いした中でも一番です!!
正直、興奮しすぎて震えております!!』
誰だろう。
今年は大御所芸人とかだろうか。
『さぁ、どうぞ!!』
♪〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪
流れてきた音楽にギクリと固まる。
こ、これはまさか・・・・・・・・。
広間全体が色めき立っていく。
隣のお手伝いさんはもう既にうっとり顔だ。
華穂様がこちらに駆けてくる。
「唯さん!!」
もの凄く焦った顔をしていらっしゃる。
ということは、華穂様はこのことをご存知なかったということだ。
華穂様の仕込みではない。
ゆっくりと仕掛け人であろう裕一郎様を見ると、やっぱりいつものニヤニヤ顔でこちらを見ていた。
パンッ
大きな音とともに紙吹雪が降ってくる。
紙吹雪の隙間から一弥の姿が見えた。




