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「おかえりなさいませ、坊っちゃん。」
そう言って出迎えると、流はものすごぉぉぉく嫌そうな顔をした。
「・・・・・・・紫乃か。」
「はい。本日お会いしました。とても素敵なばぁやですね。」
これも紫乃様から聞いた話だ。流は高校を卒業するまで紫乃様のことをばぁやと呼んでいたらしい。
「・・・・・・・・さっきから何を怒っている。」
お気づきになられましたか。
流に向けてにっこり笑う。
「仕事についての連絡事項はしっかりしていただかないと困ります。
危うく救急車を呼ぶ羽目になるところでした。」
「は?」
ぽかーんとした顔をする流に、今日あった出来事を報告する。
「それは悪かったな。紫乃が来ることをすっかり忘れていた。」
「もうお年なんですから労って差し上げてください。流様のことをとても案じておられました。」
「そうだな・・・・。紫乃ともずいぶん会っていない。たまには顔を見るとしよう。」
紫乃様は流が仕事をしている平日の昼間にやってくるため流に直接会うことはない。
必要なことはメモでやりとりをしているとのことだった。
「それから紫乃様が気になることをおっしゃっていました。
お父様が流様の結婚相手を決められたと。
銀行頭取のお嬢様で、美人だそうです。」
流は露骨に嫌な顔をした。
「あいつは・・・・・。
隠居したなら大人しくしていればいいものを。」
・・・・・・・・・・親子仲は良くなさそうだ。
「わかった。
その件は確認してこちらで潰す。報告ご苦労だった。」
釣書も見ずに潰すつもりらしい。
流は条件を見る気すら無いようだ。
まあ、まだ華穂様がいるし、現時点ではフラれることを知らないわけだから無理もない。
「では、食事と入浴どちらになさいますか?」
ここからは昨日と同じ流れでしっかり職務を全うして過ごした。
2日も過ぎれば慣れたもので3日目はひとりで、4日目の昼間は紫乃様と過ごした。
夜は会食をするということだったので、入浴と就寝の準備を整えて流の帰りを待った。
明日で最終日かぁ・・・・・。
いろいろと実りの多い4日間だった。
自分の力不足な点も把握できたし、槙嶋家に仕えて50年になるという紫乃様の話は使用人を続けていく上で役に立ちそうなことも多かった。
それと、自分が意外と寂しがり屋だということも知った。
仕事をしているときはいいのだが、こういうふっと仕事と仕事の間でできてしまった時間に落ち着かない気持ちになる。
広い家にひとりきり。テレビをつけていない部屋では何の音もしない。
思い返してみると短大で一人暮らしをしていた時以来、一人で長時間過ごしたことがない。
執事学校は寮だったし、一人目の主人の屋敷には私以外にも大勢の使用人がいた。
華穂様にお仕えしてからはほぼくっついているし、華穂様がいない時でも他の使用人達と話していたりするので一人にはならない。
広いところにポツンと残される感じにはならないのだ。
・・・・・・・・次の転職先では主人に随時くっついていられる職場か、他の使用人が多いところにしよう。
華穂様は空太を選ばれた。
ハッピーエンド後に側に仕え続けるのは空太の経済状況じゃ厳しいだろう。
やっと迎えた両思いの幸せ時間を邪魔するのも悪いし。
一弥がもし尊敬できる主人になったら、一弥のところに行けるだろうか。約束したし。
昼間はマネージャー業をやってもいい。事務所は人手不足のようだから。
流のところは・・・・・少し厳しいだろうか。
雇ってくれるというなら昼間の秘書業務を追加して是非ともお願いしたいところだがいつ失職するかわからない以上、今執事の採用を検討している流に待っていて欲しいとは言えない。
裕一郎様ところに残るとか・・・。
優しい裕一郎様ならばそう取り計らってくれるかもしれないが、人の情けにすがるのもなんか違う。
一人になると今は考えなくてもいい、・・・しかも明るくないことを考え込んでしまう私は基本的に思考がネガティブなのだろう。
ネガティブな思考にも常に最悪の事態を想定して動くことができるという利点はあるのだけれど。
流はこんな広いところでたったひとりで寂しくなったりネガティブになったりしないだろうか。
エレベーターの動く音がする。
流が帰ってきたようだ。
そのことにほっとしながら私は席を立った。
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(と、喜んでると減ったりする笑)
これからもどうぞよろしくお願いします。




