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華穂視点。
ピピピピッ ピピピピッ ピピピピッ
「ふわぁ〜・・・・・・」
スマホのアラームを止めてのっそりと起き上がる。
ぼんやりした頭のまま紅茶を入れるためにキッチンにいってお湯を沸かす。
朝起きてから紅茶を飲むという施設の頃にはなかった習慣は、毎日唯さんが淹れてくれていつの間にかわたしの日常になった。
だから、唯さんが部屋に来ない今日は自分で入れる。
昨日から二日間、唯さんは正月休みだ。
1月2日と3日は、警備の人以外全員毎年お休みになってるらしい。
だから今この家には警備の人以外ではわたしとお父さんしかいない。
ご飯はかまどの神様を休めるためにもおせちと雑煮で過ごすし、洗濯物もお手伝いさんが戻ってきてから全部やってくれるから不便はない。
不便はないんだけど・・・・・・。
「寂しい。」
広い家にふたりきり。
家が広いからお父さんの気配なんて感じ取れないから一人取り残された気がする。
昨日は退屈でお父さんの部屋に入り浸ってたけど、明日から仕事のお父さんの部屋に今日も行くのはどうかなぁと思う。
お父さん、いつも忙しいから休めるときはゆっくり休んでほしいし。
まあ、時間はたっぷりあるから朝ごはんを食べてか考えよう。
お父さんと食堂で朝ごはんを食べてたら警備の人からお客様が来たって連絡があった。
どうせすることないからって遅めに起きたし、お客様が来てもおかしくはない時間なんだけど誰だろう?
いつもは唯さんやお手伝いさんがお出迎えしてくれるけど、今日はいないからわたしがエントランスの扉を開ける。
「よぉ。」
「!!!???」
扉の向こうにいた人物に驚いた。なんで!?
「な、なななななっ、なんで空太がここに!?
今日も施設に行ってるんじゃ・・・・」
お正月は人が少ないから毎年空太は施設に手伝いに来てくれる。
昨日一昨日もそうだったし、だから今日もそうだと思ってた。
「唯さんが代わってくれた。
お前が退屈してるだろうから、一緒にいてやってくれ・・・って。」
「唯さん・・・・・・。」
唯さんの優しさが嬉しい。
それと一緒にちょっと恥ずかしい。
わたし、そんなにわかりやすかったかな?
「・・・・もしかして、飯食ってたか?」
「うん?そうだけど・・・・なんでわかったの?」
「赤いソースが口の端についてる。」
空太はそう言いながらわたしの顔を指で拭ってくれた。
空太の手の冷たさと驚きで思わず震える。
う〜、子供みたいで恥ずかしい・・・・・・。
「ここ来る前にどこか行ったの?」
「いや、家から直接来たぞ。」
「じゃあなんでその格好?」
なぜか空太はスーツを着ている。
空太のスーツ姿なんて初めて見た。
・・・・・いつもよりかっこよく見えるのは気のせいじゃないと思う。
さっき拭われれ赤くなってしまった顔がますます赤くなってしまう。
「あー、うん、まあ、これは、その、ほら・・・・・・正月だし、ちゃんとしないとな。」
「うん・・・・?」
言いたいことはわかるけど、別に今までスーツなんて着てなかったよね?
「ほら、いいから中入れてくれよ。寒いだろ!」
「う、うん。どうぞ!」
空太を連れてお父さんがいる食堂に戻る。
「あけましておめでとうございます。」
「あぁ、いらっしゃい。あけましておめでとう。」
あ、あれ?
なんかお父さんの反応が・・・・普通すぎない?
驚きがないというか・・・・・。
「・・・・・もしかしてお父さん、空太が来るの知ってた?」
「あぁ、昨日の朝、唯くんが邸を出る前に教えてくれたよ。
『華穂には秘密』だと言いながらね。」
「えぇ〜〜〜〜〜。」
知らなかったのはわたしだけ!?
思わず不満な声が出ちゃう。
「はははは。
唯くんはサプライズで華穂を驚かせたかったんだよ。
警備員にまで口止めしていったようだしね。」
はっ!?
そういえば警備の人から連絡があった時、『お客様が来た』としか言われなかった。
空太のことはみんな知ってるから『空太が来た』って教えてくれるのが普通なのに。
「で、唯くんのサプライズは成功かな?」
お父さんがにやにやしながら聞いてくる。
「うー・・・・大成功だよ!」
とっても嬉しいサプライズ。
これは成功を認めるしかない。
「はははは。
それはそれは、唯くんも準備をした甲斐があったね。
唯くんが帰ってきたら一番にお礼を言いなさい。
唯くんも喜ぶだろう。」
「うん!」
言葉だけじゃ足りない。
唯さんが帰ってくるまでに何かお礼のお菓子を作っておこう。
「さぁ、空太くんも座って食べなさい。
料理長の料理はおせちも絶品だから。」
「はい、いただきます。」
さっきと料理も部屋も変わらないはずなのに、1人増えただけで一気に食卓が賑やかになる。
お父さんと2人でも色々話しながら食べてたのに、空太が加わるともっと話が盛り上がる。
料理もさっきより美味しく感じるから不思議。
空太はやっぱりおせちがとっても気になるみたいで、おしゃべりしながらもおせちをじっくり堪能してる。
なんだかとっても楽しそうで、見ているこっちも嬉しくなってくる。
飾り切りひとつにも目を輝かせてて面白い。
ちょっと食べかけなのが申し訳なくなってくる。
お重を開けた時は、もっともっと綺麗だったんだけどなぁ。
そんなことを考えながらもどんどん箸は進んでお重の中はすっかり寂しいことになった。
お腹いっぱいですっかり満足な気分になる。
・・・・・・・・なんか懐かしい。
お母さんが生きてた頃のお正月みたい。
お母さんとのお正月は狭いアパートでふたりきりだったけど、それでもあったかくて楽しかった。
ふたりでおこたに入ってお母さんが作ってくれたおせちをお腹いっぱい食べて、お正月の特番を見ながらウトウトする。
ここはお父さんとふたりだと広すぎる。
空太が来てくれてよかった。
空太がいてもまだ足りないかな。
この部屋はとっても広いから、唯さんもいてくれたら
よかったのに。
サプライズを仕掛けてその反応を見ることなく休暇を満喫している唯さんをちょっと恨めしく思った。




