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「今年初めて鍋を食べるが・・・・・最近の鍋はこんな進化をしているのか?」
流は鍋の表面に大量に敷き詰められたレモンを珍しそうに眺めている。
「進化・・・・かどうかわかりませんが、去年流行した新しい鍋ですね。
レモンは煮過ぎると苦味が出るそうなので、先に器にとって肉や魚と一緒にお召し上がりください。」
そう言いながらレモンを大量に取り皿にとって肉や魚と一緒に渡す。
同じように自分の取り皿にも取り分ける。
流がタラとレモンを一緒に口に運ぶのを緊張しながら見つめる。
「・・・・・・斬新な味だな。」
それは一般的に不味いものにいう感想。
スープを味見した時点では美味しいと思ったのだが、失敗してしまっただろうか。
「お口に会いませんでしたか?」
「いや、食べたことのない味だったから驚いただけだ。爽やかな鍋というものを初めて食べた。」
その言葉が嘘ではないというふうに流が次に箸を伸ばす。
ほっとして私も自分の器に箸を伸ばした。
レモンと牡蠣を一緒に口にすると濃厚な牡蠣の味を楽しみながら後味はすっきり。
生牡蠣とはまた違った感じの印象を受ける。
初めて食べたがなかなか美味しい。熱いものをハフハフしながら食べるのも楽しい。
じっくり味わっていると流がこちらを見ているのに気がついた。
「どうかなさいましたか?」
「ずいぶん美味そうに食べるな。」
うっ、顔がにやけてたりしたのだろうか。
自分が作ったものに対して『美味しいので』と答えるのも憚られて恥ずかしさでほんのり頬が赤くなる。
「・・・・・・・鍋を食べるのが数年ぶりなもので。」
「? これは去年流行った鍋だと言っていなかったか?」
「去年、インターネットで見て食べてみたいと思っていたんです。
せっかくの機会なのでレシピを見ながら作ってみました。」
海外にいると無性に日本食が食べたくなる時がある。
そんな時に日本ではレモン鍋がブームだというネットの記事をたまたま目にしたのだ。
「なので、レシピ通りには作りましたがこの味が正しいかどうかはわかりません。」
「これだけ美味ければ正解だろう。これに文句を言う人間は味オンチなだけだ。」
「・・・・・ありがとうございます。」
流に手放しで褒められるとどうしていいかわからなくなる。
落ち着かないようなふわふわするような不思議な感じ。
「数年ぶりということはあまり鍋は好きではないのか?」
「いえ、鍋は大好きなのですが、華穂様お仕えするまで海外におりましたので。
それにこちらに来てからも食事は高良田邸の料理人が作ってくれますし、自分一人用で厨房を拝借して作るわけにはまいりませんので。」
こうして流にリクエストされなければ、今後も数年単位で食べなかった可能性が高い。
「今度は俺が食べに連れて行ってやる。
華穂も一緒なら問題ないのだろう?」
「はい。流様の選んだお店であれば間違いなさそうですね。」
きっと蕩けるようなお肉が出てくる高級店に違いない。
みんなで美術展に行って鍋を食べる。
新しい約束が増えていくのが楽しい。
華穂様にお仕えするようになって、それまで海外で執事として過ごした3年とは全く違う。
華道を習うことになったり、Wデートをしたり、高級ホテルに泊まることになったり。
華穂様の執事になるために日本に戻ってきた時にはこんな風になるなんて考えてもみなかった騒々しい日々。
この楽しさをいつまで続けていけるだろう。
見えている終わりが少し怖くなってくる。
全部終わった時、いったい何が残るのだろうか。
すべての後片付けを終えたキッチン周りを見回す。
作り置きはタッパーに入れて冷蔵庫に保存した。
調理道具や食器も洗ってしまい終えた。
入浴の準備もベッドメイクも終えた。
洗濯物も全てたたんで収納済みだ。
・・・・・・もうやるべきことが思いつかない。
5日間短いが楽しい日々だった。
流は思っていた通りいい主人だったし、学ぶこともたくさんあった。
短いとはいえ主人や勤める家との別れはしんみりしてしまう。
もう来ることはないであろうキッチンをひと撫でして、私は流に声をかけるべくリビングに向かった。
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