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「隼人様、もっと自然に。」
「はっ、はいっ!」
私の隣を歩く隼人の動きはガチガチだ。
繋いだ手は真冬なのにしっとりと汗ばんでいる。
一弥の住んでいるマンションの最寄り駅から私と隼人は手を繋いでカップルを装いながら歩いている。
「唯さん、俺一弥さんに殺されたくないです!」
「大丈夫。一弥は友達思いだからそんなことしませんよ。」
華穂様の協力により女性への苦手意識がかなり改善されたとはいえ、やはり手を繋ぐのはハードルが高いらしい。
照れているのかほんのり赤くなった頬が恋人同士っぽくっていい具合だ。
一弥のマンションに近づくと200mほど手前の路上に軽自動車が止まっているのが見えた。
警戒して隼人の方により身を寄せる。隼人がビクリと体を震わせるが気にしない。
普通に車の横を歩きちらりと中を覗く。男がひとり運転席に座って携帯をいじっていた。
助手席にゴツい望遠レンズがつけられたカメラが見える。
・・・・・・・・・やはり警戒してきて正解だった。
記者には気づいたがあえて隣の隼人には何も言わない。
ただでさえガチガチなのに、知らせたらさらに挙動不審になること間違いなしだ。
さらっと無視して表面上は何事もなく一弥のマンションについた。
一弥のマンションは7階建ての中層マンションだった。
エントランスも豪奢ではなく、こじんまりとしていて意外である。
隼人から離れてエントランスを眺めていたら、いつの間にか隼人が部屋番号を押して呼び出しをしていた。
『はーい・・・・』
寝起きのような気怠そうな声がスピーカーから聞こえてくる。
「隼人です。お見舞いに来ました。鍵開けてください。」
『はいよー・・・・・』
返事から少し遅れて磨りガラスになっているエントランスの自動ドアが開いた。
ずいぶん変わった造りのマンションだ。
入って左手が守衛室、正面が壁、左手に奥に行く通路があった。
以前来たことがあるのか迷わず進んでいく隼人に大人しくついて行く。
通路入ってすぐのところに設置されていたエレベーターに乗り込む。
エレベーターの扉が開いて驚いた。
エレベーター内のー内装がエントランスと全然違う。
エントランスや外観は無味乾燥なグレーのタイル張りだったのに対し、エレベーター内は木目調で明るく、エレベーター内なのに壁面緑化なのか壁から緑が生えている。
隼人が最上階のボタンを押すと、小さな揺れとともにエレベーターは動きだした。
エレベーターを降りた後の廊下もエレベーター内と同じようなデザインだった。
最上階は2戸しかないらしく短い廊下の先にある一つの扉のチャイムを押す。
チャイムを押した後隼人は『やっぱり俺死にたくないんで。』と言って、後ろに下がってしまった。
別にもう手は繋いでないからそんな心配する必要ないと思うのだが。
インターホンから返事は聞こえず、そのまま扉が開いた。
「隼人ごめんねぇ。うち、なんもないから本当助か・・・・・・・・・」
ドアを開けたままの姿勢で一弥がピシリと固まった。
その目が大きく見開かれる。
出てきた一弥は髪はボサボサで無精髭が生えていた。
熱が高いのか顔は赤く、若干目がうるんでいる。
もこもこした生地のパーカーと同素材のパンツをはいており、アンダーシャツは着ていないのかパーカーの胸元からはそのまま素肌が見えている。
・・・・・・うっ、イケメンはこんな姿でも色気があるのか。世の中不公平すぎる。
「なんで唯ちゃんがここに・・・・・・。」
あれ?なんか思ってたのと反応が・・・・・・・・。
「なんでってお見舞いに来たに決まってるでしょう。ほら、寒いんだから早く入れて。」
「あ、う、うん。」
今だに動揺した様子の一弥を不審に思いながら部屋に上がる。
リビングに通されてうっとりした。
ゲームのままだぁ!!
一弥の家も流と同じくゲームの有料コンテンツでリビングと寝室のみ背景が出てくる。
大きく取られた窓からは柔らかな日差しが差し込み、明るい色のフローリングが輝いて見える。
木を基調にした室内は優しい雰囲気で、普段の一弥とはかけ離れた印象を受ける。
作曲をしていたのだろうか。リビングテーブルに散らばった譜面とその横に置かれたギターだけが一弥っぽさを演出している。
「ちょっと俺シャワー浴びて・・・・・」
のっそりと動く一弥を言葉で止める。
「そんなこと気にしなくていいから。食事と薬は?」
「まだ・・・・・」
「じゃあ、今から作るから寝てて。勝手にキッチン借りるから。
隼人様は一弥を寝室につれていって、ベッドに入るの見張っててください。」
男ふたりを追い出して私は私はキッチンに向かった。




