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「38.9°C・・・・・」



渡された体温計を見て顔を顰める。

昼間と一分いちぶも変わっていない。

上がってないだけマシとみるべきか。


おかゆの器を渡そうとすると、口を開けたまま待機している。


「あーん。」


「自分で食べる元気くらいあるでしょう。 甘えない。」


「えぇ〜、さっきは食べさせてくれたのにぃ。」


「馬鹿なこと言ってないで早く食べて薬飲んで。」


「唯ちゃんは男のロマンがわかってないよねぇ。」


「むしろ私はその状態を恥ずかしいと思わない方が不思議だわ。」


さっきは意識がぼーっとしていたから看病として行ったが、はっきり意識のある人間相手なんて絶対にごめんだ。

秀介の時だって見ているだけで恥ずかしかったのに。

男と女の違いだろうか。



「次の仕事は?」


「3日後の生放送。」


「事務所は体調不良について知ってるの?」


「言ってある。本当は今日も次のライブの打ち合わせだったんだけどねぇ。

体調が戻るまでメディア系の仕事以外は休み。」


「じゃあ、治るまでマネージャーに来てもらいなさい。

この家何も食べるものないし。こんなんじゃ治らないでしょ。」



隼人がお見舞いとして例のひえピタ、スポーツドリンク、栄養補給ゼリーの3点セットを持ってきてくれてはいたが、それだけでは不健康だ。



「男に看病されるなんてじょーだん。

唯ちゃん、明日もよろしく。」


「あのねぇ。私にだって仕事があるの。今日だって何時間抜けてきてると思ってるの。」



本当は昼過ぎに戻るつもりだったのにもう夕方だ。



「隼人様だって男じゃない。背に腹は変えられないと思って諦めなさい。」


「唯ちゃんがいてくれた方が早く治ると思うんだけどなぁ。」


「ソーデスカ。」



もう何を言っても無駄だ。



「唯ちゃんもうちに来た方がいいと思うよ。疲れてるみたいだし。」


「?」



別に疲れてなどいないが何の話だろう。



「警戒心の強い唯ちゃんが、いくら俺が寝てたとはいえ他人の家で眠っちゃうなんて考えられないでしょう。

しかも寝ながら泣いてるし。

・・・・・・・・・・どんな夢みてたの?」



うぐっ。

結局話はここに戻ってくるのか。



「さっきから言ってるけど、本当に一弥には何も関係ないから。」



一弥の目が鋭くなる。



「ふーん、まだそんなこと言うんだ・・・・・・。」


「もうこの話はいいでしょう。早く食べ終わって薬飲んで。」



・・・・・なんだか嫌な空気が一弥の方から流れてくる。

早く片付けをして帰りたい。



「言っとくけど話してくれるまで帰してあげる気ないからね。」


「はぁ?」



なんだそれは。昼間はヘロヘロで動けなかったくせに。

一弥が起きたんだったらもう帰ることに何の躊躇もいらない。

ましてや一弥の許可など必要ない。



「別に勝手に帰るからいい。それ自分で片付けてね。お大事に。」



さっさと帰ろうと立ち上がる。



「話さずに帰るなら、下にいた記者に唯ちゃんのこと言っちゃうよ?

『結婚間近』っていう情報付きで。」



・・・・・・・・・まさかの自爆攻撃。


大きくため息をついて座り直す。



「なんでそんなにこだわるの・・・・・・・。」



一弥の手が頬に這わされる。やっぱり熱い。



「好きな子のことを知りたいと思うのは当然でしょう?ましてやそれが憂いの原因ならなおさら。」


「だからそれは・・・・・!!」



この間会った時に言ったはずだ。

一弥の欲しいものは幻だと。手に入らないから追うのはやめろ。もしくは主人になるべく変われと。



「この間言われたことだけどさぁ。

俺が欲しいのは確かに“執事の唯ちゃん”なのかもしれないけどさ、そもそも俺、“執事じゃない唯ちゃん”についてほとんど知らないんだよねぇ。

デートの時の唯ちゃんが素の唯ちゃんなら、素の唯ちゃんも欲しいよ。」


「・・・・・・・あれは素の私じゃない。」



一弥の前にいる時の私は素ではない。

本当の私はこんなに強くない。

けれど、華穂様の前にいる時の執事の顔でもない。今の私は何・・・・・・?



「じゃあ見せてよ。“執事じゃない唯ちゃん”

それを見せもしないで『幻だから追うのはやめろ』なぁんてズルくない?

もし素の唯ちゃんが俺の欲しいものと違ったらその時は、主人目指すよ。」



「・・・・・・・・・・・・素の私なんて見せる価値もない最低な人間よ。」



自分でもぞっとするくらい低い声が出た。


夢の中で思い出した酷い女。

あの時あんなに泣いたのに、結局あの後忙しい毎日にのまれて彼のことを思い出すことはほとんどなかった。

なんて薄情なんだろう。

自分のために彼を捨てたことも、思い出さないことも。3年も一緒に居たのに。


きっと自分は男女の愛情というものを持ち合わせていないのだ。

だから誰にも心が動かない。

私は流に気づかされるまで執事になりたいから平岡唯わたしを忘れ去っていたのだと思っていたが、本当はただ単に見たくなかっただけなのかもしれない。



好きだと思っていた相手をあっさり忘れられる薄情な自分を。

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