133
夢を見ていた。
やわらかく あたたかい しあわせな-------私が一番“女の子”だった-----特別な人がいた頃の夢。
そばにいるだけで楽しくて、手をつなぐだけで笑みがこぼれた。
キスはドキドキしたし、抱きしめられるとホッとした。
彼の腕の中はあたたかくて優しくて、抱きしめてもらいながらくだらない話をしている時が一番幸せだった。
場面が変わる。
あぁ、これは最後に彼と会った時だ。
別れると決めた後も彼は残り時間を惜しむように会ってくれた。
イギリスに発つ時も空港まで見送りに来てくれた。
それが彼と会った最後だ。
目の前に泣きそうな顔で微笑んでいる彼がいる。
いつものように優しく抱きしめて『頑張ってこい』と背中を撫でてくれる。
抱擁を解いた時、彼はひとすじの涙を流していた。
別れを切り出した時も泣いたりしなかったのに。
それは私が初めて見る彼の涙だった。
それを見た瞬間に自分は酷い女なのだと思い知った。
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』
『私』が彼にしがみついて泣いている。
泣きじゃくる私を彼はもう一度抱きしめて、あたたかい指で涙を拭ってくれた。
その手にまた私は涙を流す。
「泣かないで。」
思い出とは違う声に意識がゆっくり浮上する。
そして・・・・・
目を開いた瞬間、固まった。
目の前にあるのは彼とは比べ物にならない秀麗な顔。
その顔は優しく微笑み、私の頬手を添えて、濡れたこめかみを拭ってくれている。
頬に添えられた手と腰に回された腕は熱く、まだ熱が下がっていないことを物語っている。
「おはよう。」
おはよう・・・オハヨウ・・・OHAYOU??
思わずがばりと起き上がろうとして、一弥の腕に阻まれた。
まわりは夕暮れを通り越してすでに薄暗い。今何時だ。
「ちょっと、一弥離してっ!!」
「だーめ。唯ちゃん冷たくて気持ちいい。」
そういうなり、腰に巻いていた腕でより引き寄せられる。
「一弥、起きたんなら帰るから離して。
あなたが眠ってて帰れなかったんだからっ。」
「寝てる唯ちゃんが風邪引かないようにわざわざ布団の中に引き寄せたのに、その言い方はあんまりじゃない?
帰るなんて言われたらますます離せないし。
ねぇ・・・・・・なんで泣いてたの?」
一弥が聞いてほしくないところを直球で抉ってくる。
「ちょっと夢を見て・・・・・・。」
「どんな夢だったの?」
「別に私がどんな夢を見ても一弥には関係ないでしょう。」
「つれないねぇ。
泣いてる女の子を慰めるのは男の役目でしょう?」
「今まで数々の美女を泣かせてきた口が何を言う。」
反射的に返すと、とろけるような微笑みを浮かべていた顔が、急に真剣になった。
「昔の話だよ。
4人でデートした後から、唯ちゃん以外の女には一切触ってない。
俺が欲しいのは唯ちゃんだけ。」
同じ布団の中で、密着して、美形な美声の主にそんなことを言われて赤面せずにいられようか。いや、ない。
赤くなる顔をごまかすように口を開く。
「一弥、わかったから!
もう帰るなんて言わないからとにかく離してっ。
ねぇ・・・もう、本当にお願い!あついのっ」
頬に当てられた手も腰に回された腕も、包み込む布団の温度もとにかく暑いのだ。物理的に。
ドキドキするとかいう精神的なものではなく、このままでは着替えもないのに汗だくだ。
必死に訴えるが、一弥はそれを聞いて赤い顔をしてブツブツ言っている。
「ベッドでそんなこというなんて、煽ってるとしか思えないんだけど。
これを見逃してやるとか俺ってマジ寛大。」
「意味のわかんないこと言ってないでさっさと離せっ。」
一弥が腕を外した瞬間、私は転がるようにベッドから脱出する。
冷たい空気に一気に生き返る。
服の中の熱をパタパタと逃がしてから、恐る恐るベッドの方を振り返る。
「・・・・・・・・具合は?」
「唯ちゃんのおかげで昼よりだいぶすっきりしたよ。隼人は?」
「昼から練習があるみたいだったから、先に帰ってもらった。」
ベッドのそばの時計で時刻を確認すると、あと少しで17時になろうかというところだった。
2時間近く眠ってしまったらしい。
・・・・・慌てて帰る気も失せる時間だ。
「昼の残りならあるけど、ご飯食べる?」
「お願い。」
時計のそばに置いてあった体温計を渡してから、おかゆの準備をしに私は寝室を出た。




